第三話 「朝の一撃」
名も知れぬ鳥の鳴き声が、朝の訪れを告げる。
暖かで優しい香りが、センを眠りの世界から呼び覚ます。
体を起こすと、管理者がお茶の用意をしている姿が見えた。
窓からは朝の光が差し込み、部屋にはお茶の豊かな香りと朝の新鮮な空気が満ちていた。
「そんなところでよく眠れたものね」
管理者は陶器の器にお茶を注ぎ、机の上に置く。
「貴方が眠る部屋も用意していたのに」
「どこで俺は眠ればよかったんだ?」
「彼女と同じ部屋よ」
「……結局、ここで眠ることになるな」
でしょうね、と管理者は言う。
それから間もなく、シトリが部屋に入って来た。
「おはようございます。今日もいい天気ですね。素敵な一日が始まりそうです」
センはため息をつく。昨夜のことなど、まるで気づいていないらしい。
「おはよう。ちょうど今お茶が入ったの。温かいうちにどうぞ」
ありがとうございます、とシトリは椅子に座り、お茶を飲んだ。
「どうかしら」
「おいしいです。でも、なんでしょうか。昨日とは少しちがうような気がします」
「どんなふうにちがうと感じたの?」
「昨日のお茶は心が安らぐような味がしました。でも、このお茶は元気がわいてくるような、そんな感じの味がするんです」
「使っているお茶の葉は同じものよ」
「そうなんですか?」
「ええ。けど、淹れ方を変えているの。朝は一日の活力を養うために、夜は一日の疲れを癒すために、お茶の葉から得られる成分が異なるように淹れているの」
「なるほど。どうりで昨日はぐっすり眠れたんですね」
「いい夢は見られたかしら」
「夢は、見ませんでした。そういえば、もう何年も夢らしいものを見ていませんね」
「最後に夢を見たのはいつかしら」
「わかりません。でも、髪が白くなってからは一度もないと思います」
「人間はね、眠ると必ず夢を見るものなのよ」
管理者も自分の器にお茶を注ぎ、ひと口飲む。
「心がある限り、人は必ず夢を見るわ。夢を見ていないと思うのは、目覚めと同時に夢の記憶を忘れているだけなの」
「そうなんですか。ところで、管理者さんはどんな夢を見るんですか?」
「私は人間ではないから、夢を見ることもないわ。ただ、私にとっては今この時が夢と言えるのかもしれないわね。こうしてここにいることが……」
「え? いやいや、今この時は現実ですよ。夢じゃありません」
ですよね、とシトリはセンに同意を求める。
「どうかな。ここが現実だって確証は、どこにもないんじゃないか?」
「ええっ? な、何を言い出すんですか?」
「もしかしたら、ここはお前が見ている夢の世界かもしれない。お前の目の前にいる俺たちだって、お前の心が作り出した幻にすぎないかもしれない」
センが調子しゃべっていると、管理者は席を立ち、彼の隣に来て、彼の顔面に拳を叩きつけた。
あまりに突然で、攻撃の気配など微塵もなかったため、センは完全に無防備の状態で拳をくらい、仰向けになって倒れた。
「て、てめえ、いきなり何を……」
「夢なら痛みはないと聞くけれど、どうかしら」
「痛いに決まってんだろ。ここは現実なんだぞ」
「というわけよ」
管理者はシトリに顔を向ける。
「ここが現実であることを、彼は身をもって証明してくれたわ。でも彼自信はまだ寝ぼけているみたいだから、眠気覚ましに顔を洗わせてくるわね」
管理者はセンの腕をつかみ、家屋の外へ連れ出す。
周囲に聞き耳を立てているものがいないことを確かめると、彼女は声をひそめていった。
「何を考えているの。彼女を不必要に困惑させたらどうなるか、わかっているでしょう」
「たしかに。今になれば、不思議だ。どうしてあんな不用意なことを言ったんだ……」
「どうやら私の想像以上に、貴方たちは影響を受けているようね」
「影響?」
「万象の夢による影響よ。すぐにここを出発したほうがいいわ。彼女にもそう伝えなさい」
管理者は花畑のほうへ歩き出す。とりあえず、センは彼女の言葉に従うことにした。
ここはたしかに現実だ。
しかしここが、現実離れした世界であることもまた事実なのだ。




