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『適正値ゼロのリミィジュ』(完全版)  作者: 柑橘みかん


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1/1

第一話 適正値ゼロの少女、入学する

世界には、人知れず守られている平和があった。


街に灯る明かり。子どもたちの笑い声。何気なく交わされる挨拶。誰かが誰かを想って生きる、ありふれた日常。その裏側で、ときに人の絶望や悪意から生まれる災厄が現れ、人々の暮らしを脅かしてきた。


それに立ち向かう存在こそ、選ばれし少年少女――リミィジュ。


十四歳前後で素質が開花し、妖精と契約した者だけが得られる力。心の輝きを武器へ変え、闇を祓う戦士たち。彼らを育成し、世界各地へ送り出す場所がある。


世界の中心にそびえる、グランドフォール学園。


リミィジュ候補生たちが集い、戦い方、学問、心の在り方までを学ぶ、唯一の育成機関だった。


そして今、その講堂では新入生選抜試験の最終結果が発表されようとしていた。


壇上の巨大な水晶板に、次々と名前と適正値が映し出される。新入生たちは固唾をのんで見守り、保護者席からは歓声とため息が入り混じっていた。


リミィジュの素質は、数値そのもので測られるわけではない。だが学園では長年の研究から、適正を「バッジ」で示している。


ブロンド、シルバー、ゴールドの三段階。そこに埋め込まれた七つのダイヤの数が、その時点での到達度を表す。


ゴールドバッジ七つすべてを満たした者のみ、伝説の頂点――グランドリミィジュへ至る資格を得る。


しかし、その存在は十五年間現れていなかった。


「今年は当たり年らしいぞ」


「Aクラス候補が三人いるって」


「ゴールド三つ持ちが入学時点で三人だってさ」


講堂のあちこちで囁きが飛ぶ。


赤い制服の上級生たちが整列し、その姿を憧れの眼差しで見る新入生も多い。Aクラス。選ばれた者だけが着るゴールドバッジ帯の制服だ。


その華やかな空気の中、講堂最後列の柱の陰で、小さくなっている少女がいた。


ピンク色の髪を左右で高く結んだハーフツイン。華やかな見た目に反して、肩はすぼまり、視線は落ち着かず、何度も指先をもじもじと絡めている。


ノエリア、十五歳。


本人いわく、どう考えても場違いな少女だった。


(やっぱり来るんじゃなかった……)


胸の中で何度目か分からない後悔が浮かぶ。


試験会場へ向かう道中でも、受付でも、控室でもずっとそうだった。周囲は自信に満ちた候補生ばかり。剣術経験者、模擬戦優勝者、地方選抜代表。そんな肩書きが普通に飛び交っていた。


対して自分には、何もない。


運動も普通。勉強もそこそこ。人前は苦手。特技もない。


そして、適正検査の一次結果は――測定不能。


本来なら、その時点で帰されてもおかしくなかった。


なのに、学園長自らの判断で最終試験に進められ、なぜか今ここにいる。


(絶対、手違いだよ……)


壇上へ、長い白髭を整えた老人が現れる。学園長ゴードンだった。杖を鳴らすと講堂が一瞬で静まる。


「諸君、ようこそグランドフォール学園へ」


穏やかな声なのに、不思議と隅々まで届く。


「才能ある者、努力を重ねた者、まだ何者でもない者。ここには様々な若者が集まった」


そこで一度、ゴードンの視線が講堂全体をなぞる。そして、ほんの一瞬だけ、最後列のノエリアで止まった。


「だが覚えておきなさい。数値は入口にすぎん。未来を決めるものではない」


ざわめきが起こる。


その言葉は、この学園では少し異質だった。ここは適正によって明確にクラス分けされる学校だ。現実として、数値は重い。


ゴードンは微笑む。


「では、発表しよう」


水晶板に名前が映る。


Aクラス。三名。


エイミー。アンナ。ウィリアム。


会場がどよめく。エイミーと呼ばれた金髪の少女は姿勢ひとつ乱さず立ち、まっすぐ壇上を見ていた。圧倒的な存在感。新入生ながら、すでに完成された強者の空気がある。


続いてBクラス、Cクラスと発表が進む。


歓声、安堵、悔し涙。


人生が変わる瞬間の連続だった。


そして最後に、水晶板の文字が切り替わる。


Dクラス。


人数は五名。


その最下段に、こう表示された。


ノエリア ブロンドバッジ ダイヤ0


講堂が静まり返った。


一拍遅れて、ざわめきが爆発する。


「ゼロ?」


「そんな数字あるのか?」


「入学資格ないだろ……」


「測定ミスじゃない?」


ノエリアの顔が一気に熱くなる。


(やっぱり……!)


逃げ出したい。今すぐ帰りたい。穴があれば入りたい。


だがゴードンは杖を鳴らし、ざわめきを制した。


「ノエリア」


びくっと肩が跳ねる。


「前へ」


「……は、はいっ!」


声が裏返った。


足がもつれそうになりながら通路を進む。視線が痛い。笑われている気がする。実際に笑っている者もいた。


壇上の前まで来ると、ゴードンは穏やかに見下ろした。


「君の数値はゼロだ」


会場が再びざわつく。


ノエリアは今にも泣きそうだった。


「……すみません」


思わず謝ると、ゴードンが目を丸くした。


「なぜ謝る」


「え……だって、私なんかが……」


言葉が続かない。


ゴードンは少しだけ笑い、杖の先をノエリアの胸元へ向けた。淡い光が灯る。


その瞬間、ノエリアの胸の奥で、何かが小さく脈打った。


本人にしか分からない、懐かしい感覚。


(……今の、なに?)


ゴードンの瞳が細くなる。


「ゼロとは、無であると同時に、未測定でもある」


講堂が静まる。


「この少女の内には、まだ形になっていない何かがある」


周囲の視線が変わる。疑い、好奇心、戸惑い。


ゴードンははっきり告げた。


「ノエリアの入学を認める」


その言葉で、運命が決まった。


ノエリアは呆然と立ち尽くす。


(なんで……)


うれしいはずなのに、怖かった。


期待されるほど、自分には何もないと知っているから。


式が終わり、新入生たちが各クラスごとに移動を始める。ノエリアは端を歩き、なるべく目立たないようにしていた。


すると後ろから元気な声が飛ぶ。


「おーい! ゼロちゃん!」


振り返ると、赤いショートヘアの少女が手を振っていた。勝気な目元に、快活な笑み。


「私はハイジ。あんたDクラスだろ?」


返事をする前に隣へ並ばれる。


さらにその後ろから、クリーム色の片側三つ編みの少女がゆっくり歩いてくる。


「ハイジちゃん、“ゼロちゃん”は失礼だよぉ」


のんびりした声だった。


「私はフィア。よろしくねぇ」


二人ともDクラスの名札をつけている。


ノエリアは戸惑いながら頭を下げた。


「……ノエリアです」


ハイジが腕を組む。


「で、なんでゼロなの?」


「わ、分からない……」


「ははっ! 正直でいいな!」


フィアがくすっと笑う。


「でも、学園長が選んだんだもん。なにかあるんじゃないかなぁ」


ノエリアは答えられない。


何もない、と言い切れないのは、さっき胸の奥で脈打った感覚のせいだった。


どこか懐かしい、遠い記憶のような光。


その日の最後、Dクラス教室の窓から夕日が差し込んでいた。


五つしかない机。


最底辺クラスと呼ばれる場所。


けれど、ここから始まるのだと、なぜか思えた。


ノエリアはそっと胸に手を当てる。


小さな鼓動は、もう消えていた。


それでも確かに、何かが目を覚まし始めていた。

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