アルニカ王子の願い事
「……う、うう…ん?」
目が覚めたメリッサにはまだ深眠草の効果が残っており、ゆっくりと上半身を起こした。
目の前には、見たことのない装飾の家具や美しい絵画があり、
自分は生まれて一度も使用したことのない大きなふかふかのベッドで眠っていた事に気付いた。
「ここは…?」
小さな物音に気付いた一人のメイドがドアをノックして入ってきた。
「失礼いたします。メリッサ様、ご体調はいかがですか?」
「あの、私、昨日患者さんを診ていて、今日も診察が始まるから戻らなきゃ…?」
前後の状況が分からなくなっていたメリッサだったが窓から差し込む日差しで朝だと気づき診察の時間が始まると思い飛び起きた。
「もう、そのような庶民のお仕事はなさらずとも良いのですよ。さあ、お着替えをいたしましょう」
メイドは目の前のクローゼットを開いた。そこには今まで一度も着た事のない煌びやかなドレスが犇めきあっていた。
「………あの…、私の着ていた服は…?」
「こちらですか? 一応洗って乾いておりますが」
オレガノはメリッサの着ていた服をクローゼットの端から取り出し、差し出した。
「ポケットにカードが入っていなかったでしょうか?これくらいの…大事なもので…」
キョロキョロするメリッサを見ながら冷静にオレガノは服の裏側にあるポケットを指し答えた。
「入っておりました。服を洗う際に取り出そうとしたのですが、へばりついて取り出せず。紙ではなく、何かの金属で出来ているようでしたのでその部分だけ避けてそのまま洗っておきました」
それを見たメリッサは安堵し、同時に少し心配そうな表情を浮かべた。
「…良かった、そのカードは所有者以外のものが下手に触るとカードの精霊が激怒する事もあるの。カードは貴女を危険な人物ではないと認識したのね。……えーと…」
「私はオレガノと申します。アルニカ王子の専属のメイドでございます」
オレガノの「アルニカ王子」の言葉でメリッサは昨日の事を思い出した。
「! そうだ私、その人に───??」
その時ドアをノックし一人の男性が部屋へと入ってきた。いつも診療所に来る青年、アルニカ王子だった。
「おはよう。気分はどうかな?
昨日は手荒な真似をしてしまい、申し訳なかった」
「えーと……、アルニカ王…子?
おそらく人違いをしているかと。私はただの町の開業医で…」
メリッサがアルニカと話を始めようとした瞬間、間にオレガノが入り込み
アルニカにぴしゃりと注意した。
「アルニカ様! まだメリッサ様は寝巻のままでございます!
しばらくお待ち頂けないでしょうか?」
「あ…、そうかすまない。メリッサ、どの服を着てもいいからね」
アルニカはメイドのオレガノの手前か、メリッサへの「さん付け」をやめ穏やかな声と笑顔を向けてクローゼットの方に目線を向けた。
「オレガノ、一通り済んだらあの部屋にメリッサを連れてきてくれないかな?先に行っている」
「承知致しました」
アルニカはオレガノにその場を託すと、そのまま部屋を出て行った。
「……本当にその服と、髪もつややかで素敵な色ですのに、ひとしばりで宜しいのですか?」
「これが一番仕事をしやすいの。それにいつもこうだから、慣れてしまって」
ドレッサーの前でメリッサの髪の毛を櫛でとかし束ねながら、若干不満そうなオレガノだったがメリッサもオレガノのどこか高貴そうな雰囲気に気付きこう言った。
「オレガノさんこそ、その空の様な髪色と色白な肌、素敵ね。あのクローゼットの中にあるドレスきっと似合うもものがあると思うわ!でも手先がとても働きすぎで荒れているわね…。家になら、保護するいい薬があるのだけど……」
メリッサがオレガノの手先を摩って見つめている姿に、オレガノは少し憂いを秘めた表情で呟いた。
「メリッサ様は、アルニカ様が話していた通りのお方ですね…。
どうか、アルニカ様のお力に、そばにいてあげて下さいませ」
メリッサはそのオレガノの言葉の意味が今はまだ呑み込めず、少し首を傾げていた。
身なりを一通り整えると、メリッサはオレガノに広い城の中を案内され
アルニカの待つ部屋へ案内された。
おそらく自分一人では元いた場所に戻る事が出来ない位の広さだ…、メリッサは身震いした。
その広さの敷地の中にある城の建物の一室であるこの部屋は、
至る所に書物がひしめき合い世界の知識であふれるかのような部屋であった。
その部屋の窓側に、アルニカが一人立って外を眺めていた。
「アルニカ様、お待たせいたしました」
「ありがとうオレガノ。メリッサ、ちょうど朝食が用意されて来た所だよ。さあ、どうぞ」
アルニカ王子はメリッサに座る様に目くばせし、椅子を引いた。
「オレガノ、しばらく二人で話をするから席を外してくれるかい?」
「かしこまりました」
オレガノはアルニカ王子に会釈をすると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
何となく、二人きり状態が気まずい雰囲気となり、アルニカが先に声を掛けた。
「先ずは食事が冷めないうちにいただこうか、メリッサ」
「はい」
メリッサはアルニカに言われるがまま、二人で沈黙したままの食事をとり始めた。
「……あの…」
沈黙に困ったメリッサが口を開いた時、先にアルニカが話し出した。
「…メリッサ、まずはすまない。あのような連れ去り方をしてしまったのは本当に良くなかったと思っている」
「いつもはご家族のご病気の相談に来ていただいていたのですから、普通にご案内して下さっても私は時間外でも同行いたしましたよ? ここに診る事のいる方がいらっしゃるのですよね?」
それを聞いたアルニカは少し困った顔をした。
「…それはそうなのだけど、もう一つのお願いをしたら、君は同行してくれるとは思わなかったからね」
「え?」
「つまり、君を…、僕の妻として迎えたいと……」
アルニカは顔を赤くしながら一瞬目を逸らしたが、面を食らっているメリッサにすぐ目線を戻して話し始めた。
「…君は、僕が一年前に森に探しものをしに行った時、毒蛇に腕を噛まれていた所を通りがかりで助けてくれた。それが君と僕の初めての出会いだった。毒蛇に噛まれた事よりも、いきなり僕の上半身半分の服をいきなり破って、口で毒を吸い出してくれた君に驚いたけれど」
冗談交じりにこの場の空気を解そうと、
アルニカが当時の事を思い出しながら話をしたが
「それは、私が自分のできる事を、当たり前の事をしただけで…」
メリッサの回答にアルニカは真剣な顔つきに変わると、話を続けた。
「予後の怪我の具合を何度か診てもらいに行っていただろう? その時君は、僕の…僕自身が気づいていなかった僕の心の内側の傷までも見抜いてくれていた。そこから、僕の大事な人の身体の具合の話までも真剣に聞いてくれた。他の医師はお手上げで話を聞く事もなかったのに君はどこまでも真剣に聞いて、一緒に悩んでくれていた。とても嬉しかったんだよ」
「それも、それが私の仕事だからです。私が諦めたら、私自身も終わってしまうから…」
「僕は、その君の想いを育てていきたいんだよ、メリッサ」
アルニカは立ち上がり、この部屋の分厚い本を一冊、本棚から引き抜いた。
「ここには、今この国が手に入る限りの、世界中のあらゆる知識や見聞をまとめた書物が集められている。この貴重な、過去から今の人類の知識を生かすも殺すも、その時代に生かす事が出来る次の時代へも繋げる事の出来る人物がいる事に由ると僕は思っている。君はこれを生かす事の出来る人だよ、メリッサ。そして僕にはないその力を借りながら、僕はこの国を守り抜きたい。まだ少し先であるけれど、僕はこの国『シャトラナ』の次の王になる正当な後継者だから」
目の前には世界地図の絵が描かれた絵画も飾られていた。
メリッサたちの住む「国家・シャトラナ」は世界の東に位置し、この他にもいくつかの大陸が点在している。
この世界は今こそ統治する者同士の力により平穏を保っているが、昔は争う事もあった。そして、後継者によりその平穏が突然崩れ去ってしまう事も考えられる。
「理由は分かりました、でも私がアルニカ様の妻にならずとも、それならば補佐としてお力を添える事ができます。私は貴族の出身でもない、街中で育った人間です。アルニカ様とはとても釣り合わない身分の者ですよ」
メリッサのその返事に、アルニカは首を傾げ話を続けた。
「君は、君の能力も、どこの血を引いている者かも調べていないんだね。他人の事ばかり気にかけて、自分の事は後回しにしている。その能力は本当に人を、僕を魅了するのに…」
「私の血すじ…?」
その言葉の意味が分からずにいるメリッサの手を取り、
アルニカはそのままメリッサを抱き寄せた。
「君の種族の血と能力が僕を惑わすのかもしれないけれど、僕は単にあの時に君が好きになってしまっただけだけどね。メリッサ」
メリッサは突然ストレートに告白され、アルニカに抱きしめられた状態で益々混乱した。
普通ならば突然拉致された事もあり、ここでビンタの一発をかますのかもしれないけれど相手は自国の王子だ。自身の命令で、自分を生かすも殺す事も簡単に出来る人物……。
アルニカは、メリッサが少し顔を曇らせ戸惑っている事に気付き、
そっと身体を離した。
「僕は命令で人を動かそうとは思わないから。
いつか君から僕を必要とする事になる様にしてみせるよ」
そう言って、にっこりと微笑んだ。
……この王子、優しそうな顔をしながらも根が頑固だ…! メリッサは対応に困ってしまったが
「……さすが、次の時代も一国をまとめる事が出来る力を持つお方です」
素直な意見を述べたメリッサに、アルニカはぷっと吹き出した。
「君は、天性の人たらしだね。…他の誰かに取られないようにしておかないと」
そのアルニカの言葉に、貴方もですよと言わんばかりの苦笑いをするしかなかったメリッサだった。
アルニカとメリッサは食事を済ますと、そのまま城の中にある中庭の更に奥の広い林の中へ向かった。
そこには温室等、この国では見たことがない設備の整った建物があった。
「ここに、君に診てもらいたい人がいるんだ」
温室はきれいな水が循環するようになっており、空気も草花の力で澄んだ空間になっている事が分かった。
「これは、アルニカ様の発案技術ですか?」
「これは以前、外交時に他国に訪れた時にアドバイスを得て、少し手を加えてみたんだ。この国は豊かな環境ではあるのだけれど、空はいつも自分たちが思うように穏やかである様には操れないからね」
二人はお互いが穏やかな雑談が出来る雰囲気になる様に、身の回りに見る内容の話を交わしながら奥へと歩いた。
そして、きれいに剪定された庭と噴水がある近くに一人の女性が椅子に座り、読書をしていた。
「おはようございます、母上。この所とても顔色が良いですね」
「おはようアルニカ。ここ暫くの間身体が軽いの。先日頂いた薬がとても私に合っているみたい……?
あら、隣のお嬢様はどなたかしら?」
椅子に座った女性がアルニカの横にいるメリッサに視線を向けた。
「彼女が、いつも話しているメリッサですよ。母上」
メリッサは二人の会話の内容で、目の前の女性がアルニカの母、この国の王妃である事に気付いた。
慌てて会釈し、膝を着こうとしたが女性に止められた。
「貴方がメリッサね、そんなにかしこまらないで。私はシラー。この国の王妃でこの子の母親です。どうぞ横に座っていただけないかしら。さあ、アルニカも」
メリッサはシラー王妃の雑談話を聞きながら同時に、王妃の目、顔色、脈…身体中を診ながら長年の病状を聞いた。そして、前回アルニカに託した一番新しく煎じた薬が効いている事に気付き、今までにない達成感を感じ安堵と微笑みを浮かべた。
「よかった…!アルニカ様に聞いていた病状で、想定しながら作り直しを続けていたのですがこの薬がシラー様に合った薬となります。うちに来院しているドワーフおじさんに相談して、薬草だけじゃなくて鉱石の薬効も混ぜて試して良かった~…」
メリッサは、ぶつぶつ独り言になっている事に気付かないまましばらくない笑顔で空を見上げていた。
「…メリッサは、いつもアルニカに聞いていたよりもかなり面白い子ね」
シラー王妃がアルニカに笑顔で伝えると、メリッサは我に返り、口を手で覆った。
「…申し訳ございません! 王妃様の前で…!」
「いいえ。その心、とてもこの国の後を任せるのに必要な事よ」
「…えっ?」
メリッサが首を傾げたのを見て、王妃は怪訝そうにアルニカに質問をした。
「アルニカ。メリッサに全ての事の了承を得て、彼女はここを訪れたのではないの…?」
「……それが、母上。父上の命でメリッサをここに連れて来た方法なのですが…」
一連の流れを聞いたシラー王妃は眉間にしわを寄せ、深いため息をついた。
「…本当に、うちのグレコリとアルニカがごめんなさい、メリッサ。
怖かったでしょう?」
シラー王妃は謝罪を述べると、優しくメリッサを抱きしめてくれた。
シラー王妃の身体と抱きしめてくれた手がとても温かく、
メリッサは自然と全てを委ねたくなる様な気持ちになりそのまま甘えるように
王妃の胸に顔をうずめてしまった。
(お母さんって、こんな感じなのかな…?)
「僕が自分からそんな方法、選ぶ訳ないじゃないですか! 本当に嫌だったんだ!」
アルニカが顔を歪め吐露したが、王妃は更に深いため息をついた。
「王の命であっても普通ならそんな無礼、貴方を嫌いになって私なら二度と会わないわよ?」
王妃がアルニカにそう苦言を呈すると、果てしなく落ち込んだアルニカが何故か可哀そうになったメリッサは何かしらのフォローをしようと思ったが、特に何も思い浮かばず親子喧嘩の間に挟まれてしまっていた。
「…おそらく後で国王グレコリから説明があるかと思います。正当な手順のプロポーズを受けたとしてもすぐに答えなど出なかったでしょう。とりあえず、これは私からの個人的な貴女へのお詫びとお礼のプレゼントね」
そういって、シラー王妃はテーブルに置かれていた沢山の押し花の栞のいくつかをメリッサに手渡した。
「これは、私がリハビリで作っている押し花の栞なの。
使ってもらえたら嬉しいわ」
素敵なデザインの押し花の栞に、メリッサは目を輝かせた。
「有難うございます、嬉しい…!
また新しい文献と、この栞を合わせて頑張ります…!」
自分に見せてもらった事のない笑顔を自分の母親に見せているメリッサを見、
更に落ちこむアルニカだった。
一方、同じく連れ去られていたローズマリーは、メリッサがアルニカと食事をしている時間帯に別の城内の別寝室で目覚めた後、ある依頼を受けて城の厨房に騎士団長フェンネルに連れてこられていた。
「これ、全部うちで収穫した食材からできた料理ですか…!」
ローズマリーは城で作られている食事の味見をしながら興奮気味に訪ねては、厨房で働く人のアドバイスを受け夢中でメモを取っていた。
「食材は同じなのに、私たちが家で作る普段の料理とは違う、上品な味わい…」
美味しそうに味見をする生産者を目の当たりにして、厨房の料理人たちも嬉しそうにしていたがアルニカ王子と近い年齢であろう位の銀髪の若き騎士団長、フェンネルが咳払いをして話し出した。
「普段から国王、王妃、私たち騎士団員、ここの城で働く者たちの食事はほぼここで作られているが、その食材の四割はローズマリーが関連している農場と、その繋がりがある生産に従事しているものが多い」
「君は、様々な食材が一番実りを得る時期に、毎年その仲間たちと収穫祭を町で行っているだろう?
それを今度は町の者と共に、この城の入口近くも一部開放して、私たちも共にその収穫祭を開催したいんだ」
フェンネルのその提案にローズマリーは目を輝かせて頷いて答えた。
「素敵です!そんな素敵な企画でしたら、最初から穏便にお伝えしてくださればよかったのに…」
ローズマリーはメリッサと同じ方法でここへ連れてこられてしまっていたが、その際にローズマリーが抵抗した際、フェンネルは彼女の太陽のカードの攻撃を受け少し火傷をしてしまっていた。
「…あれは、本当に失礼をしたが少々理由があって……、いや、まあそれは今は置いておいて。とにかくその収穫祭の時期はまだ先だと思うが、その時期が丁度アルニカ王子の外交に出向いて戻る時期と重なるんだ。その祝いも同時に行いたい事情がある」
「またまた素敵なプランですね!」
お祝い事が大好きで、あまり疑うという概念がないローズマリーは目を更に輝かせて喜んだ。
「君たちが主催している収穫祭に、以前お忍びで王子と一緒に出掛けた事があったんだがあの時の王子はとても楽しそうにしていた。王子にとっては故郷に戻ってきた事を楽しめる祭りになって欲しいんだよ」
「お忍で遊びに来てくださっていたのですね!嬉しい…。こんなにも美味しい宮廷の食事とは真逆だけれど王子は美味しく頂けていたのかしら…?」
一人興奮し、ただ笑顔のローズマリーにフェンネルは安堵の表情を浮かべ、話を続けた。
「次は国王と王子の待つ玉座の間に案内する。
君の友人のメリッサもそこで落ち合う形になっているから直接聞いてみるといい」
「えっ?メリッサもここに呼ばれているのですか?」
「彼女にも力になって欲しい事があってね。さあ、そろそろ時間だから案内する、ついてきて欲しい」
フェンネルは簡単な説明を済ますと、ローズマリーと共に王族が待つ玉座の間へ向かった。




