第三話 「正午の襲撃」
高台から見えた広大な緑地が、記念公園内の中央広場である。
旧世紀における古の大精霊との最後の激戦地となった場所がここであることから、記念公園はつくられた。もっとも公園というのは建前で、本来の役目は古の大精霊の封印を維持する儀式を行うための場所だ。奉星の大祭当日には中央広場に儀式を行うための特別な舞台と、万を超える人々を収容できるだけの観覧席が設置される。
奉星の大祭を明後日に控えた今日、太陽の使徒による襲撃が起こる前までは中央広場にも普段と変わらない穏やかな時が流れていた。変わったことといえば、学府連合の代表団が精霊舞の練習に励んでいたことくらいである。
代表団の副団長であり、精霊舞において奏者を務めるユラは、本番を意識してここでの練習を提案した。明日には前夜祭である『星の宴』が開かれるため、広場での練習ができるのは今日が最後だからだ。人の目に触れる場所で練習することに抵抗のある学生も少なくはなかったが、やるなら今日しかないと彼女は強く主張し、朝からずっと練習に励んでいた。
昼が近くなってきたところで、一人の女子学生がユラに声をかける。
「副団長。そろそろお昼ごはんにしませんか。朝からずっと練習で、みんなくたくたですよ」
「そうね。じゃあみんなに旅館へもどってお昼をとるように連絡してちょうだい。私はもう少しやってから行くわ」
「いや副団長も休んでくださいよ。祝歌の歌いっぱなしで声がもう危ないですよ」
「水を飲んでれば大丈夫よ」
「まったくもう。張り切るのもいいですけど、ちゃんと自己管理はしてください。ガラガラ声の奏者なんて、私たち恥ずかしくて舞を舞えませんから」
わかってるわよ、とユラは水筒の栓を抜き、喉を鳴らしながら水を飲む。
冷たい水が喉を潤す心地良さに癒されていた、その時だった。
彼女たちのすぐ近くに、巨大な御柱が落ちてきた。
御柱が地面に突き刺さり、轟音が響き、地面が揺れ土煙が舞い上がる。
「げほっ、げほっ! な、なに? なんなの一体」
「副団長、な、なんですか、あの、御柱みたいなものは……」
女子学生はユラの背後を指さす。ユラは振り返り、そこにあるものを見た。
それはなんとも奇妙な姿をしていた。柱そのものは真新しいが、大量に貼りつけてある御札はどれも古く、傷や汚れが目立つ。また、御札に記されている神聖文字は解読不能なほどに古い年代のものばかりだった。なにより異様だったのは、御柱のいたるところに鮮やかな朱色で人の形を模した紋様が描かれていることだった。
「よくわからないけど、見ていて気持ちのいいものじゃないわね」
二人が御柱から距離をとろうとした時、御柱から音が聞こえた。
それは地鳴りともうなり声ともとれる、不快な重低音だった。
同時に、人型の紋様が紅い輝きを放った。
ユラは危険を直感したが、すでにそれは彼女の前に現れていた。
それはユラ自身だった。
艶のある短めの黒髪に、深い茶色の瞳、柔らかみを残した端正な顔立ちと、そこに浮かぶやや険しい表情。身にまとっているのは彼女が所属する学府の制服である青と白を基調とした神官装束で、容姿も服装もすべて同じだった。まるで鏡の中から出てきた虚像が実体を得たかのようだ。
ユラはすぐに理解した。
目の前に現れたのは、上位精霊の中でも極めて有害な『カゲオニ』であることを。
「逃げて!」
ユラは女子学生に叫ぶと、聖紋を刻んだ右手を天に掲げ、祭器の槍を顕現し、カゲオニの心臓を突き刺す。カゲオニは悲鳴を上げることも苦悶の表情を浮かべることもなく、消滅した。
カゲオニは物理的に害をなすことはない。肉体などの器がないからだ。彼らは対象となる生物の精神を侵す。自分とそっくりの姿をしたカゲオニを見て、それを自分だと認識してしまうと、精神がカゲオニに乗っ取られてしまうのだ。
カゲオニの消滅を確認したユラは、改めて周囲を見渡す。広場のいたる所に人の形をした黒い霧のようなものが現れていた。カゲオニの元型だ。それらは悲鳴を上げながら逃げ惑う人々を追いかけるように歩いていた。呆然と立ち尽くしている人の姿も少なからずある。彼らの顔は、影を押しつけられたかのように黒一色に染まっていた。すでにカゲオニに精神を乗っ取られてしまったのだ。全身が黒く染まった時、それは人であることをやめ、心を失った怪物に成り果てる。
御柱が再びうなり声を上げる。
その時、ユラは御柱の頂点からカゲオニの元型が次々と生み落とされていく光景を見た。
カゲオニの元型は獲物を求めて歩き出し、カゲオニに乗っ取られた人々も逃げ惑う人々を捕らえようと動き出す。
ユラは周りにいた学府連合の学生たちに言う。
「公園にいる人たちを外へ避難させて! そのあと結界を構築して公園を隔離しなさい。これ以上被害者を増やしてはだめよ!」
「でも、結界の核はどうするんですか」
ユラのそばにいた女子学生がたずねる。
結界を構築する場合、それを維持するための依り代となる核が必要になる。一時的なものであるなら術者自身が核となるし、長期的なものならば巨石や大樹、湖など霊力が集積しやすい自然界の物質が核として用いられる。しかしここには核に使えるような自然物は見当たらない。
「結界の核は、私が担う」
「そんな! 副団長一人でここに残るつもりですか」
「カゲオニ相手に多勢は逆効果よ。都の神官団が来るまでの時間をかせぐだけなら、私一人でなんとかなる。だから、早く行って!」
「……わかりました。でも、絶対に無茶はしないでください。避難がすんだら、私もすぐに助けにもどりますから」
そう言って女子学生は人々の避難誘導を始める。
ユラは改めて御柱とカゲオニの元型を見すえ、祭器の槍を構える。
「さあ、やってやろうじゃないの!」




