第二話 「戦場へ」
シロは天を仰ぎ、遠吠えを響かせる。すると彼女の体は淡い輝きを帯び、センとシトリは体が軽くなるのを感じた。
シロは勢いよく地面を蹴り、滑空する鳥のような鋭い速さで大地を駆ける。
「海周りの道を行ってる時間はないわ。一直線に山を超えるから気をつけて」
シロは山へ向かって走り、道から獣道へ、獣道から山道へ、そして道なき道へ突き進む。行く手を遮るように伸びた木々の枝葉や足元を狂わせる苔のむした岩場、切り立った山肌をものともせずシロは走り続けた。ほどなくして山の頂上に到達し、休むことなく山道を駆け下りていく。
「大丈夫か」
センが声をかける。
「もちろん」
シロがこたえる。
大丈夫ではないことなど、センにはわかっていた。今のシロは肉体を変質させることで精霊の力を最大限に引き出しているのだ。その負担が相当なものであることをセンは知っている。いつ限界がきてもおかしくはないということも。
「あんまりリク君を待たせるわけにもいかないからね」
リクが交信を送ってきた意図をシロもセンも理解していた。もし、シトリの身内であるユラが犠牲となった場合、創世の神器の暴走を引き起こしかねないからだ。
万が一の事態を阻止するために、リクが時間稼ぎのために動いていることは容易に想像できる。だからこそ、一刻も早く神都へ行かなければならない。
山を駆け下りていく途中、見晴らしのいい高台のような場所に出る。シロはそこで立ち止まり、呼吸を整えながらシトリに言った。
「ほら、シトリちゃん。見える? あれが神都よ」
高台から見えたのは南北を海と山に挟まれた平野と、そこに広がる壮大な都の姿だった。山の裾野には深い森が見え、都の市街地との間には広大な緑地が整備されている。都はこの緑地を起点として扇状に広がり、その縁をなぞるように巨大な御柱が無数に並んでいた。
「リクが言ってた結界ってのは、あそこに見える光の膜のことか?」
センは緑地を指す。よく見ると、緑地のある部分に半球状の小さな光の膜が見えた。
「たぶんね。たしかあの子たちは、記念公園で練習していたから」
「そこにユラもいるんですね」
「きっとね。さあ、あともうひと息よ」
シロは遠吠えを響かせ、再び走り出す。
一気に山を駆け下り、そのまま平原を突き進む。はるか遠くに見えた神都の御柱がどんどん大きく見え、やがて神都の門が見えてきた。それは都の門というより、社の門の造りによく似ていた。
門のすぐ手前まで来たところで限界が来たらしく、シロはセンとシトリが背中から降りると同時に倒れ、祝霊化を解いた。
「あー、もー無理。つかれたー」
精も根もやる気も尽き果てたという風に、シロは仰向けになる。
「センくーん。だっこしてー」
せがむように両手を広げるシロを見て、センはうんざりするように言う。
「相変わらずだな。祝霊化した後はいつもこうだ」
と言いつつもセンはシロを抱きかかえる。
「たまにはいいよねー。女の子あつかいされるのって」
「お前みたいに汗くさくて筋肉質なやつを女の子とは言わねえよ」
「あはは、ひっどーい」
「それより、これからどうやって中央公園まで行くかだ。まだ道のりは遠いぞ」
センが門の奥へ目を向けた時、はるか上空から何者かが彼らのもとへ迫って来た。
「セン殿! お待ちしておりましたぞ!」
力強い男の声が聞こえた。センは空を見上げ、渡りに船と笑みを浮かべる。
空に見えたのは晴天の守護者と謳われる飛竜騎士トベラと、その術式である飛竜騎士団の姿だった。
トベラは旋回しながら高度を下げ、センの前に降り立つ。
「リク殿から迎えを依頼され、今ここに参上ってぎゃああああああああああああああ!」
突然、トベラは見習い兵士の鼻たれ小僧のような悲鳴を上げ、腰を抜かす。仕方のないことだ。なにしろ彼の目の前には、先日死の恐怖を刻みつけたユヅルハの民がいるのだから。
しかし事態が事態なだけに、センはかまわずトベラに言う。
「団長。ちょうどよかった。こいつを記念公園にある結界まで連れていってくれないか」
シトリもトベラに迫りながら切迫した口調で言う。
「どこのどなたか存じませんが、私をユラのところへ連れていってください」
「い、いや、私はセン殿を連れて来るようにとリク殿に頼まれたのですが」
「悪いが今の俺じゃカゲオニ相手だと役に立たない。まだ聖火が使えないんだ。それなら神おろしができるシトリを先に連れていったほうがいい。俺はシロが回復したらすぐに後を追う」
「神おろしですと? なるほど、この娘が……」
「いいから早く、私を連れていってください!」
シトリは祭器の槍を顕現し、トベラに詰め寄る。
「わかったわかった。だがな、おぬしが行こうとしている場所はカゲオニの巣窟と化した危険な場所だ。命の保障はできぬ。それでもよいのか?」
「よいに決まってます!」
「……よかろう。では我が飛竜の背に乗るがよい」
トベラのそばにいた飛竜は身をかがめる。
シトリはコロンを頭に乗せ、飛竜の背に上り鞍にまたがった。トベラはシトリの後ろに乗り、手綱を握る。
「行くぞ!」
飛竜は翼を広げ空へ飛び立ち、他の飛竜騎士も後に続く。
飛竜騎士団が遠ざかったところで、シロは言った。
「セン君。もう降ろしてくれて大丈夫だよ」
「動けるか?」
「シトリちゃんだけに任せるわけにはいかないでしょ」
「あいつなら大丈夫だ。並の神官や天士よりずっと役に立つ」
「でも今回は太陽の使徒がからんでるわ。何か罠が仕掛けられているかもしれない。それに、ユラのことも心配なの。あの子は優秀だけど、なんでも一人で抱え込んじゃうから。なによりあの子は……」
シロは小さく笑う。
「どうした?」
「そうね。これはあの子のためにも黙っておかないと」
表情をゆるめるシロを見て、かすかな心のざわめきをセンは感じた。




