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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第四章 「花々は誇り高く」
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第六話 「彼らの血に宿るもの」

 聖地を後にしてしばらくたった頃、センはふと思い出したように言った。


「結局、太陽の使徒が聖地を狙った理由は何なんだろうな」


「わかりません。でも、聖地には古の大精霊の力の欠片が宿っているとも伝えられています。もしかしたらそれを狙ったのかもしれません。でも、それらしい力は今まで誰一人として感じたことがありませんし、ただの言い伝えだとは思いますけど」


「その言い伝えを信じてたって可能性もあるぞ。奴らが何を考えているかなんて、まるでわからないからな」


 太陽の使徒そのものの目的ははっきりしている。皇国を倒すことだ。

 そのためなら古の大精霊だって利用するだろうし、聖地に宿っているというその力を利用しようとしたという可能性も否定はできない。

 今回の奉星の大祭でも、彼らが動く可能性は十分にある。

 そもそも奉星の大祭とは、古の大精霊に施された封印を維持するための儀式なのだから。


「見えてきました。あれが最後の神殿です」


 シトリは立ち止まり、遠くに見える海に面した山の中腹あたりを指す。

 以前に見たことがある旧世紀の橋の橋脚が山から海にかけて連なっていて、それらの上に道路らしきものが通っていた。道路は本州に向かって伸びていたが、海の上を通る直前のところで崩れ落ちていた。


「あれは旧世紀にかけられたと言い伝えられている、海峡大橋の遺跡です。そして遺跡の手前に見えているのが海峡の神殿です」


「……山を登れってことか?」


「あと少しです。目で見えるところまで来たんですから」


「目で見えるからって近いってわけじゃないだろ。月や星だってそうだろうが」


「あきらめてはいけません。旧世紀の人たちは月や星の世界にまで版図を広げたのですから」


 そう言ってシトリは元気に歩き出す。


「旧世紀の連中は、本当に余計なことしかしてないな……」


 センはため息をつき、仕方なく歩きはじめた。

 海岸沿いの道から山道へ進み、神殿を目指して登っていく。センの息が乱れ始めたところで神殿に到着した。

 神殿がある場所は、小高い山の頂上を削ってつくられた広々とした平地だった。おそらくここも旧世紀につくられたのだろう。そこからは橋の遺跡と海、そして本州の姿が見えた。平地の中央部には社が建ち、その隣には石造りの円形の舞台があった。儀式を行うための祭壇だろうか。

 舞台の上には神官装束をまとった人物が二人いた。一人はミハラと同じくらいの年齢の男性で、細身の体と理知的な眼差しから学者のような雰囲気が感じられる。もう一人は若い女性だった。男性とは対照的に力強さを感じさせる明るい表情を浮かべ、シトリのほうを見ている。


「カモリ叔父様、ミナト叔母様!」


 シトリは二人に向かって走り、飛びつくようにカモリに抱き着いた。


「おお、シトリ。よくここまで来たね。少し見ないうちに大きくなったじゃないか」


 カモリはシトリを優しく抱きしめる。


「本当に久しぶりね、シトリ。成人の儀以来じゃないの?」


「はい。お二人ともお元気そうでなによりです」


 再会を喜びあう彼らに対し、センはどことなく居心地の悪さを感じていた。


「そろそろ分霊の儀式を始めたほうがいいんじゃないか? 神都行きの船に乗り遅れたら元も子もないぞ」


 するとカモリはセンに向かって微笑みながら言った。


「ご安心ください天士殿。船に乗り遅れることはありません。神都とユヅルハを結ぶ船は、先日に神都で起こった太陽の使徒の襲撃によってすべて破壊されてしまいましたから」


「……おい、笑えない冗談はよせ」


「本当に笑えない冗談ですな。太陽の使徒は何を考えているのかわかりません」


 カモリは微笑みを崩さない。


「え? え? じゃ、じゃあ、私たちはどうやって神都へ行けばいいんですか?」


「安心しなさい。今、港の番人たちに頼んでいる。ちょうど運よく先日捕獲したショウグンカイリュウがまだ生き残っているから、それに漁船をひかせて神都へ渡ればいい」


「よかった。じゃあ大丈夫ですね」


「全然大丈夫じゃねえよ。ショウグンカイリュウなんてもんに船を引かせて神都の港に乗り込んでみろ。水軍の総攻撃を受けて沈められるのがオチだぞ」


「ですがセン様、他に方法がない以上、やるしかありませんよ」


「とにかく、神都へ渡る方法は俺が何とかする。一応あてはあるからな。それよりお前はさっさと分霊の儀式を始めろ。これ以上厄介事が増える前に、仕事をすませるんだ」


「それもそうですね。では、いってきます」


 石造りの舞台へ向かおうとするシトリに、ミナトは言う。


「奏者は私が務めましょう。あと」


「大丈夫だよ、ミナト叔母様。私一人でもできるから」


「どうして? 奏者の祝歌がないと、精霊舞はずっと難しくなるって知ってるでしょ?」


「うん。でも、奉星の大祭には私一人で出なくちゃいけないから、だから私だけの力でどこまでできるか、試してみたいの」


「そういうことなら、やってごらんなさい。でもその前に、あなたに渡しておきたいものがあるの」


 ミナトはシトリの手を握り、社へ連れていく。


「それで天士殿。神都へ行く手立ては大丈夫なのですか?」


「なんとかなるさ。シトリが奉星の大祭に出場しなかったら困る連中がたくさんいるからな」


「たしかに。なにしろ皇国の存亡がかかっていますからな」


「やっぱり知っていたのか」


「もちろんです。ですが御安心を。奉星の大祭での結果がどうであれ、皇国が危機に陥ることはありませんから」


「それは、初耳だな。根拠はあるのか?」


「もちろんですとも」


 カモリは石造りの舞台へ向かって歩き出す。センも彼の後に続いた。


「あの子は私と同じ、ユヅルハの神官です。その誇りと責務にかけて、皇国を危機に陥れることは絶対にありえません」


「説明になってないぞ」


「立場や血統が、その人間の意思を決めるのです。天士殿も皇都から依頼を受けたという立場があるからこそ、今回の計画に参加しているのでしょう?」


「俺は連中にはめられただけだ。退くに退けない状況にはめられたのさ」


 二人は舞台の手前まで来る。舞台の向こう側は切り立った崖になっていて、波が砕ける音がかすかに聞こえた。


「例えるなら、今の俺はこういう状況だ」


 センは崖っぷちに立つと、海を背にしてカモリと向きあい、大きく両手を広げる。


「なるほど。ですが、天士殿ならそこから正面に向かって進むことはできるはずです。聖火の力を持つ以上、皇都も天士殿にはうかつに手出しできないでしょうから」


「俺にとっても皇国は必要なんだよ。国が滅びたら、のんびりメシも食えなくなるからな」


「ごもっともです。世の中が平穏でなければ、落ち着いて食事はできません。飢えに苦しむこともなく、今日の糧をめぐって争うことも、明日の糧を考えて不安に苛まれることもない。そんな世の中になってはじめて、我々は食事を楽しむことができるのですから」


「いや、そこまで深く考えてたわけでもないんだけどさ」


「どうですかな。おや、準備ができたようですよ」

 カモリは社へ目を向ける。そこには、身の丈に会っていない神官装束を身にまとったシトリの姿があった。大人の衣服を身に着けて遊んでいる子ども、という感じだ。なんともみょうちきりんな様だったが、なぜか本人は得意げな表情を浮かべている。


「どうしたんだ、その格好は」


 センがたずねると、シトリは「ふふん」と胸を張る。


「これはですね、私の母が着ていた神官装束なのです。ミナト叔母様がいつか私にと大切に保管して下さっていたんですよ」


「なるほど。これなら神おろしをすれば、ちょうど体に合うだろうな」


「そうですね。でも不思議です。どうして神おろしをすると体も大きくなるのでしょうか」


「さあな。それより早く儀式をすませてこい」


 わかりました、とシトリはコロンを抱きかかえて舞台へ向かう。


「あいつ、自分が神おろしをすると母親そっくりの姿になるって気づいてないのか?」


「ええ。ですが、その方がよいでしょう。もしあの子がそれに気づいてしまったら、なぜそんなことになるのかと思い悩むでしょうから」


 シトリは舞台の上に立ち、神おろしをする。

 その姿を見て、やはりとカモリは言った。


「本当にそっくりです。まるで生き写しのようだ。あの子の母親が生き返ったと思えるほどですよ」


「獣の耳と尻尾が生えてなきゃ、そうだと言われても納得できるな」


 するとカモリは不思議そうに首を傾げた。


「獣の耳と尻尾、ですか? 私には、そのようなものは見えませんが」


「俺には見えてるぞ。まあ、同じものを見ていても、ちがう姿に見えるのはよくあることだ。特に精霊がからんでいることは」


「そうですね。たとえ同じものであっても見る者の心のあり方次第でその目にどう映るかは変わるものですから。もちろん、見られる者の心のあり方によっても変わりますし」


 二人が話しているうちにシトリは精霊舞を終え、新たな分霊を生み出した。

 分霊の姿は、今までと同じく先代の神官の時のコロンだった。

 ただ、見ている者にはそう見えるだけで、本当はちがう姿なのかもしれない。


「……なるほど。奏者の祝歌無しで精霊舞をやり遂げ、分霊を生み出す。やはりあの子は特別なのでしょうな」


 ほどなくして神おろしは解かれ、シトリは仰向けに倒れた。


「毎度毎度のことだけど、これさえなければ文句なしなんだけどな」


「仕方ありません。これは創世の神器と結びついた代償のようなものですから」


「どういうことだ」


「天士殿もわかっておられるのではありませんか?」


 カモリはセンと向きあう。出会った時から、彼の顔は微笑みを浮かべたままだった。


「とりあえず、シトリを社へ運びましょうか。話はそれからということで」




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