第十九話 妖精の森と、はじめてのチーム
合同実地演習の日は、雲ひとつない快晴だった。
朝早くから学園中が慌ただしい。
一年生たちは演習用の軽装制服に着替え、各自装備の確認を行っている。中央広場には色とりどりの制服が集まり、まるで遠足前のような賑やかさだった。
もちろん、ただの遠足ではない。
妖精の森は学園管理区域とはいえ、本物の野外フィールドだ。
訓練用魔物。
幻惑植物。
迷いの霧。
実際の任務を想定した仕掛けが数多く存在している。
ノエリアは朝から緊張していた。
「お、お腹痛い……」
『いつものだね』
ベルが即答する。
「ひどい」
ハイジは肩を回している。
「楽しみだな!」
ダニーも元気だ。
「野外戦だぞ!」
フィアだけはいつも通りだった。
「お弁当持ったぁ?」
「そこなの?」
「大事だよぉ」
確かに大事だった。
◇
中央広場。
全クラスが集まっている。
Dクラス。
Cクラス。
Bクラス。
そしてAクラス。
人数は多くないが、学園の上位層が一ヶ所に集まる光景は圧巻だった。
赤制服のAクラスは特に目立つ。
エイミー。
アンナ。
ウィリアム。
三人が並ぶだけで周囲の空気が少し変わる。
ノエリアは思わず見上げる。
(やっぱりすごいな……)
するとアンナが気づいた。
軽く手を振る。
ノエリアは慌てて振り返した。
「仲良くなったんか?」
ハイジが聞く。
「いや、そんな」
「会長に目をつけられてるしな」
やめてほしい。
胃が痛くなる。
そのときグレタが前へ出た。
「これより合同実地演習を開始する」
ざわついていた生徒たちが静かになる。
「今回の演習では混成チームを組む」
全員が注目する。
「今から発表する」
◇
チーム発表。
ノエリアは緊張で手汗がすごかった。
そして。
自分の名前が呼ばれる。
「チーム七」
グレタが続ける。
「ノエリア」
「は、はい!」
「フィア」
「はーい」
「ジェイド」
周囲が少しざわつく。
「ダニー」
「よっしゃ!」
「以上」
ハイジが固まった。
「え?」
ダニーが振り向く。
「別れたな」
「なんでだよ!?」
ハイジは本気で不満そうだった。
ノエリアは少し驚いていた。
ジェイド。
ダニー。
フィア。
最近一緒にいることは多い。
でも正式なチームになるのは初めてだ。
ジェイドはいつも通り冷静だった。
ダニーは嬉しそう。
フィアはのんびり。
なんだか少し安心する。
◇
妖精の森。
学園から馬車で一時間ほど。
巨大な結界に守られた自然保護区域だ。
森へ足を踏み入れた瞬間。
ノエリアは息を呑んだ。
綺麗だった。
木々の葉が淡く発光している。
空中には小さな妖精たち。
花は七色。
小川には光る魚。
絵本の中の世界そのものだった。
「すごい……」
『ひさしぶり』
ベルがぽつりと呟く。
「来たことあるの?」
『……うん』
少しだけ懐かしそうだった。
◇
演習開始。
チームごとに与えられた課題をこなしていく。
今回の目標は三つ。
一つ目。
指定地点の探索。
二つ目。
遭難者役の救助。
三つ目。
魔物討伐。
総合評価方式だ。
ジェイドが先頭を歩く。
「まず地図を確認する」
さすがBクラス。
冷静だった。
ダニーは周囲を警戒している。
フィアは花を見ていた。
「かわいい」
「集中して」
ノエリアがつっこむ。
フィアは笑った。
◇
しばらく進んだ頃。
事件は起きた。
茂みの奥から悲鳴。
全員が立ち止まる。
「聞こえたな」
ジェイドが言う。
ダニーが頷く。
「遭難者役か?」
もう一度。
助けを求める声。
ノエリアは胸がざわついた。
嫌な感じがする。
でも。
「行こう」
自然に口から出ていた。
ジェイドが少し驚く。
以前なら様子を見ると言っていたはずだ。
今は違う。
「急ごう」
ノエリアが先に走り出した。
◇
声のした場所。
そこには小さな少女がいた。
泣いている。
年齢は七歳くらい。
白いワンピース。
膝を擦りむいていた。
ノエリアはすぐに駆け寄る。
「大丈夫!?」
少女は涙目で頷く。
「うぅ……」
フィアが優しく治療魔法をかける。
傷が消える。
「はい、だいじょうぶぅ」
少女はほっとした顔になる。
だが。
その瞬間だった。
ジェイドが剣へ手をかけた。
「下がれ」
低い声。
空気が変わる。
ノエリアが振り向く。
「え?」
ジェイドの目は少女を見ていた。
「それは演習用じゃない」
少女の表情が消える。
次の瞬間。
にやり。
笑った。
ノエリアの背筋が凍る。
黒い霧。
少女の姿が崩れる。
そして現れたのは。
紫色の瞳。
見覚えのある笑顔。
カリンだった。
「正解〜」
ダニーが即座に前へ出る。
「お前!」
カリンは楽しそうに拍手する。
「えらいねジェイドくん」
ノエリアは言葉を失う。
なぜここにいる。
どうやって結界の中へ。
カリンはまるで遠足に来たみたいな気軽さだった。
「今日は遊びに来たの」
誰も信じない。
ジェイドが剣を構える。
「目的は」
カリンはノエリアを見る。
真っ直ぐ。
まるで友達を見るみたいに。
「ノエリアちゃんに会いに来た」
ベルが警戒する。
『近づいちゃだめ』
カリンは笑う。
「そんな怖い顔しないでよ」
でも。
その笑顔の奥に。
前回より少しだけ暗いものが見えた。
そしてノエリアは気づかなかった。
少し離れた森の奥。
誰かがこちらを見ていることに。
長い黒髪。
冷たい瞳。
カリンとは別の存在。
その人物は静かに呟いた。
「……見つけた」
風が吹く。
森の妖精たちが一斉に逃げ出した。




