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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第四章 「花々は誇り高く」
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第九話 「それは希望の象でもあり」

 生きててね、というリクの言葉が、センの頭に静かに響く。

 それを振り払うようにセンは頭を振り、夜空を見上げる。

 彼の目に映るのは、名も知れぬ無数の星々と、地上を慈しむように輝く月の姿だった。


 星読みたちは、この空を見上げて星と対話し、未来の運命を導き出し、あるいは過去の歴史を紐解くという。


 しかしセンは星読みの言葉を信じない。

 星空を見たところで過去や未来のことなどわかるわけがないと考えているからだ。

 そもそもセンには星の正体がわからない。旧世紀の人類は星々の世界にまで版図を広げたといわれているから人が住める場所ではあるらしい、くらいしかわからないのだ。


 未来のことなんて考えても意味がない、とセンは改めて思う。

 明日何が起こるかだってわからないのだ。


 ただ、予定はわかっている。なのでセンは待ち合わせ場所である大橋の遺跡へ向かった。そこまでの道と現地の様子を確認しようと思ったからだ。

 社からは一本道で距離もそれほど遠くはないが、山沿いの道であるため物陰から何が現れるかはわからない。異形の精霊が現れるかもしれないし、殺意に満ちた自警団が突撃してくるかもしれない。警戒心を緩めずセンは歩き続け、何事もなく目的地に到着した。


 それは橋というよりは道のようなものだった。聖域で歩き続けた道とほとんど同じような幅とつくりの道が海に向かって続き、崖下につくられた土台のところで途絶えている。足元に注意しながらセンは道を進み、あと一歩進めば海へ落ちるというところまで来た。眼下には暗い海が広がり、土台と崖に波が打ち寄せる音が響いている。正面を見ると、夜の闇に覆われた本州の姿が海峡を越えた先に見えた。目線を東のほうへやると、多くの明かりに彩られた神都の姿が見える。


 もはやどこにも通じていない大橋の姿は、センにとって言い表せない不安を感じさせた。


 さっさとここから立ち去ろう、と振り返った時、センはこちらに向かって歩いてくるシトリの姿を見た。寝床からそのままここまで来たらしく、白い寝間着をまとっている。

 まさかリクとのやりとりを聞かれていたのでは、と思いつつ、センはできるだけ平静さを装いながらシトリにたずねる。


「どうしたんだ、こんな夜中に」


「うまく眠れなくて、それで少し散歩でもしようかと思ったんです。セン様はどうしてここにいるんですか?」


「明日の待ち合わせ場所の下見だ。それより、夜中に一人で出歩くのはやめておけ。大祭に出る前に何かあったら、今までの苦労が台無しだからな」


 すいません、とシトリは頭を下げる。


「まさか今になって怖気づいたんじゃないだろうな?」


 ごまかすようにセンは言う。


「かもしれませんね」


 それはセンにとって意外な言葉だった。

 シトリは海峡の向こうに見える神都へ目を向ける。


「いえ、実際に怖気づいてます。不安です。不安ばかりです。こうして神都を目の前にしてみると、あそこで私に何ができるんだろうって、とても不安になります」


「そんなもんは捨ててしまえ」


 センはシトリの隣に立ち、同じように神都の姿を見る。


「ここまで来たのは全部お前の意思じゃないか。ユヅルハを守ることも、両親の遺志を継ぐことも、全部お前が決めたことだ。お前はお前の意思でここにいる。だから、不安に思うことなんか何もない。堂々としていろ。そのほうが運も味方しやすいだろ」


「そう、ですね。私は私の意思でここにいるんですから、今さら不安を感じるなんて卑怯で無責任です。今はただ、奉星の大祭で優勝することだけを考えます」


「優勝したからといって、連中がユヅルハの直隷地をあきらめるとは限らないけどな」


「え?」


「皇都が示した条件は、奉星の大祭で相当の結果を出すってことだ。相当の結果ってのが優勝とは限らない。連中は当然のように人をだます。ごちゃごちゃと理由をつけて、相当の結果には当たらないって言い出すことは十分考えられる」


「そんな……」


「ただ、連中だってお前のことを認めざるをえない場合はあるだろう。奉星の大祭には皇国全土から神官団や見物人、行商人が集まってくる。そいつらがお前の精霊舞を見て、ユヅルハにはとんでもない実力者の神官がいるってことを知り、それが皇国中に広まれば、皇都もユヅルハに手を出すことは難しくなるだろう。未承認とはいえ相当な実力の神官がいるにも関わらず、なぜ皇都はユヅルハの直隷地化を断行したのか。何かよからぬ思惑があるんじゃないかって、不審の目を向けられる。それは連中としても避けたいところだ」


 なにより、皇都が創世の神器を狙っているということが露見しかねない。そうなると、皇国における勢力の均衡が崩れるおそれがある。

 皇国は皇神を戴く皇都と、古の大精霊の封印を守護する七つの神都の連合によって成立しているからだ。


「だから、お前が勝つ可能性はまったくないわけじゃない」


 そう言いながら、センは心の中でつぶやく。

 何を言ってるんだ。俺は。

 皇都がそんなことをするわけないだろう。

 奴らはシトリを殺してでも、神器を奪いに来るはずだ。


 センには最悪の結末しか見えなかった。

 にもかかわらず、なぜあんなことを言ったのか。

 どれだけ考えても、わからなかった。


「ありがとうございます、セン様」


 シトリが感謝の言葉を口にする。

 センはどうすればいいかわからず、ただ彼女の紅い瞳を見ていた。


「万に一つでも可能性があるのなら、私はそれに賭けてみます。私は私の守りたいものを守るために全力を尽くす。それだけです」


「……そうか。だったら今日はもうさっさと寝ろ。出発は明日の夜明けだからな」


「出発ということは、神都へ行く目途がたったということですか?」


「ああ、そうだ。明日の明朝にここへ迎えの精霊がやってくる。だから早く寝ろ。明日からまた忙しくなるぞ」


「わかりました。セン様も早めにお休みになってくださいね」


 シトリは一礼し、社へもどる。

 センはもう一度大橋の遺跡の端まで歩き、足元に見える暗い海の姿を見た。

 打ち寄せる波の音が何者かの声のように聞こえたが、それだけだった。

 顔を上げ、神都のほうを見る。東西に広がる山々の麓をなぞるように、無数の明かりが広がっていた。その明かりの一つ一つに、人々の営みが照らされているのだろう。顔も名前も知らない大勢の人間が、自分と同じように生きているのだ。


 そのことが、センにはどうしても受けいれられなかった。




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