第八話 「きっと神様にもわからない」
センとカモリが夕食の席にやって来た時、シトリはすでにそこにいた。
彼女はとても満ち足りた表情をしていたので、センはうんざりするようにため息をついた。
「なんでそんなににやけてるんだ、お前は」
「えへへ、すみません。叔父様や叔母様と一緒にごはんを食べるなんてひさしぶりのことですから、なんだか懐かしくって」
「あらあら。うれしいこと言ってくれるじゃないの」
配膳をしながらミナトが言う。
「私たちもあんたと一緒に食事ができてうれしいよ。あんたが本家の社へ行ってから、今日までうちの人としか夕食はとってないからね」
「ユラは帰って来てないんですか?」
「休校期間には帰ってくるように言ってるんだけどね。勉強することも多いらしくて、もうかれこれ二年は帰ってきてないねえ」
「そうだったんですか……」
「お前、その従姉とは仲がいいんだろ? どうして帰ってきてないって知らなかったんだ?」
「えーと、それは、ですね……」
「シトリが神官になってから、あの子はシトリを避けるようになったんだよ。あの子なりに思うところもあるんだろうけどさ」
それもそうか、とセンは思う。
自分の両親が選ばれず、成人したばかりの従妹が選ばれたのだから、わだかまりが生まれても仕方ない。
「私がここで暮らしていた頃、ユラは本当に良くしてくれました」
思い出を懐かしむようにシトリは話す。
「両親が亡くなり、私も以前のように力を使うことができなくなって、すっかりふさぎこんでいました。いっそ自分も死んでしまったらどんなに楽だろうって思ったこともありました。でもユラは、そんな私にいつも寄り添ってくれました。いつかきっと私の力も元にもどると信じてくれて、祝歌や精霊舞を教えてくれました」
「あの子が皇都の学府へ行ってからも、休校期間になれば必ず帰って来たんだよ。でも、シトリが神官に選ばれてからはすっかりふてくされちゃってね」
「まあ当然だろう。学府で努力している自分を差し置いて神官になったんだから」
「天士さん、あんた正直に言うね」
「だからこそ、今度の奉星の大祭で見せてやればいいんだ。自分には神官に選ばれるだけの力があるってことを」
「……そう、ですよね。私が奉星の大祭で優勝すれば、ユラだって私のことを認めてくれますよね」
シトリの表情に明るさがもどる。そんな彼女にミナトは言った。
「そうそう。今度の奉星の大祭だけど、ユラも出場するんだよ。ついこの前、学府連合の代表団に選ばれたって報せが来たよ」
「本当ですか? それじゃ私、ユラと同じ舞台で競い合えるんですね」
「喜んでる場合じゃないぞ。自分の従姉が競争相手になるってわけだからな」
「わかっています。正々堂々と勝負して、必ず優勝してみせます!」
目を輝かせてそう語るシトリを見て、センはもはやため息をつくこともできなかった。
夜もすっかり更け、皆が寝静まった頃、センは社を出て海峡を望む舞台へ向かった。
石造りの舞台からは暗闇に染まった海と、遥か天空で輝く星々の海を一度に見ることができた。海峡の向こうには、無数の明かりに彩られた神都の姿が見えた。
「そうか。大祭の物産展はもう始まっていたのか」
奉星の大祭は一般人でも観覧が許可されている。そのため、皇国中から見物人が会場となる神都へ訪れるのだが、それを狙って行商人も多く集まるのだ。
大祭を執行する皇都側はより多くの人間の信仰心を効率的に集められるということでこれを積極的にうながし、いつからか皇都自身が物産展という形で取り仕切るようになった。
もちろん、そこで生まれた利益のいくらかは皇都の懐に入るため、彼らにとっては稼ぎどころでもあるのだが。
「あの様子なら、リクもまだ起きてるだろ」
センは地面に交信の術式の陣を描き、霊力を与えて発動させる。
やがて陣の真ん中に光の玉がふわりと浮かび上がった。
「リク。聞こえるか?」
センが話しかけると、光の玉からリクの声が聞こえてきた。
「やあセン。こんな夜遅くにどうしたの? 悪いけど今ちょっと手が離せなくてさ、急用じゃなければ明日にしてほしいんだけど」
「お前のその口調は、全然忙しくないけどこっちの相手するのが面倒だって時のもんだな」
「いやいや本当だって。物産展の品評会に出される名産品の審査委員を頼まれちゃってさ、本番までに一通り食べて評価の方針を固めておかなくちゃいけないんだ、よ」
「酒も飲んでるのか。ずいぶんといいご身分だな」
「まあそんなわけだから、話はまた明日聞くね」
「その明日のことで相談がある。そっちで太陽の使徒が暴れて、ユヅルハ行きの船が全部だめになったそうじゃないか。俺たちが神都へ行く手段は用意しているんだろうな?」
「大丈夫だよ。ホウキボシに任せるから。時間は明日の日の出頃、待ち合わせ場所は大橋の遺跡でいいかな」
「わかった。頼んだぞ」
「ただ、知っての通りホウキボシに乗れるのは二人までで、僕の視界が効くところでしか行動できないんだ。だからこっち側の大橋の遺跡まで来たら、後は歩いて神都まで来てくれる?」
「おいおい、こっちはずっと歩き通しだったんだぞ。その上まだ歩けってのか。その辺の里から神都行きの駅馬車くらい出てるだろ」
「先日の港の件があったからね。神都行きの駅馬車も今は全部止まっているんだ。いよいよ大祭が始まるから、こっちも太陽の使徒に対して厳重警戒をとってるってわけだよ」
「まったく、なんでこういう時に連中は暴れるんだ……」
「奉星の大祭は皇国の最重要国家儀式の一つだからね。皇国の打倒を掲げる連中にとっては絶好の機会なんだよ」
「迷惑な話だ。しかし、今回の計画は本当にうまくいくのか? とてもじゃないが順調に進んでいるようには思えないぞ」
「皇都は計画を続行ずるよ。創世の神器の力は絶大だからね。どんな代償を払ってでも確保したいんだよ」
「どんな代償を払ってでも、か。連中らしいな」
「不安を感じるのは仕方ないよ。僕だってそうなんだから」
「不安だけじゃない。不満もある。そもそもこういうことは最初から全部話しておけよ」
「全部話したら、センは絶対にこの計画に参加しないでしょ?」
「当たり前だ。どんなに金を積まれても、関わるわけないだろ」
「だよね。でも、今回の計画に君は必要不可欠なんだ」
「聖火の使い手だからか?」
「今のところ、聖火が使えるのは君しかいないんだ」
センはため息をつき、その場に腰を下ろす。
「……なあ、シトリには本当に、万に一つの勝ち目もないのか?」
「絶対に優勝なんかできないよ。奉星の大祭の評価基準は知ってるでしょ」
「大祭が終わった後、現実に絶望したあいつが神器を暴走させて皇国が滅びる。そんな未来しか見えないな」
「まあそうだろうね。でもさ、実際はどうなるかわからない。やってみなくちゃわからないんだ。これからのことはね」
「で、実際にやってみて、やばいことになったら、後始末は俺に押しつけると」
「頼りにしてるよ」
リクは気楽に言う。そんな彼をセンは責めることができなかった。
神器が暴走すれば、もちろんリクだって無事ではすまないことを知っていたからだ。
「なんでこんな面倒なことになっちまったんだろうな」
「ユヅルハのおいしい食べもの目当てにこの以来を引き受けたからだよ」
「まんまとお前らのエサに引っかかったってことか」
「でもさ、センはその気になればこの件から抜けることだってできるよね。僕が言うのもなんだけど、どうしてそうしないの?」
「さあな。やばい連中にシトリの行く末を見届けろって脅迫されてるからかもな」
「それってどんな人たち?」
「人じゃないな。まあ、たぶん連中も元々は人だったんだろうけど。そうだ、そのうちの一人が言ってたんだが、万象の夢ってなんのことか知ってるか?」
「さあ。わからないな」
「そうか。とりあえず、明日はちゃんと迎えに来てくれるんだよな」
「もちろんだよ。そうそう、実は今日シロと会ってさ、学府連合の中にユヅルハ出身者がいるらしくて、その人が奉星の大祭にユヅルハの神官が出るかどうかとても気にしていたって聞いたんだけど、もちろん彼女の意思は今も変わらないよね」
「ああ、それは、そうだけどさ……お前、今、シロって言ったか?」
「言ったよ。彼女も奉星の大祭に出場するからね。しかも学府連合の団長を務めているんだ。彼女も今年で卒業だし、いい思い出になるだろうね。なんにせよ元同級生としてはうれしいことだよ。センもそう思わない?」
「なあリク。とりあえず俺は死んだってことにしてくれないか?」
「君は殺したって死なないでしょ。僕もシロも知ってることだよ」
「なら、俺があいつと顔を合わせなくて済むように手配できないか?」
「無理だね。めんどくさいからやりたくないし、これも運命だよ」
「あいつは俺が奉星の大祭に行くって知ってるのか?」
「もちろん知ってるよ。だって今日そのことを話したから」
「殴り倒すぞ」
「それはこっちのセリフだよ」
リクの声に、冷静な響きがこもる。
「センもシロと真剣に話をするべきなんだよ。今日、君のことを話した時、彼女は君のことをとても心配していたんだ。昔と同じようにね。それは君だって同じはずだ。だからさっきみたいなことが言えるんだ。でも、それは甘えでもあるんだよ。これから先の未来で、君達が顔を合わせる機会はもうないかもしれないんだ。特に、今回の件はね。だから、後悔しないよう、彼女と話をするべきなんじゃないかな」
何もかもリクの言う通りなので、センは何も言えなかった。
「とりあえず、明日の明け方に迎えを送るよ。それまでちゃんと生きててよね」
その言葉を最後に、光の玉は消えた。




