第十四話 「神官の証」
センにおびえている様子はなかったが、彼の表情からは一刻も早くここから離れたいという切実な思いが感じられた。
「いやいや、待ってください。何か大変なことになってますよ」
シトリの言う通り、広場には逃げ惑う人々の悲鳴や断続的な爆発音が響いていた。
「知ったことか。ここは皇都の直隷地だ。皇都の神官や天士もいる。面倒ごとはそいつらに任せればいい」
行くぞ、とセンはシトリの肩をつかむ手に力をこめる。
しかしシトリはそれを振り払った。
「だめです! 目の前で危険な目にあってる人がいるのに、見捨てるなんてできません!」
「こいつらを助ける義理なんて、お前にはないだろ」
「私は神官です。困っている民を見捨てるわけにはいきませんよ」
シトリは祭器の槍を顕現し、コロンを呼んで神おろしをした。
「どこの誰かは知りませんが、罪なき人々を傷つけることは許しません。姿を見せなさい。ユヅルハの神官たるこの私が相手になります!」
シトリは槍をかまえ、周囲をにらむ。
逃げ惑う人々の姿は見えるものの、太陽の使徒らしき人物の姿はどこにも見えない。
そんな中、小さな光の玉が人々の間を縫うように宙を漂いながらシトリの方へ近づいてきた。
光の玉はシトリの近くまで迫ると、虹色に輝く蝶に形を変えた。
「なんですか、これは」
シトリは槍の矛先を蝶へ向ける。それを見て、センは叫んだ。
「離れろ! 爆発するぞ!」
「え?」
同時に、光の蝶は明滅を繰り返す。
危機を察したのか、シトリはとっさに走り出した。
それから間もなく、光の蝶は爆発した。爆竹程度の威力だったが頭部に至近距離でくらえば致命傷は避けられなかっただろう。
「な、なんですか、今の……」
「あれは光虹蝶だ。周囲の霊気を吸収して爆発する攻撃用の術式で、わずかな霊力でも大量に生み出せるし、術者の視界に入る範囲なら自由に動かすことができるんだ」
センの言った通り、すでに広場のいたるところには蝶のもとになる光の玉が浮かんでいた。
「だったら爆発する前に、消してしまえばいいんですね」
「下手に手を出すな。こっちが術式で攻撃しても、あれはその霊力を吸収する。言ってしまえば霊災と似たようなもんだ。だから、術者を倒すしかない」
もちろん術者がそう簡単に見つかるはずもなく、光の玉は次々と増えていた。
「霊災と同じようなものなら、浄化すればいいだけですよ」
シトリは精霊舞を捧げる。すると彼女に引き寄せられるように光の玉は集まり、風に吹かれた砂のように形を崩して消滅した。精霊舞が終わり、光の柱が天へ向かって立ち上った後には広場にあった光の玉はすべて消滅していた。
「いかがです。これがユヅルハの神官の力ですよ」
シトリはセンに向けて笑みを浮かべる。同時に神おろしも解かれ、元の姿にもどった。
「たいしたもんだ。ただ、目立ちすぎたな……」
逃げ惑っていた人々は、一人、また一人と立ち止まり、センとシトリに目を向ける。彼らの中に術者がまぎれている可能性もあるはずだ。そう判断し、センは警戒を強めた。
すると一人の幼子がシトリのほうへ近づいてきた。年は五つほどだろうか。小奇麗な身なりをしているため、奉星の大祭を見物に来たどこかの都の貴族なのだろう。
幼子はシトリを見上げ、にっこりと笑い、あどけない声で「ありがとう」と言った。それをきっかけに次々と子どもたちがシトリのそばへ集まり、感謝の言葉をおくった。
まわりの大人たちもシトリに感謝と称賛の言葉をおくった。
最初は得意げに胸を張っていたシトリも、恥ずかしさからかすっかり恐縮していた。
と、その時だ。
「た、助けてくれぇ!」
遠くから助けを求める声が聞こえた。見ると、腰を抜かして座り込んでいる男に向かって光の蝶がひらひらと飛んでいた。シトリはすぐに祭器の槍を顕現し、男のもとへ走って、光の蝶を槍で突き刺す。蝶は一瞬で光の粒子にかわり、消滅した。
「だい、じょうぶ、ですか……?」
シトリは男にたずねる。しかし、そう言っている彼女のほうが大丈夫ではなかった。
先ほど神おろしをやった反動で、彼女の意識はすでに朦朧としていた。
「あ、ありがとうございます。神官様」
「いえ。皇国の祖たる、ユヅルハの神官として、当然、の、ことを……」
「おお。やはりユヅルハの。そう。そうです、かあ」
男の声に不吉な響きが混じる。
同時に、センは男から霊力の気配を感じとった。
「そいつから離れろ!」
え? とシトリが言った瞬間、男はシトリの両肩をつかみ、目を血走らせながら大きく口を開けて叫んだ。
「死ねっ!」
男の口から次々と光の蝶が現れ、シトリを取り囲むように宙を舞う。
「野郎!」
センはシトリのもとへ走る。ハチが健在なら結界を構築してシトリを守ることができるが、セン一人ではそれもできない。ただ、光の蝶が爆発する前に術式を使ってシトリをその場から弾き飛ばすことは可能だ。かなりの傷を負うだろうが、リクからもらった治癒の霊符を使えばすぐにでも治る。
多少手荒だが方法はこれしかないと、センは霊符を取り出した。
「だめよ、セン君」
センの頭に直接声が聞こえた。同時に、男の足元に術式の陣が浮かび上がる。
次の瞬間、陣の中心から猛烈な勢いの突風が噴き上がり、男を天高く吹き飛ばした。それに引き寄せられるように光の蝶も舞い上がり、男の体に次々とぶつかる。
一方で、シトリは風の影響を受けることなくその場に立ったままだった。よく見れば、彼女の足元にも何かの陣が浮かんでいる。
センがそれに気づいた時、光の蝶は明滅を繰り返し、一斉に爆発した。
「ぎょえええええええええええええええええええええええええっ!」
男は珍妙な断末魔を叫び、爆発四散した。




