無意識なメリッサの静かな覚醒
オレガノはフェンネルの言葉の意味が分からないまま、メリッサの自宅兼診療所へ辿り着いた。
そして二人はメソメソした女の子と恰幅のいいドワーフの男性がメリッサと交互に話し込んでいる所に遭遇した。
「やだぁー! メリッサ先生いなくなったら彼の事、どうやって私に振り向いてもらえるかわかなくなっちゃうー!」
「それはね。ベルガモットさんは、少しずつ自分自身に自信を持っていくといいだけよ?」
メリッサがベルガモットと呼ぶ女の子と話をしながら、横でドワーフの男性にも質問を投げかけられていた。
「メリッサ、この鉱石は餞別でやる…! だからお前さんの母さんを早く見つけてすぐここも再開してくれ!この辺りの鉱石調査で怪我した時に頼りになるのはお前さんだけなんだよ!」
「ずっと閉める訳じゃないの。戻る時もあるからカポックさんはうっかり怪我を注意してくれたら大丈夫だから。少し薬草も多めに処方して、戻る時まで足りるようにしておくから…!」
メリッサが必死で説得している所へ、フェンネルがフォローするかの様にこちらに気付かせようと既に開いているドアを強くノックした。
「メリッサはここを臨時休業するだけだよ、お嬢さん。その間の悩みはこの女性に聞いてもらうといい。
日中はここの掃除や業務を任せるから」
突然のフェンネルの提案にオレガノが横でビックリした表情で固まっていたが、メリッサがフェンネルの話に補足した。
「それはいいわ…! ベルガモットさん。オレガノさんはシャトラナ騎士団の方、しかも複数の方に恋心を抱かれているの。その恋心を抱かれている秘訣、色々と参考にするといいわ」
そのメリッサの発言に、更にオレガノは驚き慌て質問を投げかけた。
「ど、ど…どういう事ですか!メリッサ様⁉ 私が騎士団のどなたかに好意を抱かれているだなんて…⁉」
身に覚えのない出来事にオレガノはめずらしく大きな声でメリッサへ両手で否定の表現で手と首を横に振るがメリッサはぽかんとした顔で、オレガノに答えた。
「オレガノさん。私がシャトラナ城書庫に出入りした時に同行してもらった間だけでも二人、貴女の事を見ている騎士の方がいたのだけど…? オレガノさんって色々な所にすぐ気付く方だから。ほら、すれ違った時にちょっとした綻びに気付いてその場で素早く直していたり、練習場で軽い怪我をする方が多いからって塗り薬の処方をお願いされたじゃない?それを持って行ったりしているでしょう?」
「そ、そんな事で?ですか⁉」
その鈍感なオレガノの慌てぶりを見てフェンネルが笑いながらオレガノを更にからかった。
「オレガノ。一応俺も何となく知っている限りでだが、該当の後輩が三人いるぞ? まあ、交代でここにオレガノを連れていく騎士は親父が都度、空き状態の奴から決めるから安心してくれ」
それを聞いていたベルガモットは頬を染めオレガノにしがみついた。オレガノ自身はこれから毎回、城内で色々な事に気を配らなければならなくなる事に気付き呆然と空を仰いでいた。
それを余所に、フェンネルはドワーフの男性にも説得と心擽る言葉を伝え試みた。
「カポックさん、メリッサの母君は所々旅をしている様なんだ。もしドワーフ族の広い情報網のお力もお借り出来たら私どもシャトラナの者も心強い事はない。そして貴方の持ち出された鉱石の薬効で我々の大事な方が助かっている。メリッサ自身も、その鉱石の実験を更に続けたい中で一時休業いたします。
その間はシャトラナ王族専門の医療者が精一杯対応いたします。その間、出来るだけ安全にお仕事を続けていただけないでしょうか?」
フェンネルの特別感溢れる説得にカポックはまんざらでもない顔をし、渋々頭をかきながらぶっきらぼうに答えた。
「…まあ、何だか俺とメリッサの繋がりで何かとても役にたったらしい事は聞いている。メリッサがいない間はそこのモテモテ姉ちゃんを通して、城の医療者に診てもらえばいいんだな?」
その言葉に、更にオレガノは口をポカンと開けながら立ち尽くしていたが少し冷静になり、自分がやるべき事を先ずは覚える事だと我に返ると、メモを取り出しメリッサに尋ねた。
「…と、とりあえず私はまずこちらの全般のお掃除と…、あのお外にある鶏小屋などは…」
オレガノの質問にメリッサは本題を思い出し、周りを見回しながら答えた。
「そうね、もう少し寒さが厳しくなってきたら別の場所があるから移動をお願いしたいのと、シラー様の処方分は済ませてあるから大丈夫で、えーと…、細かくお願いするのは漬けてある薬草酒の瓶は都度かき混ぜて欲しいのと乾燥薬草棚のここも、埃がたまらない様にしてもらって…」
メリッサが薬草棚の方を指さすとオレガノは沢山の棚にある中の、ある不思議な文字に気が付いた。
「マンドレちゃん極上? マンドレちゃん通常…? マンドレちゃん弱…⁉」
その疑問の言葉に、突然メリッサが目を輝かせて答えた。
「オレガノさん、良く気付いてくれたわ! これはねっ、マンドレちゃんの根っこの特別部分でそれぞれ効能の強弱があって。患者さんの身体の具合に合わせて煎じ方も変わるの!」
メリッサの興奮する声に奥で日向ぼっこをしていたマンドレイクが自分の話題だという事に気付くとメリッサと同じ様に目を輝かせ、植木鉢から飛び出しオレガノに自慢を始めた。
「見ろ、オレガノ! この俺の後ろ左下に出来てるくぼみ…! メリッサがここの部分が極上のものだって良く根っこが伸びてきたら取るもんだから、ここだけくぼみが出来てしまったんだけどな? オレガノとシラーも助けているから、これは名誉のくぼみと思っているぞ?」
マンドレイクが自慢げにプリンっと一回転し、自分がかっこいいと思い込んでいる仕草を見せると、オレガノは何かが吹っ切れた表情になり笑顔で答えた。
「ふふ、その薬草のお話をすると無邪気なお顔をするメリッサ様を見ていますと、アルニカ様が慕う事も、ドレイク様がメリッサ様と共に長くいらっしゃる事も良くわかります…」
それを聞いたメリッサはただ首を傾げるだけだったが、オレガノの謙遜する姿勢にただ笑顔で思ったままの言葉を返した。
「オレガノさんも、とても心配りが出来る素敵な方よ? それはこのカードも貴女に初めに出会った時に教えてくれている。
そして、アルニカ様が私をここから連れ出した時に星のカードが拒否反応を示さなかったのもアルニカ様の心を何か読み取っていたのかもしれない」
そっとポケットに仕舞ってあるカードを少しちらつかせると、オレガノがふとした疑問をメリッサへ投げかけた。
「その、星のカードのお力。それがあればこの大量の薬草をわざわざ取りに出かけたり、煎じたりしなくても良いのでは?」
オレガノの疑問に、メリッサは力強く首を横に振り否定した。
「このカードの力は急ぎの時以外、極力使用しない様にしているの。もしも突然この力が使えなくなった時私は誰も救う事が出来なくなる、ただの無力な人間になっちゃうもの」
メリッサのその言葉に、フェンネルは納得した表情で治癒している手の甲を摩りながら話に加わった。
「何故アルニカがそんなにメリッサに惹かれるのかが、俺も少し分かった気がするよ」
フェンネルは少し茶化した様に伝えたつもりだったが、メリッサは真剣な目つきでフェンネルに告げた。
「その…、フェンネルさんにローズマリーが加えた傷。それもフェンネルさんが本心から行った行為でない事を太陽のカードとローズマリー自身が瞬時に判断したのだと思う。腰に剣を所持しているのにそれを使用するどころかフェンネルさんは普段から鎖で絡めて、それをすぐ使用できない様にしているもの」
メリッサの続け様のフォローに、フェンネルは少し驚きながらも軽く頷きながら目線を少し逸らした。
(これは、人の心をつかむのが元々の性格から来るのか、…もしくはカードからの影響か?それとも、オリーワの占星術師の力の一部なのか…?
………単純に、メリッサ自身の元々の優しさからであって欲しいが……)
一人心の中に疑問を抱きつつも、周囲の要件がひと段落着いた様に見えたフェンネルは話を戻し改めて要件を切り出した。
「お二人とも。メリッサの大切な患者様ですから、特別にここの休業内容を少し詳しくお伝えしました。
また今後も彼女の診察を受けたいのであれば、内密にお願いいたします」
フェンネルの願い出にベルガモットはニッコリ頷き、カポックも得意げになりながらも、ふと何かを思い出し真顔になると忠告を加えた。
「おう!兄ちゃんまかせとけ。…あと、念のため気を付けろ。兄ちゃん達が向かうって国、『ディアスキア』だってな?最近あまり良い噂を聞かない」
「…………?」




