第十五話 揺れる心と、隣にいる理由
ローズガーデンでの出来事から数日後。
グランドフォール学園は再び穏やかな日常へ戻っていたが、生徒たちの間には確かな緊張が残っていた。敵が学園内部へ直接干渉してきたという事実は、これまでの「遠くの脅威」という認識を大きく変えていたからだ。
中庭ではいつものように花が咲き、妖精が舞い、可愛らしい音楽が流れている。だが、その裏側で生徒会と教師陣は警戒態勢を強めていた。
そしてノエリアは――少し変わっていた。
「……はぁ」
昼休み、芝生の端でひとり座り込む。
フィアが隣へゆっくり座る。
「ため息多いねぇ」
「……うん」
いつもの元気なやり取りが少ない。
ベルが肩の上でそっと覗き込む。
『さっきからぼーっとしてる』
ノエリアは視線を落としたまま答えた。
「カリンの言葉が、ちょっと残ってて……」
あの時の声。
“頑張らなくていい場所”。
“楽になれる場所”。
否定したはずなのに、頭のどこかに引っかかっている。
フィアは少しだけ考えてから、優しく言った。
「楽になりたいって思うのは、普通だよぉ」
ノエリアが顔を上げる。
「え……」
「がんばるの、つかれるもんねぇ」
その言葉は、とても自然だった。
「でもねぇ」
フィアは少しだけ笑う。
「私は、誰かと一緒にがんばる方が好きかなぁ」
ノエリアは黙る。
そのとき、背後から大きな声が飛んできた。
「おーい!」
ダニーだった。
その後ろからジェイドも歩いてくる。
ハイジはすでに立ち上がっていた。
「遅ぇぞ」
「呼ばれてねぇよ!」
いつものテンポ。
ノエリアは少しだけ安心する。
ダニーはそのまま芝生へ寝転がる。
「なんか最近ピリピリしてるよなー」
「敵が来たからな」
ハイジが短く答える。
ジェイドはノエリアをちらっと見る。
「大丈夫か」
短い一言だった。
でもそれだけで、少しだけ胸が軽くなる。
「……うん」
ダニーが起き上がる。
「じゃあさ、気分変えよーぜ」
「どうやって」
「特訓」
ハイジの目が光る。
「いいな」
フィアはのんびり首をかしげる。
「またぁ?」
「お前はもうちょい本気出せ」
「がんばるぅ」
こうして、放課後の自主練習が始まった。
場所は西棟の軽訓練フィールド。
ここは正式な戦闘訓練場よりも安全性が高く、個人練習や軽い模擬戦に使われる。床は柔らかい魔法素材でできており、転んでも怪我をしにくい。
まずはハイジとダニーが模擬戦を始める。
「いくぞ!」
「こいよ!」
真正面からぶつかる二人。
ハイジは力と勢い、ダニーは柔軟な動きと粘り。タイプは違うが、どちらも“前へ出る強さ”がある。
ノエリアはそれを見つめる。
(私、あんな風に戦えてるのかな)
ジェイドが隣に立つ。
「お前は違うタイプだ」
「え?」
「正面突破じゃない」
視線は戦っている二人のまま。
「でも逃げてもない」
ノエリアは少し考える。
「中途半端ってこと?」
「違う」
ジェイドは短く言った。
「“間を見てる”」
その言葉に、少しだけ胸が動く。
戦いが終わり、今度はノエリアの番だった。
相手はハイジ。
「手加減しねぇぞ」
「してほしい……」
「しねぇ」
容赦がない。
開始。
ハイジが一気に距離を詰める。
速い。
ノエリアは慌てて後退する。
「逃げんな!」
「無理!」
ベルが叫ぶ。
『右!』
反射的に動く。
ハイジの拳が空を切る。
「いい反応だな!」
だが追撃が来る。
ノエリアはぎりぎりで避け続ける。
(怖い……でも)
さっきのジェイドの言葉が頭をよぎる。
“間を見てる”
ハイジの動きを見る。
速いけど、単調ではない。ちゃんと狙っている。でも、その中にわずかな“間”がある。
そこを――
踏み込む。
「っ!」
大剣を振る。
ハイジが目を見開く。
ギリギリで受ける。
「……やるじゃん」
距離が離れる。
ノエリアは息を整える。
「今の、当たると思った……」
ハイジが笑う。
「惜しかったな」
その顔は、ちゃんと楽しそうだった。
模擬戦が終わる。
ノエリアはその場に座り込む。
「疲れた……」
フィアが隣に座る。
「がんばったねぇ」
ダニーが笑う。
「いいじゃん、普通に戦えてる」
ジェイドは静かに頷く。
「成長してる」
ハイジは腕を組む。
「最初の頃より全然マシだな」
ノエリアは少し照れる。
「ありがとう……」
そのときだった。
ベルがふわっと前へ出る。
『ねぇ、ノエリア』
「なに?」
『さっきより、ちょっと光ってる』
「え?」
自分の手を見る。
うっすらと、淡い光が宿っていた。
昨日より、確かに強い。
小さいけど、確かな変化。
ノエリアはその光を見つめる。
カリンの言葉もまだ残っている。
不安も、迷いも消えてはいない。
でも――
「……みんなといる方がいい」
ぽつりと呟く。
ハイジが眉を上げる。
「急にどうした」
「なんでもない」
フィアがにこっと笑う。
「いいねぇ」
ダニーが伸びをする。
「じゃあ明日もやるか!」
「毎日!?」
ジェイドは静かに言う。
「継続が一番強い」
ノエリアは笑った。
まだ弱い。
まだ不安定。
でも、ひとりじゃない。
その実感が、少しずつ“自信”に変わり始めていた。




