それぞれの収穫祭
「よーし、出来た!」
収穫祭の朝を迎え、朝日に照らされたローズマリーがにこやかにシャトラナ城の入口付近で一人仁王立ちしていた。
「今年はうちが一番稼いで見せる!」
そこに、農業組合仲間が闘争心をむき出しにして、ローズマリーの出店場所を
通り過ぎながら自信満々の笑みで声を掛けた。
「いやいや、負けねえよ~?ローズマリー!」
シャトラナの収穫祭は、街の人々に喜んでもらう祭としてだけではなく、いつもは仲間である農業家達が自分らの育てた食材で各自自慢の料理を用意し、稼ぎを競い合う催しにもなっていた。
「今年は貴族階級の人もやってくるし、品揃えやメニューも事前にシラー様に
みてもらっているという特別ラインナップが私にはあるから……、くくく…」
ローズマリーは勝利を確信して、誰にも聞こえない様な小声で呟いた。
そこにフェンネルが何かのビラを持ち、ローズマリーの所へやってきた。
「一応、お前の言うように根回ししておいたぞ。余りは返す」
「ありがとー、下準備のお手伝いも助かった~! これ朝食代わりに食べよ。
残りの具材でサンドイッチ作っておいたの!」
ローズマリーとフェンネルは椅子に座り、
サンドイッチをつまみながらこそこそと相談話を始めた。
「アルニカ様はお昼前位に戻るのよね?」
「ああ、多分地味な服装で現れると思うからよろしくな。一瞬じゃ分からないかもしれない」
「…それ、地味に悪口に聞こえるんだけど…」
「あいつは、変装が上手いという意味だ」
ローズマリーの引きに、フェンネルは即座に否定した。
「俺はシラー様の元へ行くから、少しアルニカを気分転換させてやってくれ。
いい具合の時間に、アルニカを城に戻る様に促してもらえれば助かる」
少し緊張したフェンネルの表情に、ローズマリーはにこやかに答えた。
「うん、上手くいくよ! シラー様のドッキリ作戦、フェンネルもずっとシラー様と一緒に頑張ってたんだから!」
サンドイッチを口いっぱいに頬張りながら、心配など何一つないという
ローズマリーの表情と言葉にフェンネルは少し気が楽になり、背筋を伸ばしながら答えた。
「ああ、今日はお互い良い日にしよう」
日が高くなり、心地良い風が吹く中、アルニカ達はシャトラナ領に入り、
馬車の中からシャトラナ城の姿が見える所までやってきていた。
それを見たアルニカは馬車の中で足元に仕舞ってあった、
地味で着心地が良くなさそうな服に着替え始めた。
「…それが、前にフェンネルとこっそり出掛けた時の恰好ですか?」
シッサスが心配そうにしていたので、アルニカは自虐的な笑顔で当時の話を持ち出した。
「ほら、僕は結構地味顔だから分かりにくいけど、フェンネルはこの恰好でも目立つんだよねー」
「皆、どうお答えしていいかわからないのでやめて頂けないでしょうか?」
「悪い、シャトラナ城が見えてきたら少し気分が良くてさ!
先にシッサスたちは父上の元へ戻って軽く報告をしておいて欲しい」
アルニカのいつもの笑顔に皆、無言で相槌を打った。
「これ、メリッサ喜んでくれるかな…」
アルニカは着替えながら荷物に仕舞ってある物を見つめ、それをポケットにしまい込んだ。
城下町から城の入口付近まで沢山の人でごった返している中、
アルニカはローズマリーの出している店を見つけた。
近くの人から一枚のビラを渡され、内容を読もうとした時
アルニカのそばを横切る女性たちから聞きなれた名前を耳にした。
「あ、ここだわ!シラー様のおすすめのお店!」
「えー!どれ買おうかなー?」
アルニカは再度手にしたビラを良く読み返すと
『シラー王妃推薦!体にいいキッシュ』
『王妃の様な美肌に、大鍋煮込みスープ』
等々、ちょっとした過大広告の様な文章が目に入った。
「……母上に一度味見してもらって誉めてもらったんだろうな。母上、すぐ誉めちぎるからな…」
そしてアルニカは沢山のお客さんに囲まれている中のローズマリーを見つけると、無言で手を振った。
「!」
「上手い事やったね、ローズマリー」
一瞬、アルニカとはわからなかったがローズマリーは秒差で引きつり、
その姿に少々笑いを浮かべた。
「アル兄ちゃん!」
ローズマリーの横で手伝いをしていた子供が同時にアルニカに気付き、声を掛けた。
ローズマリーはしまった!という表情を浮かべたが、アルニカはしーっ!というポーズで口に指を添えると
「久しぶり~、本買ってきたけど重いから
また数日後にメリッサの所に持っていくよ!」
そう言って、子供たちと普通の会話を始めた。
ローズマリーがそのやり取りにポカンとしていた為、気付いた子供たちの一人が横から説明を加えた。
「この人、時々メリッサ姉ちゃんの所に来る本のお友達のアルだよ!」
そのやり取りに、おおよその状況を把握したローズマリーは
アルニカに改めて笑顔で挨拶した。
「お帰りなさい、アルさん!」
お互い意味深な笑顔を浮かべていたが、アルニカはここにメリッサがいない事に気付いた。
「…アルさん、メリッサは今日仕事なの」
「えっ⁉」
「病人や怪我人は、お祭り事関係なく来るからって」
それを聞き、少しがっかりしながらもアルニカは納得した表情で頷いた。
「全く、メリッサらしいね」
「私もそう思う」
少しの間、子供たちとローズマリーのお店での食事と雰囲気を楽しんだ
アルニカは小声でローズマリーに話しかけた。
「一回城…じゃなかった、家に戻ってその後メリッサの所に行ってくるよ」
ローズマリーは遠くに見える時計台の時間を見てにやりとし
「うん、シラー様とフェンネルに上手くいってるってお伝えして欲しい!」
ビラを持ち、満足そうな笑顔を見せたローズマリーにアルニカはぷっと吹き出した。
「ああ、伝えておくよ。ローズマリーも一日楽しんで!」
アルニカは裏通りに待たせていた早馬に乗ると城への最短ルートを辿り、
そのまま城の裏口に回り込むとそこに待機していたオレガノを見つけた。
「アルニカ様、馬車の中に服は入れたままになっておりますので
お着替えをこの中で」
「有難う、オレガノ!」
アルニカが馬車の中で着替えをしている最中、
オレガノも時計台の時刻を見つめそわそわしていた。
着替えを済ませたアルニカは早足で城内に戻ると、少し玉座の間の辺りがざわついている事に気付いた。
「何かあった?」
近くにいた兵士に話しかけると、少し笑顔を浮かべるだけで
「アルニカ様が戻られた事をお喜びになられているだけでは…?」
と、棒読みの様な言い回しで答えるだけだった。
「なんか気持ち悪いな…?」
そのまま玉座の間の前までやってくると、
シッサスとフェンネルが両扉の前に立ちアルニカを待ち続けていた。
「お帰りなさいませ、アルニカ様」
二人は深くお辞儀をし、静かにゆっくりと扉を開けた。
不思議そうな顔をしたままアルニカは玉座の間の中に入ると、
目の前にはいつもはいないはずの人物が父親に支えられ、共に立ち、
アルニカを迎えた。
「お帰りなさい、アルニカ。
シャトラナ以外での場所でちゃんとお食事はできましたか?」
「……母上…⁉」
アルニカは目の前で起きている事の理解が追い付いておらず、
左右を見渡すと城内で働く者たち、後ろにはシッサスとフェンネル始め、
笑顔や涙まじりの騎士団や重臣たちが集まり囲んでいた。
「あなた…、私の身体を抱きしめたままではアルニカの方へ歩いていけません」
シラーはアルニカと同じく、まだ戸惑っている夫グレコリに困った表情の笑顔を向けた。
グレコリはそっと妻を支えていた手を離すと、
シラーはゆっくりと一人でアルニカの元へ歩き出し、我が子の身体を抱きしめた。
「アルニカ、ずっとこうして貴方の帰りを迎えてあげたかった。お帰りなさい」
アルニカがその場で我を忘れ声を上げ泣き出した為、
シラーは再度力の限り自身の子供を抱きしめた。
「もう、私の心配はしなくて大丈夫よ。
これからは貴方は貴方の為の道を、まっすぐ歩いていきなさい」




