第十二話 ゼロじゃない一撃
白い石畳の査定フィールドに、午後の陽射しがきらきら反射していた。
上空では記録用の小鳥妖精たちが羽ばたき、観覧席には各クラスの生徒たちが色とりどりの制服で並んでいる。焼き菓子の屋台まで出ており、緊張感のある模擬戦会場というより、少し華やかな学園祭にも見えた。
だが中央に立つノエリアの心臓は、そんな空気を楽しむ余裕などなかった。
対戦相手のミレナはCクラス所属。薄紫の巻き髪に、星の飾りがついたリボン武装を操る技巧派だ。入学時点でブロンドバッジ五つ。Dクラスから見れば、十分に格上である。
それでも今、ノエリアの一撃が相手を下がらせた。
ミレナは軽く目を細める。
「思ったより重いのね」
ノエリアは剣を握り直す。
偶然かもしれない。だが、届いたのは事実だった。
観覧席からハイジの声が飛ぶ。
「押せ押せ!」
フィアがのんびり続ける。
「落ち着いてねぇ」
どっちなのか分からない声援だった。
グレタが腕を組み、静かに見ている。
開始の合図はすでに出ている。次の一手は自分たち次第だ。
ミレナが先に動いた。
「じゃあ、少し本気でいくわ」
指先を払うように振ると、三本の光リボンが扇状に走る。一本は正面、二本は左右から回り込む軌道。単純な回避では挟み込まれる。
ノエリアは一瞬固まる。
『前!』
ベルの声。
反射的に前へ飛び込む。正面の一本へ向かうなど普通なら危険だが、最短距離だった。
リボンが肩をかすめる。痛みは浅い。
そのままミレナの懐へ入る。
「えっ」
相手の表情が崩れる。
ノエリアは勢いのまま大剣を振り上げた。
だが近すぎる。大剣は取り回しが悪い。
ミレナは素早く半歩ずれ、柄を叩いて軌道を逸らす。ノエリアの剣は空を切り、そのまま体勢が流れた。
「きゃっ!」
転びかける。
観覧席から笑い声が漏れた。
ノエリアの顔が熱くなる。
(まただ……)
少しうまくいくと、すぐ調子に乗る。できる気になって失敗する。昔からそうだった。
だが今回は、そのまま沈まなかった。
ミレナが追撃のリボンを放つ瞬間、ノエリアは転びながら地面を蹴った。低い姿勢のまま滑り込む。
リボンが頭上を通過する。
「なっ……」
ノエリア自身も驚いていた。
(今の、私がやったの?)
そのまま下から剣を振り上げる。
ミレナは受けたが、また一歩下がる。
観覧席がざわついた。
「Dクラスの子、意外とやるぞ」
「型はめちゃくちゃだけど反応いい」
「なんか伸びしろありそう」
ノエリアの耳にも届く。
褒め言葉に慣れていない胸が、落ち着かなくなる。
ミレナは笑みを消した。
「なるほど。雑だけど、嫌なタイプね」
「す、すみません」
反射で謝ってしまう。
観覧席のハイジが頭を抱えた。
「なんでそこで謝るんだよ!」
フィアはくすくす笑う。
「ノエリアちゃんらしいねぇ」
ミレナは肩をすくめる。
「面白い子。でも、ここまでよ」
彼女の背後に魔法陣が三つ浮かぶ。リボン武装の上位操作だ。複数方向から同時制圧する技術で、Cクラスでも使える者は多くない。
光リボンが六本、一斉に放たれた。
左右、上、足元、背後への回り込み。
逃げ場がない。
ノエリアの呼吸が止まる。
『ノエリア、見て』
ベルの声だけが妙に鮮明だった。
『全部避けなくていい』
「え……?」
『一本だけ、切って』
時間がゆっくりになる。
迫る光の帯。交差する軌道。その中で、たった一本だけ少し遅れている線が見えた。
ノエリアはそこへ剣を振る。
桃色の光が弾ける。
一本が切れ、包囲の形が崩れた。
ノエリアは空いた隙間へ飛び出す。残りのリボンが制服の裾をかすめるが、致命傷にはならない。
「うそ……!」
ミレナの目が見開く。
ノエリアはそのまま踏み込んだ。
怖い。息も苦しい。足も震えている。
それでも今だけは、前へ行ける。
「私だって……!」
大剣を振り下ろす。
ミレナは受けた。だが体勢が崩れている。
ノエリアは続けてもう一歩踏み込む。
「ゼロじゃ、ないっ!」
二撃目。
重い衝撃音が響き、ミレナの武装リボンが弾けて消えた。
勝負あり。
査定水晶が鐘のような音を鳴らす。
一瞬の静寂。
次いで観覧席から歓声が上がった。
「勝った!?」
「DクラスがCクラスに!?」
「適正値ゼロの子だろ!?」
ノエリアはその場でへたり込んだ。
「はぁ……はぁ……」
信じられない。
自分が勝った?
ミレナも呆然としていたが、やがて苦笑しながら手を差し出した。
「負けたわ。あなた、面白い子ね」
ノエリアは慌ててその手を取る。
「す、すみません!」
「そこはありがとうでしょ」
「あっ、ありがとう!」
観覧席から笑いが起こる。
ハイジが柵を乗り越えそうな勢いで叫ぶ。
「やったじゃねぇか!」
フィアはぱちぱち拍手している。
「すてきだったよぉ」
ルークも涙目で喜び、マルクは静かに頷いた。
グレタは採点板へ記録を書き込みながら言う。
「判断力、高評価。自己否定、減点」
「そこ減点されるんですか!?」
「当然だ」
容赦がない。
その少し離れた場所で、赤制服の三人が立っていた。
アンナが楽しそうに笑う。
「おもろい子やなぁ」
ウィリアムは眼鏡を押し上げる。
「数値と実力が一致していません」
エイミーは黙ったままノエリアを見る。
その瞳には、以前の“確認する視線”とは違う色があった。
興味。
そして、わずかな警戒。
ノエリアはそれに気づかないまま、ベルを抱きしめていた。
「やった……私、勝てた……!」
『だから言ったでしょ!』
ベルがえっへんと胸を張る。
『ノエリアはゼロじゃないって!』
その言葉が、今までで一番素直に胸へ落ちた。
だが査定週間はまだ始まったばかりだった。
この勝利で注目を浴びたノエリアを、次は別の視線が狙い始めている。
観覧席の最上段。
フードを深く被った少女が一人、くすくすと笑っていた。
「へぇ……見つけた」
紫の瞳だけが、甘く冷たく光っていた。




