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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第五章 「神の都」
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第十八話 「兆し」

 翌朝、センは部屋の前の廊下で目を覚ました。とてもではないが、シトリと同じ部屋で眠ることはできなかったからだ。

 こんなに気分が悪い目覚めは珍しいなとセンは頭を振る。体のあちこちが痛く、頭の中は石を詰め込まれたみたいに重い。なにより、いつも以上に空腹感が強かった。


「これが最後の朝になるかもしれないってのに……」


 センは立ち上がり、部屋の戸を開けようとする。

 しかし途中で手を止め、その場で立ち止まった。

 部屋の中に入ったところで、何もできないと自覚しているからだ。


「こんなところで何してるの」


 声をかけられ、振り返る。

 センの目に映ったのは、今まで見たこともないような表情をしたシロだった。


「ひどい顔ね。まるでオバケみたいよ」


「そいつはよかった。お前らと比べたら、化け物のほうがまだマシだ」


「昨夜のことについて弁明するつもりはないわ。ただ、ユラがやったことは皇都の計画にはないことよ。あの子はただ純粋に、シトリちゃんのことを思って行動しただけ。だから私は、ユラの意思を尊重したの」


「皇都の計画に変更はないのか」


「ええ。もっともシトリちゃんまで出場を辞退するなんてことになったら、事情はまた変わってくるんでしょうけど」


「連中は何が何でもシトリを絶望の底に叩き落したいらしいな」


「そうね。すべては創世の神器を確保するために」


「お前もそうすることが正しいと思ってるのか」


「思うわけ、ないでしょ」


 この時、ようやくセンは気づいた。

 シロが諸々の感情を、必死に抑えていることに。


「人の夢や希望を踏みにじって、生きる意味を奪って、でもそれが世の中のためになるからって、そんなこと言われても、それが正しいなんて、思えるわけないじゃない。でも、今の私には、どうすることもできないのよ。どうすることも……」


「悪かった。お前を責めるつもりはなかったんだ。俺だって同じだ。連中の計画を知っていながら、何もできないままここまで来てしまった。責められるべきは俺なんだ」


 そこから先の言葉を、センは見つけることができなかった。


「それで、シトリちゃんは今、どんな様子なの?」


「昨日部屋にもどってすぐに眠った。まだ眠ってるはずだ」


「そっとしておいてあげたいんだけど、今日ばかりはそういうわけにもいかないのよね」


「あいつのことは俺がなんとかする。お前は代表団のほうにもどったほうがいい。団長なんだろ。お前を頼っているやつは、他にもたくさんいるはずだ」


 シロは小さくうなずき、ありがとうと微かな笑みを浮かべた。


「ところで、ユラはどうしてるんだ?」


「リク君が預かってるわ。悪いようにはしないって言ってたけど」


「あいつはバカじゃない。ユラに何かあったらシトリが何をするか、わかってるはずだ」


「そうね……あなたと話ができてよかった。少し、気が楽になったから」


「俺もだ」


 それじゃ、とシロは代表団のほうへもどっていった。

 センは部屋の戸を開け、中に入る。

 シトリは布団の中で眠っていた。実に安らかな寝顔だった。昨夜の騒動などなかったかのようだ。コロンはシトリの傍らで体を丸め、彼女の寝顔をじっと見つめていた。


 今日は大変な一日になるだろうに。どうしてこいつはこんな顔をしていられるんだ。


 センは呆れつつも、少し安心した。


「起きろ。朝だぞ」


「……うーん。あ、セン様。おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」


「お前、本当に大丈夫なのか?」


「はい。ユラのことは残念でしたが、だからこそユラの分までがんばらないと」


「そうか。とにかく、まずは朝飯にしよう。部屋の外で待ってるから、支度してこい」


 センは足早に部屋の外へ出る。

 戸を閉め、壁に背中を預ける。


 明るい茶色だった。


 シトリが目を開けた時、そのほんの一瞬、彼女の瞳は緋色ではなく茶色だった。

 これが何の前兆なのか、センには判断できない。

 ただ、何かの前兆であることは確かなように思えた。

 センの意識ははシトリの瞳に集中していた。


 だから彼は、もっと重要な兆しに気づけなかった。




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