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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第四章 「花々は誇り高く」
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第十二話 「その昔、彼らはきっと」

 大橋の遺跡から海岸線に沿った道を進めば神都へたどり着ける。道順は単純だが、距離は相当長く、半分の半分にも満たないところでシトリは音を上げた。


「さっきの方もなかなか意地悪ですね……どうして一緒に神都まで連れていってくれないんでしょうか?」


「ホウキボシには二人までしか乗れないからな。それにあいつは今回の奉星の大祭の執行役を務めている。出場者と一緒に行動しているところを見られると具合が悪いんだろう」


「そういうことですか。でもそれなら、何か移動手段を用意してほしかったです。ユヅルハからここまで来るのも大変だったのに、この先まだまだ歩くとなると、もう限界ですよ」


 シトリは立ち止まり、地面に腰を下ろす。


「どうした。ユヅルハにいた時はやたらと元気だったのに」


「実を言いますと、私たちユヅルハの民は、ユヅルハの外に出ると力をうまく発揮できなくなるんです」


「そうなのか。その土地をめぐる霊力の影響で力が変化する民族や種族は稀にいると聞いたことはあるけど、お前らもそうだったのか」


「はい。なのでユヅルハの民は外に出ると力が半減するとも言われています」


「だとしても十分脅威だ。とりあえず、さっさと歩け。今日中に神都へ行かないと大祭に出場できないんだから」


「そうは言いましても、もう足が動きません……」


「あと少し歩けば漁村に着く。そこまでは我慢して歩け」


 そんなやりとりをしている間にも、コロンは先へ先へと進んでいる。その様子を見て、シトリは少し不満げにぼやいた。


「昔のコロン様なら、背中に乗って移動できたのに」


「昔のことを行ってもしょうがないだろ。今の神官はお前なんだから」


「……そうですね。私が、しっかりしないと」


 シトリは立ち上がり、コロンを追うように歩き出した。

 しばらく歩いたところで漁村に到着した。ユヅルハで立ち寄った漁村より規模が大きく、港には多くの漁船が停泊し、大通りには店舗がずらりと並んでいる市場が見える。店舗の軒先には商品の名札が所狭しと吊るされており、通り全体は大漁や航海の安全を祈願する札と旗で彩られていた。

 実に賑やかな様子であるが、そこには決定的に欠けているものがあった。


「セン様、これは一体どういうことですか? こんなに立派な市場なのに、人が一人もいないじゃないですか」


 目の前の光景を見て、シトリは驚きの声を上げる。


「いや、ここはこれが普通なんだ。あと少し歩けば人の姿が見えるはずだ」


 二人は人の姿がない市場を進み、港に併設されている卸売市場の区域に出る。そこにはセンが言った通り人の姿があった。しかし、それを見てシトリは再び驚きの声を上げた。


「なんですか、これは。一体、なんなんですか?」


 そこにいたのは全身で怠惰を表現しているような、無気力に満ちた男たちの姿だった。

 地面に寝そべっていびきをかいている男。

 寝転がりながら酒瓶をなめている男。

 あぐらをかき駒遊びに興じている男。

 太鼓を適当に鳴らしながらだらだらとした声で笑う男と、その正面で腹太鼓を叩いてにやけている男。

 まあいろんな男がいるのだが、どれもこれも腹の出た中年で酒臭く生臭く異臭を漂わせている。それらの行動は多種多様で見ていて飽きないが、かといって見ていて楽しいものでもない。


「まだ昼前だというのに、仕事もせずこんなにだらけきって。普通じゃありませんよ」


 男たちが発散している酒と体臭と正体不明の異臭に、シトリは吐き気すらもよおした。


「連中にとってはこれが普通なんだよ」


「どういうことですか?」


「ここは皇都の直隷地なのさ。皇都が課した貢物さえ差し出せば、あとは働かなくてもいい。必要な物資や食糧は皇都から配給されるし、皇都から派遣された神官や天士も常駐しているから防衛も任せっきりだ。住民は最低限の働きさえしていればいいのさ」


「じゃあ、もともとこの地域を治めていた神霊や神官はどうしているんですか?」


「さあな。そこまでは俺も知らないことだ」


 というのは嘘である。シトリに話さないほうがいいことなので、話さないだけだ。


「なにはともあれ、連中は皇都の直隷地になったことには満足している。俺たちがとやかく言うことはない」


「でも、皇都が見捨てたらここの人たちの生活は成り立たなくなりますよね。つまり、皇都には逆らえないってことじゃないですか。どんな無理難題を押しつけられてもそれに反対することができないんですよ。なのに満足できるんですか?」


 二人の会話が聞こえたのか、男たちの視線が一人、また一人と集まってくる。


「奴隷ですら自由を求めて戦えるというのに、この人たちにはそれすらできないんですよ。そんなの、家畜と同じじゃないですか」


「おい、ここであんまりそういうことは」


 センがそう言った時、ガラス瓶が叩き割られる激しい音が響いた。

 振り向くと、腹の出た赤ら顔の男がのっそりとした足取りで二人に近づいてくる姿が見えた。男の目はシトリに向けられ、どこか異様な輝きを宿しているように感じられた。


「おう。おう。嬢ちゃんよぉ。さっきからずいぶんなこと、言ってくれるじゃねえか」


 シトリは思わず体を震わせたが、すぐに気を取り直して男をにらむ。


「本当のことを言っただけです」


「ほう。そうかい。そうかい。ならもう一度言ってくれよ。俺たちがなにだって?」


「家畜です! あなたたちは家畜と同じです!」


 男はにやりと笑みを浮かべ、シトリは負けじと「家畜! 家畜!」と涙目で繰り返す。

 そんなシトリの姿を見て、周りの男たちもぞろぞろと彼女のもとへ集まってきた。


「へへ、へへへへ。お嬢ちゃん。わしらも家畜だってのかい?」


「強がってそんなこと言っててもよお、本当はわしらのことが怖いんだろ? 可愛いお目々に涙がにじんじゃってるぜえ」


「今さらごめんなさいは言わねえよなあ? おじさんたちのこと、家畜呼ばわりしたんだから」


「ほれほれ。がんばってもっと声をだせよ。ほら、ほうら。へへへ」


 シトリは今にも泣き出しそうに顔を崩しているが、それでもその場から一歩も引かない。

 そろそろ助けてやるか、とセンはシトリの肩をたたく。


「そのへんにしておけ。俺たちは先を急いでるんだから」


 しかしシトリはその場を動こうとしない。なぜこんなことにこだわるのかセンにはわからなかったが、いつまでもここにいるわけにはいかないので、センは男たちに言った。


「あんたらも許してやってくれ。なにしろこいつはユヅルハの民で、世間のことをあまり知らないんだ」


 すると、群がっていた男たちの顔色が一斉に変わった。


「おい……あんた、今、なんて言った?」


「ん? ああ、だからこいつはユヅルハの民で」


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 突如、男たちの叫び声が響いた。


「ユ、ユ、ユヅル、ハ、だと……はは、た、助けてくれえええっ!」


 男たちは見るも情けない様子でばたばたとこの場から散っていった。


「おいおい、急にどうしたってんだ……あ」

 ふと、センは思い出した。

 漁民は戦時になると海兵として戦場へ派遣されるのが一般的だ。皇都の直隷地となる前までは彼らも同じことだっただろう。ただ、この漁村に来てから軍旗らしき旗は見かけなかった。普通は自分たちの勇猛さを示すために市場の入り口にでも飾っているものなのだが。

 ただ、センはつい最近、様々な軍旗を見たことがある。

 ユヅルハの漁村で。

 もしかしたら、そういうことなのかもしれない。

 彼らは直隷地になったのではなく、ならざるをえなかったのかもしれない。

 真相はわからないし、わかりたくもなかった。


「なんなんでしょうか、あの人たち……はっ、まさか私が始祖の民たるユヅルハの神官だと気づいて、恐れをなして逃げたということでしょうか」


「そう言えなくもないな。さあ、先へ行くぞ」


「もう少し休んでからにしませんか? あの人たちのおかげでひと休みどころではありませんでしたし」


「近くに露店市場を開くための広場がある。そこまではがまんしろ」


「まだ歩かなくちゃいけないんですね……」


「目的地があるだけまだマシだろ。世の中には目的地がないまま歩き続けてるやつだっているんだから」




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