第十八話 ベルが隠していること
夕焼けに染まる中央広場では、まだ噴水ショーが続いていた。
七色の水柱が夜空へ伸び、小さな光妖精たちがその周りを踊る。子どもたちの歓声、拍手、音楽。どれも平和そのものだった。
けれどノエリアだけは、その景色を楽しめなくなっていた。
ベルの様子がおかしい。
肩の上でいつも騒がしい妖精が、今は黙ったまま北の空を見つめている。
「ベル?」
呼んでも返事がない。
フィアも気づいたらしく、少し首を傾げた。
「どうしたのぉ?」
ベルは慌てて笑顔を作った。
『な、なんでもない!』
分かりやすかった。
ハイジが腕を組む。
「絶対なんかあるだろ」
『ないない!』
「あるな」
ダニーまで頷く。
ベルは目を泳がせた。
ノエリアは胸の奥がざわつく。
ベルは基本的に隠し事ができない。
嘘も下手。
だからこそ今の様子は珍しかった。
◇
その日の夜。
女子寮の自室。
ノエリアはベッドへ腰掛け、窓の外を眺めていた。
学園の夜景は綺麗だった。
塔の灯り。
巡回妖精の光。
遠くの訓練場。
ここへ来たばかりの頃は、自分とは関係ない世界に思えた。
でも今は違う。
少しだけ居場所ができた気がする。
「ベル」
小さく呼ぶ。
ベルは机の上でごろごろ転がっていた。
『なぁに?』
「今日のこと」
ベルが止まる。
『……』
「何を見たの?」
静かな沈黙。
ベルはしばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと言う。
『……嫌な気配』
「敵?」
『わかんない』
珍しい答えだった。
ベルは普段なら即答する。
でも今回は違う。
『敵に似てるけど、ちょっと違う』
ノエリアは眉をひそめる。
『昔の気配なんだ』
「昔?」
ベルは少し困ったような顔をした。
『まだ言えない』
その返事に、ノエリアは無理に聞かなかった。
ベルが話せない理由があるのなら、それもきっと大事なことなのだろう。
「わかった」
ベルは少し安心したように笑った。
『ありがとう』
その表情を見て、ノエリアは思う。
(私も変わったな)
前なら不安で問い詰めていたかもしれない。
でも今は待てる。
信じたいと思えた。
◇
翌朝。
Dクラス教室。
珍しく全員が揃っていた。
ルークは相変わらず緊張している。
マルクは無言。
ハイジは机に突っ伏し、
「眠い」
と言っている。
フィアは朝からお菓子を食べている。
「それ朝ご飯じゃないだろ」
ハイジが呆れる。
「大丈夫だよぉ」
「何がだ」
そこへグレタが入ってきた。
いつもより少し真面目な顔だった。
教室が静かになる。
「来週、合同実地演習を行う」
ざわつく。
リミィジュ候補生にとって実地演習は大きなイベントだ。
実戦形式の訓練。
成績次第では査定にも大きく影響する。
ハイジが即座に顔を上げた。
「戦闘か!?」
「半分正解だ」
グレタが黒板へ地図を描く。
「演習場所は妖精の森」
ノエリアは少し聞いたことがあった。
学園の管理区域内にある広大な森。
妖精たちが暮らしており、訓練用の魔物も配置されている。
一年生が初めて外部フィールドを経験する場所だ。
「各クラス混合チームで行動する」
さらにざわつく。
Dクラスだけでなく、BやCとも組むらしい。
「評価対象は戦闘だけではない」
グレタが続ける。
「判断力、協調性、救助能力、生存能力」
ノエリアは少し緊張した。
戦うより、そっちの方が難しそうだ。
◇
昼休み。
その話題で学園中が盛り上がっていた。
中庭のベンチで昼食を食べながら、ダニーが身を乗り出す。
「チーム発表楽しみだな!」
ハイジが頷く。
「ジェイドと組みたい」
「お前は毎回突っ込むから嫌だ」
ジェイドの返事は辛辣だった。
フィアが笑う。
「仲良しだねぇ」
「違う!」
二人同時だった。
ノエリアは思わず吹き出す。
最近こういうやり取りが増えてきた。
みんなでいる時間が自然になっている。
そのとき。
ふと視線を感じる。
見上げると。
校舎二階の回廊。
赤制服。
エイミーだった。
相変わらず綺麗な姿勢で立っている。
隣にはアンナ。
少し離れてウィリアム。
生徒会の三人だ。
アンナが何か言う。
エイミーが小さく頷く。
そして――
エイミーの視線がノエリアへ向いた。
一瞬だけ。
でも確かに。
◇
放課後。
生徒会室。
エイミーは窓の外を見ていた。
遠くでは生徒たちが帰宅している。
アンナが紅茶を置く。
「気になるん?」
エイミーは少しだけ黙った。
「……あの子」
ノエリア。
適正値ゼロ。
妖精ベル。
急激な成長。
全てが異例。
でも、それだけではない。
「何かを感じる」
アンナは微笑む。
「会長の勘は当たるからなぁ」
エイミーは窓へ映る自分を見る。
そして思い出す。
幼い頃。
姉が言っていた言葉。
――本当に強い人は、人を信じられる人だよ。
胸が少しだけ痛む。
エスター。
もう会えなくなってしまった姉。
「……お姉ちゃん」
小さな呟きは誰にも届かない。
窓の外では夕焼けが沈んでいく。
そしてその頃。
学園から遠く離れた場所。
黒い薔薇が咲き乱れる庭園で。
カリンが楽しそうに笑っていた。
「もうすぐだね」
その隣に立つ影は何も答えない。
ただ遠くの学園を見つめていた。
そしてカリンはくすくす笑う。
「ノエリアちゃん」
甘い声。
優しい声。
でもどこか壊れている。
「もっと揺れてね」
風が吹く。
黒い花びらが夜空へ舞い上がった。




