第十三話 「 」
センは宿にはもどらず、中央広場で時間をつぶすことにした。宿にもどってもやることはなかったし、一人で部屋にいると悪い考えが次から次へと浮かんでくるだけだと思ったからだ。
晴れ渡った青空の下に、正午を告げる鐘の音が鳴る。それを合図に、広場に設置された出店が営業を始めた。大半は食べ物屋で、センは炙り飯の包みと肉巻き棒を買った。
広場にぽつぽつと植えてある木のそばへ行き、幹に背中を預けるように座って、飯を食う。
うん。うまい。
でも、なんだろうな。
炙り飯を食い終えたところで一息つき、肉巻きを手に取る。
こいつは余計だったな、と包みを膝の上にのせる。
センは空を仰ぎ、ため息をついた、
結局、俺は何がしたかったんだろうか。
今おれがここにいる理由だって、わからないのに。
まったく、何やってんだか。
「どーしたんよ、おにーさん。えっらいおーきなため息ついて」
明るく、のんびりとした声が聞こえた。
目を向けると、そこには見慣れない格好をした少女が立っていた。
舶来のものらしい上着は襟が不必要なまでに大きく、胸から両肩、背中へと広がっている。胸元に見える飾りひもは明るい水色で、絹のような光沢を見せていた。左右の襟の間に見える胸当てらしき布には何かの紋章の刺繍が施されている。袴の裾は異様に短く、膝頭が見えていた。一方で紺色の足袋の丈は長く、ふくらはぎまでおおっている。茶色の革靴はところどころに傷があるものの、そのつくりから高級品であることがうかがえた。
奇妙な仕立てではあるものの、少女が身に着けている衣服は一般人の手に届くもののようには見えなかった。
少女の容姿もどこか普通ではない印象を受けた。年は十代半ばといったところだろうか。少し短めの黒髪と明るい茶色の瞳は珍しくはないが、その表情はどこか異質なものを感じさせた。のんびりしているとも間が抜けているとも表現できない、自分たちとは何か根本的に異なるものをセンは感じ取った。
必死さというか真剣さが足りない。食うに困らない暮らしをしているのだろうか。
あるいは、どこかの貴族の子女なのかもしれない。
「どないしたん? 私の顔、じろじろ見て。あ、なんかついとった?」
「見慣れない格好をしているな。お前、国はどこだ」
センがたずねると、少女は「はい?」と首を傾げた。
「ちょっとちょっとおにーさん。なにアホなこと言うてんの。見たらわかるやん。日本人に決まっとるやん。日本におって日本語しゃべっとるんやから。それにおにーさんかて同じ日本人やないの。あ、もしかして今の、おにーさんなりのボケやった? ごめんごめん、ふつーにかえしてもうた。ちょっと待ってな。ええかんじのツッコミ考えるから」
「わかったわかった、もういい」
きっと、どこかの貴族の道楽娘なんだろう。
「悪いが疲れてるんだ。遊び相手ならよそをあたってくれ」
「遊び相手なんか探してへんよ。おにーさんがしんどそうな顔しとるから、心配になって声かけたんやないの」
よいしょ、と少女はセンの隣に座る。
「悩んどることや困っとることがあるんやったら、遠慮せんと話してえな。アドバイスできるかわからんけど、誰かに話すだけで気が楽になることもあるで」
「見ず知らずの他人にそんな話ができるわけないだろ」
「むぅ、なんやドライな人やなぁ。でもまあたしかに、まだ名乗っとらんかったわ。私な、ツバキっていうんよ。フクハラツバキ。おにーさんは?」
「センだ」
「千田さん?」
「誰だよ。名前だ名前。セン。セとンでセンだ。わかったか」
「へえ、センさんっていうんや。どんな字書くの?」
「どんなって、普通にセとンの二文字だぞ」
「そうなんや。珍しいなぁ。私はな、植物の椿って書くんよ。だから一文字で椿」
「ツバキは三文字だろ。どうやって一文字にするんだ」
「どうって、せや、いっぺん書いてみよか」
少女は近くの道まで歩き、靴のつま先で地面に文字を書いた。
「センさーん。こっちこっち。見て見て」
少女はぴょんぴょんと小さく飛び跳ねながら手招きをする。
やれやれ、とセンは少女のそばへ向かった。
「これな、私の名前」
センは地面を見る。そこにはこう書かれていた。
福原 椿




