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『適正値ゼロのリミィジュ』(完全版)  作者: 柑橘みかん


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12/19

第十二話 ゼロじゃない一撃

白い石畳の査定フィールドに、午後の陽射しがきらきら反射していた。

上空では記録用の小鳥妖精たちが羽ばたき、観覧席には各クラスの生徒たちが色とりどりの制服で並んでいる。焼き菓子の屋台まで出ており、緊張感のある模擬戦会場というより、少し華やかな学園祭にも見えた。

だが中央に立つノエリアの心臓は、そんな空気を楽しむ余裕などなかった。

対戦相手のミレナはCクラス所属。薄紫の巻き髪に、星の飾りがついたリボン武装を操る技巧派だ。入学時点でブロンドバッジ五つ。Dクラスから見れば、十分に格上である。

それでも今、ノエリアの一撃が相手を下がらせた。

ミレナは軽く目を細める。

「思ったより重いのね」

ノエリアは剣を握り直す。

偶然かもしれない。だが、届いたのは事実だった。

観覧席からハイジの声が飛ぶ。

「押せ押せ!」

フィアがのんびり続ける。

「落ち着いてねぇ」

どっちなのか分からない声援だった。

グレタが腕を組み、静かに見ている。

開始の合図はすでに出ている。次の一手は自分たち次第だ。

ミレナが先に動いた。

「じゃあ、少し本気でいくわ」

指先を払うように振ると、三本の光リボンが扇状に走る。一本は正面、二本は左右から回り込む軌道。単純な回避では挟み込まれる。

ノエリアは一瞬固まる。

『前!』

ベルの声。

反射的に前へ飛び込む。正面の一本へ向かうなど普通なら危険だが、最短距離だった。

リボンが肩をかすめる。痛みは浅い。

そのままミレナの懐へ入る。

「えっ」

相手の表情が崩れる。

ノエリアは勢いのまま大剣を振り上げた。

だが近すぎる。大剣は取り回しが悪い。

ミレナは素早く半歩ずれ、柄を叩いて軌道を逸らす。ノエリアの剣は空を切り、そのまま体勢が流れた。

「きゃっ!」

転びかける。

観覧席から笑い声が漏れた。

ノエリアの顔が熱くなる。

(まただ……)

少しうまくいくと、すぐ調子に乗る。できる気になって失敗する。昔からそうだった。

だが今回は、そのまま沈まなかった。

ミレナが追撃のリボンを放つ瞬間、ノエリアは転びながら地面を蹴った。低い姿勢のまま滑り込む。

リボンが頭上を通過する。

「なっ……」

ノエリア自身も驚いていた。

(今の、私がやったの?)

そのまま下から剣を振り上げる。

ミレナは受けたが、また一歩下がる。

観覧席がざわついた。

「Dクラスの子、意外とやるぞ」

「型はめちゃくちゃだけど反応いい」

「なんか伸びしろありそう」

ノエリアの耳にも届く。

褒め言葉に慣れていない胸が、落ち着かなくなる。

ミレナは笑みを消した。

「なるほど。雑だけど、嫌なタイプね」

「す、すみません」

反射で謝ってしまう。

観覧席のハイジが頭を抱えた。

「なんでそこで謝るんだよ!」

フィアはくすくす笑う。

「ノエリアちゃんらしいねぇ」

ミレナは肩をすくめる。

「面白い子。でも、ここまでよ」

彼女の背後に魔法陣が三つ浮かぶ。リボン武装の上位操作だ。複数方向から同時制圧する技術で、Cクラスでも使える者は多くない。

光リボンが六本、一斉に放たれた。

左右、上、足元、背後への回り込み。

逃げ場がない。

ノエリアの呼吸が止まる。

『ノエリア、見て』

ベルの声だけが妙に鮮明だった。

『全部避けなくていい』

「え……?」

『一本だけ、切って』

時間がゆっくりになる。

迫る光の帯。交差する軌道。その中で、たった一本だけ少し遅れている線が見えた。

ノエリアはそこへ剣を振る。

桃色の光が弾ける。

一本が切れ、包囲の形が崩れた。

ノエリアは空いた隙間へ飛び出す。残りのリボンが制服の裾をかすめるが、致命傷にはならない。

「うそ……!」

ミレナの目が見開く。

ノエリアはそのまま踏み込んだ。

怖い。息も苦しい。足も震えている。

それでも今だけは、前へ行ける。

「私だって……!」

大剣を振り下ろす。

ミレナは受けた。だが体勢が崩れている。

ノエリアは続けてもう一歩踏み込む。

「ゼロじゃ、ないっ!」

二撃目。

重い衝撃音が響き、ミレナの武装リボンが弾けて消えた。

勝負あり。

査定水晶が鐘のような音を鳴らす。

一瞬の静寂。

次いで観覧席から歓声が上がった。

「勝った!?」

「DクラスがCクラスに!?」

「適正値ゼロの子だろ!?」

ノエリアはその場でへたり込んだ。

「はぁ……はぁ……」

信じられない。

自分が勝った?

ミレナも呆然としていたが、やがて苦笑しながら手を差し出した。

「負けたわ。あなた、面白い子ね」

ノエリアは慌ててその手を取る。

「す、すみません!」

「そこはありがとうでしょ」

「あっ、ありがとう!」

観覧席から笑いが起こる。

ハイジが柵を乗り越えそうな勢いで叫ぶ。

「やったじゃねぇか!」

フィアはぱちぱち拍手している。

「すてきだったよぉ」

ルークも涙目で喜び、マルクは静かに頷いた。

グレタは採点板へ記録を書き込みながら言う。

「判断力、高評価。自己否定、減点」

「そこ減点されるんですか!?」

「当然だ」

容赦がない。

その少し離れた場所で、赤制服の三人が立っていた。

アンナが楽しそうに笑う。

「おもろい子やなぁ」

ウィリアムは眼鏡を押し上げる。

「数値と実力が一致していません」

エイミーは黙ったままノエリアを見る。

その瞳には、以前の“確認する視線”とは違う色があった。

興味。

そして、わずかな警戒。

ノエリアはそれに気づかないまま、ベルを抱きしめていた。

「やった……私、勝てた……!」

『だから言ったでしょ!』

ベルがえっへんと胸を張る。

『ノエリアはゼロじゃないって!』

その言葉が、今までで一番素直に胸へ落ちた。

だが査定週間はまだ始まったばかりだった。

この勝利で注目を浴びたノエリアを、次は別の視線が狙い始めている。

観覧席の最上段。

フードを深く被った少女が一人、くすくすと笑っていた。

「へぇ……見つけた」

紫の瞳だけが、甘く冷たく光っていた。

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