第十話 「他愛もない世間話さえできない彼ら」
中央広場への道を歩きながら、センは考える。
皇都の本当の狙いはなんだ。
神器の確保が目的なら、わざわざ奉星の大祭を利用する必要はない。適当にさらって分析だか解剖だかすればいいだけだ。非人道的な研究を好む真性のクズなんてあそこには腐るほどいる。なのにそれをしないとは、どういうことだ。
リクに聞いてみるか。
いや、あいつは何かを知っていても話さないだろう。
もうあいつは皇都側の人間なんだ。学府にいた時とは立場も責任もちがう。
いや、ちがうな。
俺が考えなくちゃならないことは、俺が何をやるべきなのかだ。
結局、俺はいろんなものに流されてここに来たんだ。
これで何もしないのは、あまりにも不細工な話じゃないか。
センは立ち止まり、右手の聖紋を見る。
まだ輝きは不安定なままだった。
ハチ。お前なら、どうするんだろうな。
そう問いかけた時、センの腹が鳴った。
「……腹が減っては戦はできぬ、か」
センが戻ってきたとき、宴の場は和やかな雰囲気に包まれていた。
先ほどの惨劇の記憶を上書きするかのように、人々は不自然なほどに宴を楽しんでいた。センは円卓に並んでいる料理を手当たり次第に食べた。その味はセンの舌を十分に満足させ、空腹はどんどん満たされていく。しかし、飢えの感覚はどうしても消えなかった。
舌と腹は満足しても、満たされない思いは残り続けていた。
センは食事をやめ、シトリとシロの姿を探す。
あてもなく歩いていると、リクの姿を見つけた。威厳のある身なりの神官たちと楽しげに会話をしている。しかし、彼の目は少しも笑ってはいなかった。
「リク。ちょっといいか」
センが声をかけると、リクはうなずいてその場を離れた。
「どうしたの?」
「シロたちがどこにいるか、知ってるか?」
「いや、知らないなあ。でもシロの居場所を探すことはできるよ」
「なら頼む」
はいはい、とリクは懐から神都の地図を取り出し、額に当て、目を閉じる。
一秒、二秒と沈黙が続いたところで、リクは言った。
「……宿にもどってるみたいだね。たぶんシトリも一緒だよ。シロが彼女をほったらかしにするとは思えないし」
「そうだな。すまん、助かった」
「何もないとは思うけど気をつけて。それと、明日の昼までには社へ来るようにね。大祭に出るための儀式をしなくちゃいけないから」
わかった、とセンは片手を上げ、走り出した。
宿にもどり、最上階にある部屋に入る。
シトリは布団の中でぐっすり眠っていた。
シロはシトリのそばに座り、本を読んでいた。立派な装丁の古びた本だ。
「どうしたの、セン君。そんなにあわてて」
「……さあな。特にあわてる理由もないはずなんだけどな」
センはシトリの寝顔を見て、やれやれとため息をつき、腰を下ろす。
「大丈夫よ。普通に眠っているだけ。今日はいろいろと大変だったから、きっと疲れが出ちゃったのね」
「あの後、シトリと何か話したか?」
「少しだけね。他愛もない世間話だけど」
「そいつに他愛もない世間話ができる頭はないぞ」
そう? とシロは小さく笑う。
センはシロの隣に座り、彼女が持っている本を見た。
「まだそんなものを読んでるのか」
それは霊術についての理論書だった。学生が読むものではなく、教授職の神官が読む内容が記されている高等な書物だ。
「まだまだ勉強不足だからね」
「いつだったか言ってたな。将来は学府の教授職に就きたいって。まだ、あきらめてないのか」
「そうね。将来の夢って、そうそう簡単にあきらめられるものじゃないのよ。それに、後輩たちにもまだまだたくさんのことを教えてあげたいし。だから勉強してるのよ。えらいでしょ」
「バカなやつだ」
「あいかわらずひどい人ね」
そう言ってシロは笑う。
楽しそうに笑う。
彼女の才能がリクに勝るとも劣らないものであることをセンは知っている。リクと同じように飛び級を重ねて学府を卒業できたことも。しかしシロはそうしなかった。
ごく普通の学生と同じように、一年、また一年と進級を重ねる道を彼女は選んだ。
それについてセンは特に疑問には思わなかった。学府で過ごせる日々が、彼女にとってどれほど貴重なものであるのかを、彼は知っていたからだ。
「ところで、ユラとはどんな話をしたの?」
「他愛もない世間話をしたくらいだな」
「他愛もない世間話ができるほど、セン君は気の利いた人じゃないでしょ」
実際にその通りなので、センは何も反論しなかった。
「……シロ。お前は今回の計画のことを、どこまで知っているんだ」
「たぶんだけど、セン君が知っていることと同じくらいなんじゃないかな」
「で、それをユラにも話したと」
「話せるところまではね」
「シトリをユヅルハへ連れて帰れって責められたぞ」
「あの子ったら。そんなことしたって、もう意味がないのに」
まったくだ、とセンは窓の外に広がる星空を見る。
「明後日の今頃どうなっているか、まったく見当がつかないな」
そうね、とシロも星空を見る。
センはシロに気づかれないよう、視線を彼女のほうへ向けた。
明後日のことはわからない。
けれど、一年後の彼女のことはわかる。
わかっていても、何もできない。
シロがセンのほうへ視線を向ける。
センは視線をそらすことができず、二人の視線は重なった。
シロはセンに向けて微笑みかけ、立ち上がる。
「そろそろユラを迎えに行ってあげないと。あ、ちなみに私たちの部屋は隣の部屋だから」
「何が言いたい」
「何が言いたいの?」
「さっさと出ていけ」
はいはい、と笑いながらシロは部屋から出ていった。
センはため息をつき、寝転がる。
「まったく、何がしたいんだ、俺は……」




