第一話 「正義の証明」
古の大精霊は『旧世紀の神』とも伝えられ、その封印を担っている都には『神都』の格が授けられる。神都は他の都とちがい皇国の政に参加する権利が認められており、皇国の統治は皇都と神都が連合を組む形で行われている。
今回の奉星の大祭が執り行われる神都『カムへイクタ』は、神都の中でも特に交易が盛んな都として知られている。東は皇国最大の商業都市と接し、南に広がる海からは豊富な海の幸がもたらされる。良港にも恵まれているため貿易も活発だ。都の北には山々が東西に広がり、それを越えた先には皇国最古の学術都市がある。そのため古くから経済と文化の中継地点、あるいは発信地として機能し、多彩な文化が育まれてきた。
もちろん、食文化も同じである。
祝霊化したシロの背に乗りながら、センは神都での食巡りに思いをはせていた。ユヅルハではまともに食事ができなかったため、期待感は一層高まってくる。
さらに明日は、奉星の大祭の前夜祭である『星の宴』が開催されるのだ。皇国各地から集まった商人や職人たちによって、万を超える人々が行き交う巨大な市場が開かれる。もちろん、皇国中の美食や特産品もこのばで味わうことができるのだ。
悪いな、ハチ。でも安心しろ。お前の分もしっかり味わってきてやるからな。
センは心の中でつぶやく。
しかし、ハチの反応はない。まだ眠りから覚めていないのだろう。
普段なら聖火を使った翌日には目を覚ましているはずなのに、今回はなぜかその気配がない。
ユヅルハの件に関わってから、自分の中で何かが狂い始めているのだろうか。
漠然とした不安が頭をよぎった時、シロが突然立ち止まった。
「どうした」
「リク君から交信が入ったの。セン君も聞いた方がいいみたい」
「どうせまた面倒ごとだろ」
そう言いながら交信を共有するため、センはシロの頭に触れる。
「やあセン。無事にシロと合流できたみたいだね。よかったよかった」
「口調が軽いな。やっぱり面倒ごとか」
「そうでもないよ。ついさっき、神都に潜んでいた太陽の使徒が一斉に武装蜂起したくらいのことしか起こってないから」
「とっくに潜り込まれてたのかよ。なんのための交通網の封鎖だ」
「大丈夫だよ。今の神都には皇国中から集まった優秀な神官団がたくさんいるからね。君たちがここに来る頃にはあらかた掃討できてると思う。ただ、少し厄介なのがいてさ。記念公園の中央に陣取ってるやつなんだけど『カゲオニ』を大量に生み出してるみたいでね、けっこうな数の住民が取り込まれちゃったらしいんだ」
「カゲオニか。たしかに厄介だな。どうするつもりだ」
「たまたま現場にいた学府連合の学生たちが対処したらしいんだけど、これ以上被害者を増やさないようにって結界を構築したみたいでさ、僕らも中に入れなくて困ってるんだ」
うそだ、とセンは心の中でつぶやく。リクが学生のつくった結界を突破できないわけがない。
「そんなわけで、結界で囲まれている区画を全部焼き払おうってことになったんだよね」
「なるほどな。ところで、結界の中にいる学生や『カゲオニ』に取り込まれた気の毒な住民たちはどうなるんだ」
「尊い犠牲になるよ」
「それが皇都の判断か」
「皇都と神都の判断だよ。彼らにとっての至上命題は古の大精霊の復活を阻止することだからね。そのために奉星の大祭は行わなければならないし、そのために障害となるものがあれば人であれ何であれ排除する。そもそも取り込まれたのは神都の住民で、結界の中にいるのは学生とはいえ神官を志す者だ。皇国の平和のために命を捧げるのは当然だっていうのが、上の人たちの判断なんだよ」
だろうな、とセンはため息をつく。
リク君、とシロが交信に入った。
「結界の中にいる学生が誰なのかわかる?」
「学府連合の奏者、ただ一人だけだね」
「そう。教えてくれてありがとう」
「気をつけてね」
交信が終わり、シロは小さくため息をついた。
シトリは交信の内容を聞いていないが、それでも二人の様子からあまり良くない話だったことは想像できた。
「あ、あの。さっきの交信はどういう内容だったんですか?」
「今、神都は太陽の使徒による大規模な襲撃を受けているそうなの。その中にとても厄介な敵がいてね、そいつの相手を学府連合の学生がやってるみたい。まったく、あの子はどうしてこういつもいつも首を突っ込むのかしら」
「でも、すごく勇気のある方じゃないですか。一人で強敵と戦ってるってことですよね」
「そうね。こういう時に普段は見せない勇気をみせてくれる、とても強い子よ。さすがはシトリちゃんの従姉ね」
「従姉……まさか、ユラ、なんですか」
ええ、とシロはうなずく。
センはシトリへ目を向け、落ち着いた口調で言った。
「神都と皇都の神官どもは、結界ごと敵を焼き払うらしい。結界の中に取り残された人間もまとめて、一人残らず殺すつもりだ」
「そんな、まってください! なんでそうなるんですか。なんでそんなことするんですか。ユラは戦っているのに、どうして。そんなの、絶対、まちがってます!」
「神都の判断としてはまちがいじゃない。そもそも連中は」
「私も間違ってると思うわ」
シロはセンの言葉を遮る。
「人間はね、間違いだとわかっていても、それが正しいことだって思い込めるものなのよ。だから世の中はどんどんおかしくなってしまう。でもね、間違いを間違いだと言うことや、これは正しいと信じて行動できるのも人間なの。シトリちゃん。あなたはどうしたい?」
「ユラを助けに行きます!」
「そう言うと思ったわ。セン君はどう?」
「……見殺しにするのは、後味が悪い。せっかくのメシが不味くなる」
「決まりね。じゃあ、急ぎましょうか」
祝霊化し精霊の姿になっているが、それでもシロが笑みを浮かべていることがセンにはよくわかった。




