第十五話 「祝霊の神官」
足元の陣が消えると、シトリは仰向けになって倒れた。
センは彼女を抱きかかえ、目立った外傷がないことを確認する。やはり神おろしの反動で眠っているだけのようだ。一安心したいところだが、センは警戒をゆるめない。さっきの男以外にも太陽の使徒が潜んでいる可能性もある。
しかし、彼の意識はすぐにそれから離れた。
太陽の使徒以上に会いたくない人物が、彼の目の前に現れたからだ。
「大丈夫よ。もうこのあたりに太陽の使徒はいないから」
そう話しているのは、紅と黒を基調とした神官装束をまとっている女性だった。
年はセンと同じくらいに見えるが、体格が良く背丈もセンより少し高く見える。顔立ちはさっぱりとしていて、生命の輝きを感じさせる元気溌剌といった具合の表情をみせていた。腰のあたりまで伸びた艶やかな黒髪は風に吹かれて心地よく揺れ動き、神官装束の紅色と美しく調和している。
腰に手を当てて堂々と胸を張っているその姿勢からは自信と力強さが感じられた。
「ひさしぶりね。元気そうで安心したわ」
そう言って、彼女は太陽のような笑みを浮かべる。
その言葉と笑顔は、嘘偽りのないものだった。それをセンはよく知っている。
だからこそ、センは彼女にだけは会いたくなかった。
「よりにもよってお前を迎えに寄こすとはな。まったく、リクもいい性格してるぜ」
「ちがうちがう。私がリク君に頼んだの。セン君とはもう一度ちゃんと話をしたくてね」
「シトリを助けてくれた事は感謝する」
彼女の言葉を遮るようにセンは言った。
「でもな、ここから先は俺の仕事だ。だからお前に手を出される筋合いはない」
「筋合いならあるわ。セン君も、もう気づいているでしょ。太陽の使徒の狙いがその子だってことに。私はその子の護衛も兼ねてここに来たの」
「……シトリが何者なのか、リクから聞いたのか」
「そういうこと。だから、私の手が必要かどうか、その子にも判断する権利はあるでしょ」
彼女はシトリのそばへ行き、彼女の頭に手を当てる。
すると、その手の甲に聖紋が浮かび、その輝きに導かれるようにシトリは目を覚ました。
「あ、あれ。私、どうして……」
「気分はどう? ユヅルハの神官さん」
「ええと、はい。だいじょうぶだと、思います。あなたは、どなたですか?」
「私はシロっていうの。セン君やリク君の友達よ」
「セン様の、お友達……」
「友達じゃねえよ。こいつが勝手にそう言ってるだけだ」
「いいえ、友達よ。この人が勝手にそう言ってるだけで」
仲良しだなあ、とシトリはぼんやりした頭で思った。
「さっそくだけど、私はあなた達を神都へ送り届けるために来たの。セン君は必要ないって言うけど、あなたはどう?」
「そういうことでしたら、ぜひご一緒しましょう。仲間は多いほうが旅は楽しいですから」
「じゃあ決まりね。しばらくの間よろしくね、シトリちゃん」
「よろしくお願いします、シロさん」
「おいおい待て待て。賛成と反対が一人ずつで同点だろ。どうして賛成の意見になるんだ」
「なに言ってるの。賛成は私とシトリちゃんの二人で、反対はセン君の一人でしょ」
「お前、そういうところは本当に昔から変わってないな」
「まあいいじゃない。私がいれば神都まですぐに行けるんだから。リク君が用意してくれた豪華なお昼ご飯にも間に合うでしょ」
「……今回だけだからな」
「じゃ、さっそく出発しましょうか」
シロはセンに背を向けると、両手を大きく広げ、胸を反らし、深呼吸を繰り返す。
目を閉じて、日の光と風の流れを感じとり、自身の霊力と自然界の霊気を一つに重ねる。
世界の鼓動と自身の鼓動が調和した瞬間、シロは神言を発した。
東に昇るは明日の星
天へ駆けよ祈りの西風
神言が世界に届いた時、シロの体は光に包まれた。その様子は、シトリが神おろしをした時ととてもよく似ていた。光が消えた時、そこにシロの姿はなく、かわりに一頭の虎の姿があった。金色に輝く瞳と白銀の毛並みが見事な美しさを感じさせる、神霊に匹敵するような神々しさを感じさせる姿の虎だった。
「どうかしら。自分で言うのもなんだけど、けっこう良いと思わない?」
シロの声が二人の頭に直接響く。
「もしかして、この虎がシロさんですか? すごい。他の人の神おろしを見るのはこれが初めてです。感動的です!」
「ちがうぞ。こいつのこれは祝霊化だ」
「祝霊化、ですか? なんですか、それって」
「神おろしが神霊を自分の器に宿らせてその力を使えるようにするのに対し、祝霊化は器そのものを精霊の姿形に変化させるのさ」
「そうですか。でも、なんであれ美しいですし、素敵ですね」
「俺にはおぞましいものにしか見えないけどな」
「あいかわらずひどいこと言うのね。まあいいわ。二人とも、乗ってちょうだい」
シロは身をかがめる。するとコロンがまっ先にシロの背に乗った。それに続いてシトリが恐る恐るシロの背に乗る。
「失礼します……おお。想像以上になめらかな毛並みですね。それに暖かいです」
「気に入ってくれてよかったわ。ほら、セン君も早く乗ってちょうだい」
センは遠慮なくシロの背にまたがり、体毛をしっかりと握る。
「鞍と手綱があればもっと便利なんだけどな」
「女にまたがって言う言葉じゃないわね。セン君ってそういう趣味があったの?」
「口枷も必要だな」
「ほんと、あいかわらずね。それじゃ行きましょうか。振り落とされないよう注意してね」
センはシトリの方へ顔を向ける。
「リクのホウキボシと同じだ。こいつの体毛をつかんでいれば、振り落とされることはない」
「わかりました。死んでも離しません」
「そんな気を張らなくても大丈夫よ。さあ、行きましょうか!」
シロは地面を蹴り、走る。
それはまさに風のごとき疾走だった。
神都への道を、彼らは一陣の風のごとく駆け抜けていった。




