メリッサの生い立ちと失われた国の存在
大きなテーブルには世界地図、書物が数冊、そしてメリッサが掛けていたネックレスが並べられた。
「先ず私たちはとにかく外交をスムーズに行えるように、世界中の書物を時間があれば読む様にしている。相手の事を理解したうえで接しなければならない。性格・好みのもの・苦手なもの…あらかじめ出来るだけ知っておく必要がある」
「そして元々、シャトラナの王族の者は読書好きな一族だ。先祖が色々な書物を収集して残して来ていてね」
グレコリ国王はそう説明したうえで、一冊の古い本を手に取りその本の表紙を見せた。
『滅びの国のオリーワ』
「遥か昔に占星術師が国を治めていた、オリーワと言う国の物語だ」
この本にはオリーワの国が常に占星術の力で未来が見通せ、少数民族であるオリーワが次第に様々な国を支配していったが、何かしらの流れで滅んだ事が描かれていたと説明した。
「私は最初、おとぎ話の本だと思って読んでいた。それをある日、アルニカにこの本を手渡したのだが」
この本の栞が挟まれているページをめくり、今度はアルニカが説明を始めた。
「本には絵図も一部書かれていて、文字は解読出来ていないのだけれど、タロットカードにより多彩な魔術も使える仕組み、そして中心にいる人物の装飾品の絵が描かれていてね。僕は、その形状を何となく覚えていて」
アルニカは、メリッサの所持していたネックレスを手に取り、話を続けた。
「これがたまたま僕が毒蛇に噛まれて、その時助けてくれたメリッサが首に掛けていたネックレスと似ている事に城に戻ってから気づいて、父上に報告したんだ。そこまで複雑な意匠でもないから、偶然に似ているものかと思ったのだけれど、この本にはネックレスの裏側に何か文字が彫られてある説明が書かれてあってね」
皆が分かる様にテーブルの上に該当の本のページを開き、メリッサのネックレスを裏返した。
「…文字が、全て同じ…!」
その場にいた全員が、息を飲んだ。
アルニカが持つ書物はとても古く、現在生きている者よりも遥か昔に作られた様なボロボロの本であった。それが今、生きているメリッサが持つネックレスと同じ意匠だった。
「このネックレスは、君のお母さんが私に君を託した際に、自分が掛けていたネックレスをメリッサに掛けていったものだよ」
ゼラニウムが当時の記憶を挟み、捕捉した。
「…そんな。私、このネックレスもタロットカードの事も何も知らない……」
不安になりうろたえるメリッサに、アルニカは安心してもらえる様に優しく語りかけた。
「うん、それはそうだよ。僕らもよくわからない。ただ実際タロットカードというものは全部で二十二枚存在するはずがメリッサ、ローズマリー、ゼラニウム叔父様にその内の一枚ずつを君のお母さんが手渡している。そして、このカードはそれぞれ単独の力を使用する事が出来てしまっているんだ」
それを聞いたフェンネルは、ローズマリーに攻撃された際の火傷の跡を袖の裾を伸ばし、そっと隠した。
「これがね、今は三枚この国にある。残りの十九枚は君の母上がおそらく所持している可能性が高い。
この力、オリーワ王国の物語の事を考えると、残りのタロットカードの奪い合いが始まる様な気がするんだ。つまり、命を狙われかねないし、他の国の権力者が何か気付いた場合や、悪事に使用する事とか色々な不安要素が考えられる」
それを聞いたメリッサとローズマリーは、子供の頃に自分たちが起こした出来事を思い出しうつむいてしまった。
「もちろん君たちが何か悪い事に使うとは思っていないし、僕も父上もそんな事に使用して君たちを利用しようとは思っていないから、安心して欲しい」
アルニカは下を向く二人に誠実な声で、ただ優しく語りかけた。
「今度の外交から、アルニカには内密にこの調査を並行して行って貰う事にした。
まずは、この事を出来るだけ他国に知られない様にしながらも、オリーワに関しての文献を探し…
同時に、メリッサの母君の行方も探す事になる」
「…⁉」
メリッサが驚き顔を上げ、アルニカを見つめた。
自分は、母親を探そうとなど今まで少しも思っていなかったからだ。
「先ず、この国にはいない可能性が高いね」
アルニカは予測を立てていた。
「メリッサの母君がオリーワの末裔である事が高いと見ているのは、通常の庶民の暮らしの者であればこんなに長い年月、姿を眩ましたままで人に見つかる事無く、生活出来るはずがないんだ」
アルニカの推測にメリッサは母から毎年贈られてくる宝石の事を思い出した。
(…確かに、どこからあんな高価なものを毎年送る事が簡単にできるのかな……)
「メリッサの母君やこの子たちの事、そしてこれからの事を話した内容。ここにいる者のみ知った事となる。くれぐれも他言無用でお願いしたい」
グレコリ国王の言葉に、玉座の間に集められていた城に従事する者たちが、無言でうなずいた。
「メリッサとローズマリーは、いつもと変わらない暮らしをこの国でしていてくれればいいからね。
僕たちは、もしメリッサの母君を見つけ出したとしても、この世界の均衡を崩すつもりも、支配するつもりもない」
アルニカは二人に王族の立場から自分の国に住む庶民に安心してもらう様な語り口で優しく説いた。
「ただ、このネックレスは暫くこちらで預からせてもらう。色々と調べたい事があるからでもあるが、何より君の安全の為にも、だ」
グレコリ王がやや強い口調で延べ、それにメリッサは無言でうなずいた。
「それでは、また各自お願いしたい事があるが一度ここは解散としよう」
グレコリ王はローブを翻すと、一部の者の顔を見て指示をだした。
「ゼラニウム、アルニカ。二人とはまだ少し話がある、私に付いて参れ。
フェンネルはメリッサとローズマリーを家まで送り届けて欲しい」
玉座の間から先に国王たちが出ていく所に、アルニカが駆け足でメリッサの所へ一度戻ってきた。
(メリッサ、また近いうちに君の所に遊びにいくからね…!)
ひそっと耳打ちをすると、そのまま駆け足で国王の後へと戻っていった。
「それじゃあ、今日は二人を家まで送り届けるから、付いてきてくれないか」
フェンネルが手で合図をした際に、火傷の傷がちらりと見えローズマリーが慌てて叫んだ。
「…!ああっ、そうだ、フェンネルさんの手の甲…!
メリッサ、お願いがあるの! 私この人に傷を負わせてしまっていて」
冷や汗をかくローズマリーに不思議な顔をしたフェンネルは手の傷を見て笑顔で切り返した。
「ああ、この位大したことない火傷だ、後で戻ったら宮廷魔術師の所に寄るから問題ない」
「でも、早く治療した方がいい事に越したことはないでしょう?メリッサお願い」
ローズマリーのお願いにメリッサはうなずくと、星のカードを右手に取り出し、小声でカードに向かい祈りの様な言葉を唱えだした。カードから美しい女性が現れ、星の煌めきを灯した水がフェンネルの手の甲に包帯の様に包まると、数秒で火傷の跡が消えていった。
「…前にアルニカから聞いた事があるが、面白い魔法だな」
フェンネルが瞬時にきれいになった手の甲をまじまじと見つめながらつぶやいた。
「…はあ、良かった」
ローズマリーが大きなため息をついたので、フェンネルが少しフォローをした。
「こんな傷、いつもの親父のスパルタ指導に比べたら、蚊に刺されたくらいだぞ?」
「…えっ?フェンネルさんのお父さんって、そんなに強いのですか?」
メリッサが不思議そうに質問をすると、フェンネルは思い出したかの様に話し出した。
「ここ数カ月間前まで、騎士団長だった男だからな。さっき国王陛下の横にいただろう?」
「えっ…?あの優しそうな感じの貫禄がある方、フェンネルさんのお父さん…⁉」
ローズマリーが驚きの声を上げると、フェンネルは少し複雑な表情で父親の話を始めた。
「ああ、シッサスは俺の父親だよ。国王陛下と子供の頃から仲良くしていたらしいから色々な信頼もあって抜擢されたんだろう。アルニカ王子と俺もその関係で自然と仲良くなった感じだしな。日頃は身分の違いはわきまえているが、俺はあいつを友人としても一番信頼をしているよ。君たちと同じように」
そんな他愛もない話をしながら、それぞれの家に送り届けてもらうつもりであったがローズマリーがメリッサの家に一泊したいという話になると、フェンネルは二人をメリッサの自宅へと送り届けた。
「昨日と今日は、本当に申し訳なかった。じゃあ、また近いうちに」
フェンネルはあっさりと馬車馬の手綱を取り、早々とその場を引き上げていった。




