用意されたご褒美
今日という日がいつもの様に沈みかけ始めた頃、アルニカは一人メリッサの所へ向かった。
家の入口には仕事終わりのメリッサとマンドレイク、ゼラニウムが、掃き掃除をしながら周りの落ち葉を片付けていた。
「ただいま」
アルニカがいつもの様に軽く声を掛けると、三人はいつもと変わらない、
そのままの笑顔でアルニカを迎えた。
「お帰りなさい、アルニカ様」
「ゼラニウム叔父様は、何故ここに…?」
「ああ、今日は他の診療所が休みを取る所も多かったから、ここが混むだろうと
メリッサの手伝いに来ていたんだ」
ゼラニウムは奥の入口付近に溜まっていた細かい診療の後であろう
書類の山を指さした。
「そうか、二人に負担を掛けてしまっていたね…、有難う」
「メリッサはいつもこういう事をこっそりするから、診療報酬の計算を
また差し替えないといけないな」
アルニカは周囲を見渡し、ちょっと困った顔をしながら肩をすくめた。
「いつも?」
ゼラニウムが疑問の声を上げた為、アルニカが説明を加えた。
「彼女、ここを開業してから本来は時間外のプラス報酬、外部からの別の患者の
受け入れ特別対応、処方の特別対応、挙句にここに来る一部の患者のツケの立て替え。計算に入れてなくて、もうキリがないんですよ。
僕、ここに通っている時にちゃんと見ていたからね、メリッサ。ボランティアじゃないんだよ」
アルニカの指摘に、メリッサはウッとして目をそらした。
「じゃあ、前に君が言っていたアルニカがやたら多くのメリッサの口座に振り込んでいたというのは…」
「うん。本来君が受け取る正当な金額だよ、少し母上の件での報酬で僕が色を付けているけど…」
「メリッサは、ローズマリーにそういうのは教えてもらった方がいいかもなー?」
マンドレイクまでもがメリッサに指摘した。
「うう…、だって皆困っているし…」
しどろもどろになっているメリッサを三人が同時に注意した。
『ダメだよ!』
「はい……」
おおよその片づけが終わり、そのままゼラニウムは日が落ちる前にと先に教会へ帰っていった。
そしてアルニカは久しぶりにいつも腰かけていた木の幹にもたれ掛かり、目を閉じていた。
「やっぱり、自分の国が一番落ち着くな。そして、ここは静かで一番いいな…」
アルニカがリラックスしているのを見て、メリッサは保冷庫からひとつのプリンを取り出しアルニカの横に座った。
「お疲れ様、アルニカ。甘いものでも一口食べて?」
メリッサはそのままプリンをスプーンでひとすくいすると、そのまま自分の口に入れた。
「…え?俺にくれるんじゃないの?」
アルニカがメリッサの行動に困惑すると、メリッサは頼まれ事の説明を始めた。
「フェンネルさんが、私が作ったものでも一度毒見しているのをアルニカにちゃんと見せてから食べさせる様に言われて。あと、今日は鶏がプリン一つ作る分しか卵を生んでくれなくて…このままでいい?」
メリッサはそのまま次の一口をすくい、アルニカの口元にスプーンを近づけた。
「はい、あーん」
メリッサの一言とその行動に、アルニカは慌てながらも口を開け食べさせてもらった。
(……フェンネル、ここまで計算してた?)
アルニカは恥ずかしがりながらもそのまま口を開け、
次も食べさせてもらうポーズを続けた。
「…何か、ひな鳥が餌付けされてるみたいだな」
マンドレイクの指摘にメリッサが笑いを堪えながらも、ひな鳥にご飯をあげる様にプリンをすくい、アルニカに差し出し続けた。
「…何か、思っていたのと違うけど、まあいいか」
プリンを食べ終え、アルニカはふと思い出しポケットから一つの包みをメリッサへ手渡した。
「これは、俺からのプレゼントだよ」
メリッサがその包みを開けると、中には白を基調とした星のモチーフを施した
ネックレスが入っていた。
「この黒の基調とした同じデザインのもの、一緒に買ったんだ」
アルニカは自分の首に下げていた同じデザインのネックレスを見せた。
「あのネックレスを国で預かってしまっているのもあるけど、少し前メリッサの誕生日だったって聞いたから」
「有難う、嬉しい…」
アルニカはその言葉にほっとして、メリッサの首にそのネックレスを掛けた。
そして、日が沈みきった後もアルニカはメリッサにアルストロメリアの国での他愛のない話だけを伝え、楽しませた。
「それで、通りすがりのその魔法使いがさ……?」
アルニカが外交先の話に夢中の中、メリッサが静かにアルニカの肩にもたれ掛かった為、一瞬ドキリとした。
「え…メリッサ…?」
少し胸を高鳴らせたアルニカだったが、メリッサの顔色とぐったりした身体を見てすぐに態勢を変え、額に手を当てた。
「ちょっ…、熱あるんじゃないか…⁉」
「…少し、身体がだるいかも…」
「いつからだった⁉本当に君は…!」
アルニカは即座にメリッサをベッドへ運び寝かせると、
近くの薬草棚を見まわし始めた。
「君の商売道具借りるよ?マンドレイク、ちょっと手伝って!」
「アルニカ、薬の作り方わかるのか?」
マンドレイクは不思議そうにアルニカに尋ねた。
「母上の病気をどうにかしたかったから、資格は取得してあるんだ。
母上を助けて元気にしてくれたメリッサが代わりに倒れてどうするんだ!
改めてお礼を言おうと思って来たのに…!」
アルニカは少し慌てながらも冷静にいくつかの薬草を棚から取り出し、
秤で重さを調整しながら調合を始めた。
「……アルニカ。あの書庫の本…何もかも読みつくしていて、すごいね…
その気持ちがシラー様を助けたのよ」
素早く調合をしているアルニカを見ながら、か細い声でメリッサはアルニカを誉めた。
「君はね、俺みたいな頭でっかちに覚えた知識だけの人間じゃないんだ。
人望を得る人柄は、誰にも代えられないものなんだよ?
人を動かす、奮い立たせる事の出来る天性のものを持っているんだよ。
俺はそれを本ではなく、君から学んだ…!」
「アルニカ、お湯沸かしたぞ!」
マンドレイクは慣れた作業で先に補佐についていた。
「有難う、さすがだな」
アルニカの誉め言葉にマンドレイクは胸を張り、素早く氷嚢を作るとメリッサの元へ向かった。
「メリッサ、時々疲れから来るいつもの熱だな!俺が隣で寝るから大丈夫だぞ!」
マンドレイクはメリッサの額に氷嚢を乗せるとそのまま横に寝転んだ。
「これ、少しずつでいいから飲めるかな?」
アルニカはスプーンですくった薬を自分の息で冷ましながらメリッサの口に近づけて飲ませた。
「…私もひな鳥みたいになっちゃったね」
「そのセリフが言えるのなら大丈夫そうかな?でも、もう今日はこのまま寝るんだよ…」
アルニカがメリッサの頭をそっとなで、毛布を丁寧に掛け直すと安心したのか
そのままゆっくりと眠りに落ちていった。




