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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第五章 「神の都」
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第十七話 「血はあふれ、涙はこぼれる」

 中央広場への道を進みながら、センはシロにたずねる。


「本当にあいつらだけにしてよかったのか?」


「もちろん。ユラは時々とんでもないことをするけど、普段はとてもしっかりしてるから」


「なんだか余計に不安になってきたな……」


「ずいぶん心配してるのね。シトリちゃんのこと。そんなに気になるの?」


「俺が心配しているのは、創世の神器のほうだ」


「じゃあ、そういうことにしておきましょうか」


 シロは楽しそうに笑う。


「なにがおかしいんだよ」


「変わってないなって、思っただけよ」


「お前は、変わったのか」


「私は変わらないわ」


 それは、センが聞きたい答えではなかった。

 シロもそれはわかっていた。だからさっきのようなことしか言えなかった。


 だめだ、とセンは思う。


 昨日、彼女と再会するまで、センは二度と彼女には会わないと心に決めていた。

 しかしこうして実際に会うと、その決意はあっさりと崩れてしまった。

 事情が事情なだけに、もしかしたら彼女とこうして話ができるのも明日の夜までかもしれない。

 そう思うと、センには彼女を拒み続ける理由がなかった。


 やっぱり、今ここで、直接確かめるべきだ。


 センが覚悟を決め、口を開こうとした、その時。

 東屋のほうからシトリの悲鳴が聞こえた。


「……おい。今、聞きたくないものが聞こえた気がするんだが」


「私には聞かなければならないものが聞こえたわよ」


「お前、こういうことが起こるってわかってたんだな」


「セン君も共犯者でしょ」


「……さっさともどるぞ」


 東屋にもどった二人が目にしたのは、流血の現場だった。

 街灯の明かりに照らされたユラの頬と口元は、血で濡れていた。

 同じく血に濡れている彼女の右手には、鋭い輝きを放つ小刀が握られている。

 シトリは長椅子から転がり落ち、しりもちをついていた。彼女の顔には驚きと困惑の表情が浮かんでいた。


「ユラ、あなた……」


 シロが声をかけると、ユラはゆっくりと彼女のほうへ顔を向けた。


「転んだのね」


 は? とセンが声をもらす。


「……はい」


 ユラはうなずき、虚ろな目をシロに向けた。


「お、おい。どういうことだ?」


 センは説明を求めるようにシトリのほうを見る。


「ユ、ユラが、大祭に出るなって、言って、それはできないって、そしたら、突然、ユラが小刀を出して……」


「で、シトリちゃんに襲いかかろうとしたけど、何かにつまずくかひっかかるかして派手に転んで、地面に顔をぶつけて盛大に鼻血を吹き出しちゃった、と」


 シロの言う通りらしく、シトリはうなずいた。

 そんなバカな、とセンは改めてユラの姿を見る。

 口元と頬は血で濡れていて、小刀を握っている右手も血まみれだ。

 そして小刀は鋭い輝きを放っている。

 そう。小刀は血で濡れていなかった。それは誰も傷つけてはいないのだ。

 流血の惨状において流れていた血は、鼻血だった。


「ただのバカじゃねえか」


 自然と、センは思ったことをそのまま口にした。


「うるさああああああああああああああああいっ!」


 ユラは大声で叫び、小刀を振り回して、センに襲いかかった。


「あんたが! あんたのせいだ! あんたがシトリを連れてきたから!」


 泣きわめきながらユラは小刀を無茶苦茶に振り回す。


「おいやめろバカ。落ち着けって」


「バカって言った! またバカって言った!」


 ユラは泣きじゃくりながら刃物を振り回す。


「おい、シロ。なんとかしてくれ」


「なんともできないわ。その子はそうなったら、気が済むまで暴れさせるしかないのよ」


「マジか」


「マジよ。でも、そろそろおしまいみたいね」


 シロは目を細める。同時に、センは周囲に複数の気配を感じた。

 次の瞬間、空気を裂くような鋭い笛の音が響いた。憲兵隊が使用する笛の音だ。それに気づいた時、ユラの背後に二人組の憲兵が現れ、慣れた手つきで彼女を拘束し、押し倒した。

 気がつけば、すでにセンたちは憲兵隊に囲まれていた。

 そして、彼らを従えるようにリクが現れた。


「やあ、セン。災難だったね」


「なんだよ。ずいぶんと都合のいい登場だな」


「宴の場に乱闘騒ぎはつきものだからね。大祭の執行役として、常に警戒の目は光らせておかないと」


 もっともらしいことを、とセンはつぶやく。

 そもそも皇都の連中がシトリから監視の目を外すわけがない。何かしらの方法で自分たちの居場所は常に把握しているのだろう。


「さて、この場はどうしたものかな……」


 リクは落ちていた小刀を拾い上げる。


「俺たちは特に何も被害を受けちゃいない。だから、そいつが責められる理由はどこにもない」


 そうだな、とセンはシトリに目を向ける。シトリは必死にうなずいた。


「というわけだ。あとはこっちで話をつける。早いところ引き上げてくれ」


「残念だけどそうはいかないんだ。なにしろ彼女は学府連合の副団長だからね。組織に属する以上、個人の責任だけではすまされないんだ。これから始まる協議次第では、学府連合の出場停止という処分もありえない話じゃない」


 そんな、とシトリの顔から血の気が引く。

 一方、シロはリクの方へ顔を向け、落ち着いた口調で言った。


「あら、まだリク君には連絡が入ってないの? ユラはもう学府連合の副団長じゃないわ。ここへ来る前に出場辞退の手続きをして、受理されたから」


「え? ど、どういうことですか?」


「ユラが自分で考えて、下した決断よ。それ以上のことは私からは言えないわ」


 シロは改めてリクに目を向ける。


「うーん。そのことは知らなかったな。もどって確認しないと。シロ。念のためにユラと一緒に来てくれるかな」


「もちろん。セン君。シトリちゃんのことは頼んだからね」


 そう言って、シロはユラの手を握り、憲兵隊と共に去っていった。

 彼らの姿が見えなくなったところで、センはシトリのほうを見る。

 シトリはどことも定まらない場所をじっと見つめていた。

 ただ、その目からは涙の粒がひとつ、またひとつと零れ落ちていた。


 迷った末、センは何も言葉をかけなかった。


 結局のところ、悲しみは時間の経過でなければ癒されることはないからだ。

 それに、少しでも悲しみには慣れておいたほうがいい。

 明日には、これ以上の悲しみが待っているだろうから。




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