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『適正値ゼロのリミィジュ』(完全版)  作者: 柑橘みかん


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16/23

第十六話 夜の回廊と、言えなかったこと

放課後の自主練習が終わる頃には、空はすっかり群青に染まっていた。

西棟の回廊には星型の照明がひとつずつ灯り、床のタイルに淡い光が落ちる。昼間の賑やかさとは違う、静かでやわらかな時間だった。

「つっかれたー!」

ダニーがその場に寝転がる。

ハイジは肩を回しながら鼻を鳴らした。

「体力なさすぎだろ」

「お前がおかしいんだよ!」

フィアはくすくす笑いながら水筒を差し出す。

「はい、お水」

「神か……」

ジェイドは壁にもたれ、静かに呼吸を整えていた。無駄のない動きのまま、疲労だけが確かに滲んでいる。

ノエリアは少し離れた場所で座り込み、手のひらを見つめていた。

さっきまでうっすら光っていたものは、もう消えている。

(あの感じ……どうすれば出せるんだろう)

考え込んでいると、影がひとつ近づいた。

「冷えてきたな」

ジェイドだった。

手には予備の上着。

「あ、ありがとう……」

受け取ると、ほんのり温かい。さっきまで自分で着ていたのだろう。

「……さっきの」

ジェイドがぽつりと続ける。

「踏み込み、悪くなかった」

「ほんと?」

「ただ、迷ってる」

ノエリアは苦笑する。

「バレる?」

「動きに出てる」

容赦がない。でも嫌じゃない。

「怖いのは普通だ」

ジェイドは淡々と言う。

「でも、お前は止まらない」

その言葉に、ノエリアは少しだけ目を丸くした。

「……見てたんだ」

「全員見てる」

そう言って、前を顎で示す。

ハイジとダニーがまた言い合いを始め、フィアが間に入って笑っている。

騒がしいのに、どこか安心できる光景。

ノエリアはふっと息を吐いた。

「なんかさ」

「うん」

「みんな普通に強いよね」

ジェイドは少し考えてから答えた。

「普通じゃない」

「え?」

「それぞれ、ちゃんと理由がある」

ハイジは“負けず嫌い”。

ダニーは“認められたい”。

フィアは“誰かのため”。

マルクやルークも、それぞれ違う形で“続けている”。

「お前も同じだ」

「……私の理由?」

ジェイドは一瞬だけ視線を逸らした。

「助けに行っただろ、この前」

東棟のとき。

考えるより先に動いた。

「……あれは、たまたま」

「違う」

短く否定される。

「理由があるから動いた」

ノエリアは言葉に詰まる。

自分でも、まだはっきり言葉にできない。

そのとき、ベルがふわっと間に割り込んできた。

『ノエリアはね、“見捨てたくない”んだよ』

「ちょ、勝手に!」

ジェイドは少しだけ目を細める。

「……らしいな」

ノエリアは顔を赤くする。

「違うって!」

ベルはぷくっと頬を膨らませた。

『ほんとなのに』

「今それ言う!?」

ハイジがこっちを見て叫ぶ。

「なんか盛り上がってんじゃん!」

「違うから!」

ダニーがにやにやしながら寄ってくる。

「恋バナ?」

「違うって言ってるでしょ!」

フィアが首をかしげる。

「いい雰囲気だったよぉ」

「なんで!?」

ジェイドは静かにため息をついた。

「帰るぞ」

「逃げた!」

ハイジが笑う。

こういうやり取りが、最近少し増えた気がする。

ノエリアは立ち上がり、みんなの後ろを歩く。

回廊の窓からは、夜の学園が見えた。

中庭の灯り、遠くの訓練場、ゆっくり巡回する警備妖精。

きらきらしていて、あたたかい場所。

でも、その外には“敵”がいる。

カリンの言葉がふとよぎる。

――頑張らなくていい場所。

足が少しだけ止まる。

「ノエリア?」

フィアが振り返る。

「ううん、なんでもない」

すぐに歩き出す。

でも胸の奥に、ほんの少しだけ影が残る。

その夜。

寮の部屋でベッドに座りながら、ノエリアは天井を見ていた。

ベルが枕元でころころ転がっている。

『今日はいっぱい動いたね』

「うん」

『楽しかった?』

少し考えてから答える。

「……楽しかった」

それは本音だった。

怖さもある。迷いもある。

でも、それ以上に――

「ひとりじゃないの、いいなって思った」

ベルがぴたっと止まる。

『でしょ』

小さく笑う。

そのとき、窓の外で何かが揺れた。

カーテンがふわっと動く。

ノエリアが視線を向ける。

「……?」

一瞬だけ、庭の木陰に“誰か”が立っている気がした。

細いシルエット。長い髪。

すぐに消える。

「気のせい……?」

ベルは首をかしげる。

『何かいた?』

「……ううん」

そう言いながらも、胸がざわつく。

静かな夜。

遠くで鐘がひとつ鳴る。

学園は守られているはずなのに、どこかで確実に“何か”が動いている。

そしてそれは、少しずつ――

ノエリアのすぐ近くまで来ていた。

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