第九話 「その道の先に」
記念公園は三つの領域に分けられている。祭壇がある中央広場と、社を中心に広がる鎮守の森、そして中央広場と鎮守の森の間にある記念碑の森だ。
シロたちは記念碑の森に入ってすぐの所にある東屋に入った。そばには照明の法石が設置されているものの、その明かりはどこか頼りない。東屋の周囲は暗闇に包まれており、そこに何かが潜んでいたとしても気づくのは難しいだろう。
シロはセンを長椅子に寝かせ、やれやれとため息をつく。
「あのくらいで参っちゃうなんてね。鍛練が足りてないんじゃないの?」
「そのセリフ、他の神官どもにも言ってやれ。ていうか、なんなんだあのババアは。俺に何の恨みがあってなんなことをしたんだ」
「フジ様のやることを気にしてたらキリがないわよ。でもさ、そばにいたシトリちゃんは全然平気だったじゃない」
「そいつはいろいろとまともじゃないだけだ」
「失敬な! 私はいたってまともですよ!」
「まともじゃないやつに限ってそう言うんだ」
もう! とシトリが頬をふくらませたとき、彼女の腹から大きな音が鳴った。
「そういえば、今日は朝から何も食べてませんでしたね……」
「あら、そうだったの。じゃあ私たちは広場のほうにもどりましょうか。お話はそこでのんびりやりましょう」
シロはシトリの手をとる。
「でも、セン様はまだ動けそうにありませんよ」
「大丈夫よ。ユラをここに置いていくから」
「ちょっと待ってください。私はシトリと話をするために来たんですよ」
「わかってるわ。だからまず、セン君と話をしたほうがいいと思うの。セン君はシトリちゃんとここまで一緒に旅をしてきたんだから、彼から見たシトリちゃんの姿は知っておいたほうがいいと思うの。シトリちゃんが何を思ってユヅルハからここまで来たのか、いろいろとわかることはあるでしょう。というわけで、シトリちゃんは私が借りていくわね」
シロはセンに笑顔を向ける。
「ああ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「なんてこと言うんですか!」
「じゃあ舐めたりかじったりしておくわね」
「いやいや。私は食べ物じゃありませんよ?」
シロは「あはは」と楽し気に笑いながらシトリの手を握り、広場へと去っていった。
「まったくシロはいつもいつも……でも、まあいいわ。あなたに対しても話さなくちゃいけないことはたくさんあるから」
「そうは言っても、話し合いをしようって目じゃないな。殴り合いをしようってやつの目だ」
「そのほうが手っ取り早いかもね。でも、その前に言うべきことがあるわ」
ユラはセンと向き合い、姿勢を正して、頭を下げた。
「ありがとう。ここまでシトリを守ってくれて。今日のこともそう。シロやあなたがいなければ、シトリも私も無事ではすまなかったわ」
予想外の言葉に、センは戸惑って何も言えなかった。
「さて、これで心おきなくあなたに言うべきことが言えるわね」
ユラは顔を上げ、改めてセンをにらみつける。
気持ちの切り替えが早いやつだな、とセンは感心した。嫌いな性格ではない。
「単刀直入に言うわ。シトリを連れてユヅルハに帰ってちょうだい。今すぐに」
「おいおい。シトリをここまで連れてきたことに感謝してたんじゃないのか?」
「私が感謝しているのは、あの子を守ってくれたことに対してだけよ。神都に連れてきたことに対しては怒りしか感じてないわ。あなた、あの子を奉星の大祭に出場させるつもりなんでしょう?」
「奉星の大祭に出ることは、あいつが決めたことだ。俺は仕事の都合であいつをここまで送り届けることになっただけだ」
「あなたにそれを依頼したのは皇都の神官団でまちがいないわね?」
「依頼者については何も答えられない」
ユラは不服そうに腕を組む。
「シトリが奉星の大祭に出場する理由を、お前は知っているのか?」
「皇都によるユヅルハの直隷地化を防ぐためでしょう。シロから聞いたわ。そのために奉星の大祭で相当の結果を出さなくちゃいけないってこともね」
「あのバカ、そこまで話したのか」
「あら、シロは決してバカなんかじゃないわ。あなたとちがってね」
ふふん、とユラは得意げに笑みを浮かべる。
「お前、案外したたかなやつだな」
「あなたは案外抜けているようね。まあいいわ。とにかくシトリはそれを真に受けて奉星の大祭に出場すると決めたんでしょう。でも、あの子は絶対に優勝はできない。私だって奉星の大祭がどういうものかは知っているわ。かりにあの子に優勝できるだけの実力があったとしても皇都はそれを絶対に認めない。皇都の狙いはユヅルハに眠る創世の神器を確保することなのだから、当然のことだけど」
さきほどのこともあり、センは口を動かさなかった。
「このことは私の両親から聞いたわ。皇都はずっと以前から、創世の神器を確保するためにユヅルハの直隷地化を狙っているって。だからユヅルハの神官は存在しているのよ。ユヅルハの神官の本来の役割は、創世の神器が皇都の手に渡らないよう守り続けることなの。皇都による皇国全土の直接支配を防ぐために」
「なら今まさにシトリはユヅルハの神官としての使命を果たそうとしているじゃないか。連れて帰る理由はないだろう」
「あなたは勘違いをしている。あの子はユヅルハの神官じゃないわ」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。シトリはまだ皇都から神官として承認されていない。どれだけ強い力を持っていても、皇国の法に照らせばあの子は神官ではないのよ。だからあの子には神官の役目を果たす義務はない。もちろん、その権利もね」
「理屈としてはあってるな。だけど、コロンはシトリを神官として認めている。だから姿を変えたんだろ」
「そう。全ての元凶はコロンなのよ。私の両親ではなく、十歳になったばかりのシトリを神官だと認めた。だから、こんなことになってしまった……」
そう語るユラの声には、たしかな憎しみの響きがこもっていた。
「コロンのせいで、シトリは神官にならざるをえなくなったわ。ユヅルハの民の期待を背負わされ、神官としての道を進まなければならなくなった。挙句、ユヅルハが皇都の直隷地にされる責任まで押し付けられようとしている。こんなの、間違ってるじゃない」
「だとしても、シトリの出場を止めたところで、ユヅルハの直隷地化が確定するだけだ」
「そうね。でも、シトリが皇国中のさらし者にならなくてすむわ」
「お前はどうなんだ。ユヅルハが皇都の直隷地になってもかまわないのか?」
「こんなことになってしまった責任は、守り神であるコロンにある。シトリじゃなくて私の両親を後継者に選んでいれば、神官不在を大義名分として皇都がここまで圧力をかけてくることもなかった。守り神として正しい判断ができなかった以上、私はもうコロンを守り神だとは思わない。でも、コロンにだけ責任をとらせるわけにはいかないわ。私にだって、責任の一端はある。私があと一年早く学府を卒業して神官の承認を得ていれば、こうなることは阻止できたはずだから」
「お前、バカなやつだな」
「なによ、いきなり」
「皇都がユヅルハの直隷地化を狙っている以上、それが終わるまでお前を卒業させるわけがないだろ。大体、お前はユヅルハが直隷地になる前提で話をしているが、そうならない可能性だってある。奉星の大祭で優勝できなくても、直隷地化を阻止できるかもしれないだろ」
「何を根拠にそんなことが言えるの」
「皇都の連中が何を考えているかは、本当にわからないからさ。そもそも奴らがそこまで露骨に動くとは思えない。何か裏があると思ったほうがいい。それに、未来のことは誰にもわからないんだ。わからないのに、悪いことばかり考えるのは損ってもんだ」
センはユラと向かい合う。彼女の瞳は深い茶色だったが、そこに秘められた輝きはシトリとよく似ているように感じられた。
「当たり前のことだが、立ち止まったら先には進めない。望む場所へ行きたいのなら、進むしかないのさ。そこに向かっていると信じてな」
「進んだ先に壁があったとしても、進めというの?」
「進む意思があるのなら、壁をぶっ壊してでも進んでいくさ」
「道そのものがなかったら? 壁を越えた先が、果てしない大地の裂け目だったら?」
「言ったろ。未来のことは誰にもわからない。もしかしたら、空を飛べるようになるかもしれないだろ」
「ふざけないで」
「ふざけてないさ。なんにせよ、俺はあいつを連れて帰るつもりはない。どうしても出場をやめさせたいなら、俺に言ったことをそのままシトリにも言ってやればいいさ」
「そんなこと、できるわけないじゃないの」
「だったら、お前の覚悟はその程度だったってだけのことさ」
センはユラに背を向け、中央広場へ歩き出す。
「あなたにとっては他人事だから、そんなことが言えるのよ!」
センは立ち止まり、ユラのほうへ振り替える。
「シトリは覚悟を決めてここまで来たんだ。それを止めたいのなら、お前も相応の覚悟を持つべきだ」
センは再び歩き出す。ユラはその背をにらみつけ、両手を固く握った。
「言われなくても、覚悟なら……」




