たらればの過去
シャトラナ市街地の陽射しが心地よく良く指すカフェに入り、二人は外での話を改めて交互にすり合わせた。
「…そうか、昔あそこの馬車同士の衝突事故で亡くなった夫婦は…ローズマリーの両親だったのか」
フェンネルはカフェの窓から見える、二人が花を手向けた場所を見つめながら小声で呟いた。
「実は今まで不思議に思ってて。私以外に毎年誰かが花を手向けてくれていたのは気づいていたんだけど…フェンネルだったんだね。有難う」
暖かい紅茶が入ったカップに冷えた指先を温める様に手を添え、ローズマリーも二つ並んだ花束を窓越しに眺めながらぼんやりと独り言の様に呟いた。
「正確には、毎年国王陛下に頼まれて代わりに来ている」
その事実にローズマリーは一瞬驚き、手にしていたカップの中の紅茶が少し揺らいだ。
「…事故の事を知っている人はもうこの辺りには殆どいないから、てっきりメリッサかゼラニウム神父がこっそり気を配ってくれていたんだと思っていたけど…。まさかその弟の…国王陛下だったなんて、流石に驚いちゃった…!」
ローズマリーは笑顔で答えたが、フェンネルは真顔でそのまま話を続けた。
「俺がこの事を知っているのは、二十年前にそこの事故を偶然目撃したのが親父とゼラニウム様だったからで…。二人が言うには明らかに加害者は相手側だったらしいが、大雨の中馬車の下敷きになっていた若夫婦が庇う様に抱えていた赤ん坊の泣き声が聞こえてきて、その救出時間の間に証拠が……、
全て雨で流れてしまい……。
…死亡したマロウ公爵と夫人側が先に飛び出してきたという相手の意見が裁判で
通り敗訴してしまった…。
……… という所までだ」
フェンネルはローズマリーの様子を伺いながら、更に話を続けた。
「死人に口なしだ、と国王陛下も話していたらしいが…。マロウ公爵、お前の父親は国王陛下に一番信頼を受けていた貴族で、親父も良く知っていた仲だったと聞いている。そんな危なげな行動をする人物であるはずがないと…。
ただ、国の頂点に立つ人間は常に全てを平等に見なければならない。証拠もなく片方への肩入れはできない立場だからな…」
そこまで話し切ると、フェンネルはローズマリーの顔を見ず、目線を飲み物へ移し口を閉ざした。
「もし、その事故がなかったら私、メリッサたちに出会えてなかったよね!
今、どうしていたと思う…?」
あっけらかんとしたローズマリーの逆質問に、フェンネルは手にしていたカップの紅茶を思わずこぼしそうになりながら苦笑いで答えた。
「お前に太陽のカードを託したメリッサの母さんは、人を見る力が本当にあるのかもな?」
フェンネルの考えにローズマリーは深く頷き、窓越しの陽射しを浴びながら付け加える様に話を続けた。
「メリッサのお母さんは私に両親がいなくなってしまった代わりに、妹を預けてくれたの。太陽ってね、自分の影を見る事が出来ない。だけど、夜に輝く星は後ろから夜明けまで毎日、いつも太陽を見つめ続けていてくれるのよ? だから…」
そこで突然声を詰まらせ、ローズマリーの表情が急に外の明るい陽射しとは真逆に曇り始めてしまった。
「…ど、どうした?」
フェンネルはローズマリーの変化に少し慌て、前屈みになりながらテーブルに乗り出すとそっとローズマリーの肩に手を添え、様子を伺い見た。
「……なのにメリッサ、このシャトラナを出て行ってしまう…。アルニカ様もフェンネルも一緒に行くんでしょ?マンドレちゃんだってメリッサに着いていくし…。
私達、子供の頃からずっと一緒だったのに。私、一人になっちゃう…」
ローズマリーの落ち込みの原因に、フェンネルは少し安心して椅子に腰掛け直すと溜息をつきながら提案した。
「お前、冬は休暇に入る時期だろ? ついてくればいいじゃないか」
「えっ?」
「えっ、じゃないだろ? お前はそのカードをメリッサの母親から授かっている一人だ、十分関係者だろう。何を部外者顔してるんだよ?」
その提案にローズマリーが満面の笑みを見せたのを伺いながら、フェンネルは更にアドバイスを加えた。
「俺はこれからオレガノと一緒にメリッサの所に行かないとならない。お前は城の厨房までの入口許可証しか所持していないから俺のこのバングルを持っていけ。あと今、書状を書く。今日最優先でアルニカに会えるようにする」
フェンネルは腕にはめてある騎士団長の証のバングルを外し、鞄から羊皮紙とペンを取り出し走り書き出した。
「今日は午後一、アルニカは国王陛下、シラー王妃と一緒にいるはずだ。
そこを狙え」
「…え?でもそんな家族で一緒にいる時間に、私一人のお願い…」
ローズマリーが珍しくためらう姿を見ると、フェンネルはローズマリーに詰め寄った。
「ローズマリー=マロウが、シャトラナ王族に自ら伝えるんだ。
……それと、あの時の俺の償いもさせてくれよ」
フェンネルが傷の消えている手の甲を摩りながら告げると、書状とバングルを
テーブルに置き素早くカフェの会計を済ませその場を後にした。
少しバツが悪そうなフェンネルを見送りながら、ローズマリーはハッと気付き立ち上がった。
「……そっか! ふふっ。有難う、フェンネル!」




