第七話 「誇りと覚悟」
シトリを社の客間で休ませた後、センとカモリは祭壇の間へ向かった。
カモリは祭壇に向かって正座し、センは彼と少し距離を置いたところであぐらをかいた。
「あの様子では夕刻まで目を覚ますことはないでしょう。さて、何から話しましょうか」
「まずは神器の所在について話してもらおうか」
「天士殿はどのようにお考えですかな」
「山の神殿で秘湯に入った時、シトリの背中を見た。そこには明らかに異質な術式が刻印されていた。それが何かはわからないが、神器と何かしらの結びつきがあるものだという可能性は高い。つまり、シトリと神器が一体になっていたとしても、不思議じゃないだろう」
「なるほど。しかし根拠としては少し弱く思えますな」
「まだあるぞ。聖域の管理者はシトリの命のあり方を正しくないと言った。最初はその意味がよくわからなかったが、別れ際の会話で気づいた。あいつの命のあり方と、五年前の出来事がつながっていることにな」
「五年前の出来事といいますと?」
「シトリの両親が死んだことだ」
カモリは静かにうなずいた。
「五年前、シトリと両親は病にかかり、両親は死んだと聞いた。けど、実際に病にかかったのはシトリだけだったんじゃないのか?」
「そうお考えになるのは、なぜでしょうか」
「その当時は俺も皇都の学府にいたから、皇国で何が起こっていたのかは知っている。高い霊力を持つ者だけが発症する正体不明の奇病が各地で確認されていたんだ。発症すればほぼ確実に死に至る危険なもので、新種の霊災か、太陽の使徒の攻撃かと騒がれていたな」
「しかしそれではシトリだけではなく両親も病にかかっていたと考えるのが自然でしょう。あの子ほどではないにしろ、両親も高い霊力を持っていましたから」
「ちがうな。あいつの両親は無事だった。だからこそ、創世の神器を使って、シトリを助けることができたんだ。創世の神器の力は、この世界のあらゆるものを本来の姿へ再生させるってものなんだろ。その力で、シトリの両親はあいつの命を再生したんだ。だから聖域の管理者は、命のあり方は正しくないって言ったのさ」
「命のあり方は正しくない。なるほど。なるほど……」
「人間が精霊を使役したり術式を発動したりすれば、それに見合う霊力を消費する。創世の神器を使うなら、それこそ霊力の源である魂を消費してもおかしくはない」
カモリは祭壇のほうを向いたまま、穏やかな口調で言う。
「天士殿のおっしゃる通りです。シトリの両親は、あの子を救うために自らの魂を代償にして創世の神器を使いました」
どこからか飯を炊く匂いがただよってきた。夕食の支度が始まったらしい。
そういえば、とセンは思う。
今日はまだ、何も飯を食ってなかったな。
「神器の力でシトリは一命をとりとめました。ですが、あの子の命は完全に元通りにはなりませんでした。器と魂をつなぐことはできても、以前のように霊力を使うことができなくなったのです。あの子の尋常ではない霊力の重圧に、再生された命では耐えられなくなったのでしょう。なので命が安定するまでは霊力を一切使うことができないよう、あの子の両親は神器の力を使って封印を構築したのです」
「封印を構築? 創世の神器にそんな力があるのか?」
「神器の使用者が思い描く状態に対象を変化させる、これが創世の神器の本来の力ですから」
「本当か? それじゃ、なんでもありじゃないか」
「ええ。しかし、その代償は高いものです。結果としてシトリの両親は魂をすべて消費し、亡くなってしまいましたから」
「人一人を救うために、二人分の魂が必要になる、か。ずいぶんと残酷な取引だな。でも待てよ。シトリは霊力が使えないよう封印をかけられたんだよな。ならどうして、あいつは霊力を使うことができるんだ?」
「シトリがそう願ったからですよ。あの子はいつも、両親のような神官になりたいと願っていました。十歳になり、成人の儀を迎えた時、コロンはあの子を神官と認め、姿を変えました。それ以降、あの子は今と同じような形で霊力を使えるようになったのです。おそらく、あの子と結びついているであろう創世の神器による影響でしょう」
「封印が解かれたってわけじゃないんだな」
「おそらくは。あの子の中では二つの力がせめぎあっているのでしょう。あの子の命を守ろうとする両親の願いと、両親のような神官になりたいというあの子の願いが、それぞれ創世の神器を力の源としてぶつかりあっている、とても不安定な状態にあるのですよ」
「……その話が本当だとすると、シトリは限定的ではあれど、創世の神器の力を使っているってことになるんじゃないか?」
「おっしゃる通りです」
センはうんざりしたようにため息をついた。
「皇都の計画は知っているよな」
もちろんです、とカモリは言う。
「シトリが奉星の大祭で優勝することはありえないし、皇都がいうところの相当な結果を出すこともありえない。ユヅルハが皇都の直隷地になることは間違いないだろう。けど、それをあいつが黙って受け入れるとは思えない。あのババアが言ってたように、古の大精霊の封印が解かれる危険性は十分にある。あいつが神器の力を使えるのなら、なおのことだ。本当にこのままあいつを奉星の大祭に出場させていいのか? 破滅へ続く道なのは明らかだぞ」
「先ほども申し上げました通り、あの子が皇国を危機に陥れるようなことはありません。絶対にありません。そう、ユヅルハの神官の誇りにかけて」
「だからそれは何の根拠にもならないだろ」
するとカモリはセンと向きあい、衣を脱いで上半身を見せた。
その体を見て、センはカモリの言葉の意味を理解した。
カモリの体にはおびただしい数の聖紋が刻まれていた。
それは、山の神殿の秘湯で見たシトリの体に刻まれていた聖紋とよく似ていた。
「もし、あの子が神器を使って古の大精霊を復活させようとしたら、私はこの術式を発動させます。私の魂を代償にして、あの子の魂を消滅させます」
「……一族の誇りと責務ってのは、あいつと心中するってことか」
「そうです。あの子は生まれた時から尋常ではない霊力をもっていました。この子は必ず偉大な神官になると、一族の誰もが思いました。あの子も成長するにつれ、神官を志すようになりました。両親が亡くなってからも、その意思は変わりません。ですがそれは、言い換えれば自分以外の誰かが神官になることは望まない、ということでもあるのです。そしてその願いは創世の神器の力によって実現してしまいました」
「あいつが神官になることと、創世の神器の力にどう関わりがあるっていうんだ?」
「コロンです。コロンは神官の代替わりごとに姿を変えてきました。言い換えるなら、コロンが姿を変えなければ神官の代替わりはおこらないということです。私をはじめ一族の者たちが神官を継承するため儀式に臨みましたが、誰一人として成功しませんでした。しかし、あの子が十歳になって成人の儀を行った時、コロンは姿を変えたのです」
「……ただ、そう見えるだけって可能性もあるんだよな?」
「おっしゃる通りです。私たちの目には姿が変わっているように見えても、実際は変化していないのかもしれません。分霊の姿はその可能性を示しています。あるいは、このことはシトリの心の迷いを表しているのかもしれません。あの子もわかっているのでしょう。皇都の学府へ留学し、神官としての承認を得なければならないということは。ただ、自分が神官であることをやめてしまったら、ユヅルハは神官不在の状態となってしまう。それを避けるためには自分が神官であり続けるしかない。神官として不適格であるという自覚と、神官でありたいという思いと責任感が、あの子の心の中でせめぎあっている。私はそう考えています」
「それでもこれはシトリが進むと決めた道だ」
「おっしゃる通りです。ですが、あの子がこの道を進むと決めた背景にあるのは、あの子の強大すぎる力に無責任な期待をかけてしまった我々ユヅルハの民の」
「あいつをバカにするのもいい加減にしろ」
センは立ち上がり、カモリを見下ろす。
この時、センは珍しいことに、本当に腹を立てていた。
何に対してそこまで腹を立てているのか彼自身にもうまく理解できなかったが、怒りはこみ上げていた。
「神官になると決めたのも、両親のようにユヅルハを守りたいと思ったことも、全部あいつの意思だろう。それなのに、神器の力とか自分たちの期待とか、勝手なことを言ってあいつの心を決めつけるな。挙句あいつと心中するだと? あんたはあいつの家族なんじゃないのか。皇国を守るためなら自分の家族を殺してもいいのか? それがあんたら神官一族の誇りと責任だって言うのか。身勝手だ。あまりにも身勝手だ。あんたがその気なら、俺は今すぐあいつを叩き起こして何もかも全部話して、そのうえでこれからのことをあいつに決めさせる。そうするのが道理ってもんだ」
そこまで言って、センは何に腹を立てているのかがわかった。
シトリが置かれているこの状況について腹を立てているのだ。
自分が知らないところで、自分の意思が勝手に解釈され、勝手に運命が決められていく。
この状況が腹立たしかったのだ。
そして、その状況に自分も関わっているということに、彼は我慢できなかった。
まったく、何をやってんだ俺は。
「俺は最後までシトリに付き合うぞ。あいつが進む先に何があるか、見届けてやる。たとえ何があったとしても、あいつはそれを受けいれなくちゃいけない。それがあいつの責任だ。その時にあいつが創世の神器を暴走させたら、俺はシトリを殺す。俺が殺す。間違っても家族に殺されるなんて結末を迎えさせはしない。それがこの件に関わった、俺の責任だ」
「なぜ天士殿はそこまでされるのでしょうか。天士殿にはそこまでの義理も義務もないでしょうに」
不思議がるカモリに、センは言った。
「シトリにはメシを食わせてもらった恩がある。それだけだ」




