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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第五章 「神の都」
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第四話 「それでも彼女は逃げなかった」

 祭器の槍を巧みに操り、ユラは次々とカゲオニの元型を打ち倒していく。しかし、カゲオニに乗っ取られた人々には攻撃できない。肉体は人間のままなので、下手に攻撃をするわけにはいかないのだ。

 現在のところ、カゲオニに侵食された者を救う方法は確立されていない。多くの神官がその方法を研究してきたが、成功例は一つも報告されてはいなかった。

 彼らを救える可能性はゼロに等しいが、それでもユラには彼らを攻撃することはできなかった。

 カゲオニの元型はすべて倒したが、それを生み出す元である御柱には近づけない。カゲオニに乗っ取られた人々によって守られているからだ。手をこまねいている間にも、御柱は次々と新たなカゲオニの原型を生み出している。出口の見えない戦いが続く中、ユラは先ほどの女子学生から交信を受けた。


「副団長。公園内の避難が終わりました。結界構築の儀式も準備完了です」


「ありがとう。じゃあ、始めましょうか」


 ユラは御柱を見すえると、祭器の槍を天に掲げ、神言を発した。


 風よ走れ雲よ開け

 空に示すは緋色の血

 御旗に印すは真の命


 神言が世界に示された時、彼女を中心に光の膜が広がり、中央広場全体を覆いつくした。


「あとひと息ね」


 ユラはカゲオニの元型と距離を取る。結界の核をになう自分が倒れてしまえば結界も消滅してしまうので、ここからはいかに敵の攻撃をかわしながら応援が来るまでの時間を稼ぐかが勝負となる。もっとも、広場には植木がまばらにある程度で、身を隠せるものはほとんどない。

 不利な戦いはまだまだ続くとユラは覚悟を決める。


「カゲオニ相手に鬼ごっこなんて。ほんと、いい冗談じゃないの」


 槍を握る手に自然と力がこもる。こうしている間にも御柱からカゲオニは次々と生まれていた。相手の数が増えれば、結界の中での逃げ場も限られてしまう。


 大丈夫、とユラは自分に言い聞かせる。

 必ず応援は来る。だからその時まで、私は時間を稼げばいい。


 気合を入れなおすように息を吐いた、その時。近くにある植木から何かが落下した。

 敵か、とユラはそちらへ目を向け、槍を構える。

 そこに見えたのは、カゲオニではなく子どもの姿だった。年は五つ程度だろうか。植木の根元でしりもちをつき、顔を恐怖に引きつらせ、体は小刻みに震えている。


「あ、あ、あの……」


 子どもは涙を浮かべた目をユラに向け、かすれた声を出す。


「かくれんぼ、してて、でも、みんな、たすけてって、いって、そ、それで……」


 木に登って隠れていたら取り残された、ということだろう。

 ユラはすぐに状況を察し、槍を下げて笑顔を向ける。


「大丈夫。もうすぐ助けが来るから。だからこの木のそばから離れないで。私が大丈夫って言うまで、目を閉じて耳をふさいでてちょうだい。わかった?」


 子どもは大きくうなずくと、木の幹に体を向け、うずくまって両手で耳をふさぐ。

 ユラは再び槍を構え、カゲオニの群れと対峙する。すでにその数は百を超えるだろうほどに膨れ上がっていた。しかし、それがなんだと言うようにユラは気合を発して立ち向かった。


 まったく、私が何したっていうのよ。


 勇猛果敢に立ち向かうユラの目には、涙がにじんでいた。

 凛とした表情も情けなく崩れ始めている。

 そう。いわゆる半泣きの状態だった。


 もうやだああああっ! なんでこんなことになるのよおおおおおっ!


 心の中でユラは叫ぶ。周りに誰もいなければ、声を上げて泣き叫んでいただろう。

 誰かの目があれば、ユラは決して弱音を吐かないし弱みも見せない。自らの責務を果たすためどんな困難にも立ち向かえるし、血を吐くような努力もできる。それだけの根性があるからこそ、彼女は学府で飛び級を重ね、十五歳にして卒業年次へ進級できたのだ。

 だが、その強さは、同時に弱さの証でもあった。

 彼女の強さは、弱虫で泣き虫で怖がりで意地っ張りの見栄っ張りという五重苦を隠すための強さにすぎない。幸か不幸か、本人にもその自覚はあった。だからといってどうにかなるものでもないのだが。


 カゲオニの元型をなぎ倒しながら、ユラは恐怖と混乱に心をかき乱されていた。

 同時に、あの子どもを守らなければならないという責任感に心を押し潰され、泣いていた。

 彼女の顔は汗と涙と鼻水でなんとも気の毒な有様になっている。

 武闘の息づかいか泣きべそなのか判断できない呼吸が苦し気にもれ、気合とも悲鳴ともつかない叫びが響いた。


 ああもうっ! なんでまだ誰も来ないのよ! 私だってそろそろヤバいんだから!


 心の中で叫ぶ。意地でも声に出さないところは本当に立派といえるだろう。


 なんで倒しても倒しても次から次に出てくんのよ! ていうか、なんでこんなのが急に出てきたのよ。もうやだ。やだやだやだやだやだ! 帰りたい。おうちに帰りたいよぉ……


 重圧に耐えきれず、とうとう幼児退行が始まった。

 しかしこうした彼女の精神の乱れが、幸運にも彼女をカゲオニの干渉から守っていた。カゲオニは対象の精神を映し取り、対象に自分の姿がそれとそっくりに見えるよう催眠を行うのだが、今のユラの精神状態ではうまく干渉できないのだ。

 しかし、ユラの体力と霊力は限界を迎えようとしていた。中央広場全体を覆う結界を維持しつつ、一方的な消耗戦を強いられているのだから当然のことだ。

 迫って来たカゲオニの群れを一掃したものの、すでに次の群れが迫っていた。また、御柱を守っていたカゲオニに乗っ取られた人々も、ユラの方へ歩きはじめている。ユラが彼らに攻撃できないこと理解したのだろう。ユラは植木にもたれかかり、呼吸を整える。まだあきらめるわけにはいかない。それでも、彼女の心は折れかけていた。


 なんなのよ。なんでいつも、私ばっかり、こんな……


「ごめん、なさい」


 子どもの声が聞こえた。うずくまったまま、震える声でごめんなさいを繰り返している。


 何に対しての「ごめんなさい」なのだろうか。

 それとも、誰かに対する「ごめんなさい」なのだろうか。


 もしそれが、ユラに対する言葉だったら。


 ユラは迫り来るカゲオニの群れを見る。


 泣き言を言ってる場合じゃない。

 弱音を吐いている場合じゃない。


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 覚悟を決め、ユラは腹の底から声を上げる。

 その時、空から声が聞こえた。

 声は、ユラの名前を叫んでいた。




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