第十四話 ローズガーデンの招待客
翌日のグランドフォール学園は、春祭りのような華やかさに包まれていた。
中央通りには色とりどりのフラッグが揺れ、花壇には香り付きの光花が咲き誇る。放課後に行われる園芸クラブ主催のローズティーパーティーに合わせ、校内のあちこちへ薔薇の装飾が施されていたのだ。
白いアーチにはリボン。噴水には花びらの演出。購買部では限定ローズクッキーまで売られている。
そんな可愛らしい空気の中、ノエリアだけが顔色を失っていた。
「行きたくない……」
教室の机へ突っ伏し、弱々しく呟く。
ハイジが腕を組む。
「でも行かなきゃ相手の正体わかんねぇだろ」
フィアはローズクッキーをもぐもぐしている。
「おいしいよぉ」
「今そこ!?」
ベルは机の中から顔を出した。
『ぼくも行く!』
「あなたは行くでしょ!」
昨日、生徒会室へ届いた不気味な招待状。送り主不明。だがエイミーたちは、ただのいたずらではないと判断した。
結論として――ノエリアは予定通り向かう。だが護衛付き。
生徒会、グレタ、そしてDクラス仲間たちがそれぞれ配置につく作戦になったのだ。
昼休み、ノエリアは再び生徒会室へ呼ばれた。
白と金の可憐な室内には、すでに作戦図が広げられている。ローズガーデンは学園南西部、一般生徒にも開放された散策庭園だ。薔薇迷路、東屋、温室、小川橋などがあり、見た目は可愛いが隠れる場所も多い。
ウィリアムが地図を指し示す。
「ノエリアさんは中央東屋へ向かってください」
アンナが続ける。
「うちらは周辺で見張っとる。危なくなったらすぐ出る」
エイミーは真っ直ぐノエリアを見る。
「あなたは無理に戦わなくていい。相手の目的を確認することが優先よ」
「……はい」
ノエリアは緊張で背筋を伸ばした。
その様子を見て、アンナがふっと笑う。
「そんな固ならんでええよ。お茶会行くくらいの気持ちで」
「敵かもしれないのに!?」
「せやからこそ余裕や」
この人は掴みどころがない、とノエリアは毎回思う。
放課後。
ローズガーデンへ続く石道には、花びらが敷き詰められていた。夕陽に照らされた薔薇たちは宝石のように輝き、香りまで甘い。小鳥妖精が枝の間を飛び回り、どこか絵本の世界のような場所だった。
だがノエリアの足取りは重い。
「帰っていいかな……」
『だめ』
ベルが即答する。
東屋へ着くと、白い丸テーブルの上にティーセットが用意されていた。ポットからは湯気まで立っている。
「怖いんだけど」
『礼儀正しい敵かも』
「そこ安心材料にならない!」
周囲は静かだった。
けれど、気配はある。
ノエリアには分からないが、遠巻きに生徒会メンバーとグレタ、さらにハイジたちも潜んでいる。完全包囲だ。
そのとき、薔薇のアーチの向こうから、くすくすと笑う声がした。
「ちゃんと来てくれたんだぁ」
現れたのは、一人の少女だった。
ふわりと波打つ紫髪。フリルの多い黒紫ドレス風制服。瞳は甘くとろけるような紫色。年齢はノエリアたちと同じくらいに見える。
手には薔薇柄の日傘まで持っていた。
敵というより、貴族のお嬢様のようだった。
ノエリアは一歩下がる。
「だ、誰ですか」
少女は優雅に一礼する。
「失礼しました。私はカリン」
その名に、ベルがぴくっと震える。
『……敵側』
ノエリアの喉が鳴る。
カリンはにっこり笑った。
「そんな警戒しないで。今日はおしゃべりしに来ただけ」
「信用できません」
「素直でかわいい」
カリンは勝手に椅子へ座り、紅茶を注ぎ始めた。
手慣れている。
「あなたもどうぞ?」
「飲みません!」
「残念」
口調は柔らかい。だが空気が妙に冷たい。
ノエリアは剣こそ出していないが、いつでも変身できるよう意識を集中させる。
カリンは紅茶を一口飲み、楽しそうにノエリアを見る。
「ゼロなのに勝ったんだって?」
「……」
「みんな期待してるねぇ」
その一言で、胸がざわつく。
昨日から向けられる視線。噂。生徒会の注目。
嬉しくないわけではない。けれど怖い。
カリンはその反応を見逃さない。
「しんどいでしょ」
ノエリアは黙る。
「急に見られて、急に期待されて、急に“特別”扱い」
甘い声だった。
「でも失敗したら、みんなすぐ離れるよ」
心臓が嫌な音を立てる。
言われたくない言葉だった。
自分の中に、もともとある不安そのものだった。
カリンは微笑む。
「だからこっちにおいでよ」
「……は?」
「頑張らなくていい場所、あるよ」
ノエリアの眉が寄る。
「何を言って……」
「才能ある子も、ない子も、疲れた子も。みーんな楽になれる場所」
その声色だけは、本気に聞こえた。
敵の勧誘。
けれど単純な悪意ではない。救済を語る危うさだった。
ベルがノエリアの肩で小さく怒る。
『だめ。あの子、諦めを優しく包むタイプ』
「説明うまいね!?」
カリンが笑う。
「妖精ちゃん、相変わらず失礼」
その瞬間、茂みからハイジが飛び出した。
「もう十分だろ!」
「ハイジ!?」
続いてフィア、グレタ、さらに左右からエイミーたちも姿を現す。完全包囲だった。
カリンはぱちぱち拍手する。
「わぁ、豪華」
アンナが肩をすくめる。
「お茶会にしては人数多すぎやな」
ウィリアムは術式陣を展開した。
「抵抗しないでください」
エイミーは剣へ手をかける。
「ここで拘束する」
カリンは少しだけ首を傾げる。
「やだ」
次の瞬間、地面の薔薇の影が一斉に伸びた。
黒い影の蔦となって周囲へ絡みつく。
「っ!」
ウィリアムの術式が乱され、ハイジが腕で振り払う。フィアは結界でノエリアを守る。
カリン本人は、椅子に座ったままくすくす笑っていた。
「ノエリアちゃん」
影の中から真っ直ぐ見つめてくる。
「あなた、まだ自分のこと信じきれてないよね?」
図星だった。
言い返せない。
「また来るね」
その言葉と同時に、カリンの体が薔薇の花びらへ崩れるように消えた。
静寂。
残ったのは甘い香りだけだった。
ハイジが舌打ちする。
「逃がした……!」
ウィリアムが周囲を確認する。
「分身術式です。本体ではありません」
エイミーは剣を納め、ノエリアを見る。
「大丈夫?」
「……はい」
声は少し震えていた。
フィアがそっと隣へ来る。
「こわかったねぇ」
その一言で、張っていたものが少し緩む。
ノエリアは小さく頷いた。
カリンは敵だ。
でも、ただ壊したい人には見えなかった。
“頑張らなくていい場所”。
その言葉が、胸の奥に嫌なくらい残っていた。




