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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第四章 「花々は誇り高く」
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第一話 「歪められた命」

 柱時計は規則正しく時を刻んでいる。

 その音を聞いているうちに、センの頭に妙な考えが浮かんだ。


 人間が発明したものの中で、最も人間的な発明は時計ではないだろうか。


 なぜそんな考えが浮かんだのかはセンにもわからない。深夜に正体不明の何者かと顔を向かい合わせている異様な状況のせいかもしれないし、神器の力で生み出された奇怪な精霊たちが放つ異様な気配のせいかもしれない。あるいはその両方か。それともまったくの無関係か。

 結局、本当のところは、わからない。


「あの精霊たちを恐れる必要はないわ」


 管理者は机に両肘をついて、優雅に指を組む。


「あれは心の残滓と、あり方を失った命の欠片が合わさったものでしかない。だから貴方たちが自分の心と命のあり方を見失わない限り、危害を加えられることはないわ」


「あんたがさっきから何を言ってるのか、俺にはさっぱりだ。心だの命だの、そんなよくわからないものについてあれこれ言われても、まるで理解できない」


「貴方はこれまでの人生で、自分の心や命について考えたことはないのかしら」


「そんなもんを考える余裕なんてなかった。その日その日を生きるのに必死だったんだ」


「生きるという行為に必死で、生きることの根幹である心と命について考えたことがない。なんとも滑稽な話ね」


 そいつはどうも、とセンは腕を組む。


「霊力を生み出すものは何か、知っているかしら」


「魂だ。それくらいは知ってるさ」


「そう。魂は生命体の霊力の源となる存在で、肉体という器と結びつくことにより生命活動を維持できる。これが生きているという状態よ。それじゃあ、魂と肉体を結びつけているものは何かしら」


「改めて聞かれると、うまく答えられないな」


「それが命よ。命が魂と肉体を結びつける絆の役割を果たしているの」


「なるほど。たしかに昔から、命が尽きるとか命を失うとか言うからな。どっちも死についての言葉だ。命がそういうものなら、的確な表現だ」


「遠い昔から、人間には本能的にわかっていたのでしょうね。では、もう一つ聞きましょう。心とは一体、どういうものかしら」


「……あんたは哲学的な問いが好きなんだな。こんなところに一人で暮らして植物の世話ばっかりしてるから、頭が少しおかしくなったんじゃないか?」


「窓の外に放り出されたいのかしら」


「それが心ってやつなんじゃないのか?」


「あら。何も考えてないようで、ちゃんと考えているのね」


「これでも十八年生きてきたからな」


 十八年、と管理者はつぶやく。


「どうかしたのか?」


「……いえ。話の続きをしましょう。心とは、魂と器のあり方に相互に影響を与えあうものなの。心が強くあれば魂は輝きを増し、器は壮健になる。逆に心が弱くなると命は輝きを失い、器は脆くなってしまう」


 なるほど、とセンはうなずく。


「心のあり方によって、魂と器のあり方や生命の価値は大きく変わる。だから心のあり方が正しくあるよう務めなければならない。それが、正しく生きるということなのよ」


「なんだか、宗教みたいな話だな」


「私が学校で教わったことよ」


「学校?」


「先生が教えてくれたわ。この世界は過去から現在に至るまでに生きてきた全ての人々の心によってつくられているの。人間は生きたいと思った。より良く生きたいと思った。だから人間は集団をつくり、助け合い、より良く生きることを目指した。外敵から身を守るため武器を作り、豊かになるため産業を発展させ、集団の秩序を維持するために法を定めた。やがて人間は国家とよばれる集団をつくり、国家同士が衝突する戦争も起こるようになった。人間は何度も何度も戦争を繰り返し、けれどそのたびに過ちを認め、再び歩き出した。より良く生きるために。それが実現できる、世界を目指して。そして、長い歳月をかけて、世界は一つとなり、世界国家が誕生した。そう。今あるこの世界は、この世界に生きてきた人々の心の集大成なのだ、と」


 管理者が何について話しているのか、センにはほとんど理解できなかった。


 学校? 先生?

 どうしてそんな言葉が出てくるんだ。

 それじゃまるで、あんたがもとは普通の人間だったみたいじゃないか。


 もっとも、センはその可能性を全て否定するつもりはない。

 先ほど管理者が見せた顔がそう思わせた。


 あれは、普通の人間が思い出を懐かしんでいる時に見せる顔だ。


「まあ、一理ある話だとは思うぞ。この世界は人間の心の集大成っていうのは、納得できる。ただ、それならこの世界は人間の欲望や憎悪で成り立っている、とも言えるんじゃないか?」


「貴方の言う通りよ。だから、かつての世界は滅びてしまった。神都に封印されている大精霊の話は知っているかしら」


「前にシトリから聞いた。なんでも、人間の願望を対価なく聞きすぎて、暴走したらしいな」


「そう。今はそう伝えられているのね」


「ちがうのか?」


「彼らは自分の心を見失ってしまったのよ。あまりにも無制限に人間の願望を受けいれすぎたために、自分の心が他者の心に押し潰されてしまったの」


 管理者は立ち上がり、窓のそばへ行く。

 センには彼女が窓の外を見ているというより、窓に映った自分の姿を見ているように思えた。


「生きる者の最大の尊厳にして最大の義務は、心のあり方を正しくすることなの。心が正しいあり方を失えば、どんな悲劇が起こるかわからない。他者の命を奪うこともあるし、自らの命を断つこともある」


 管理者は窓に背を向け、センと向きあう。


「万象の夢と成り果てた者たちは、その尊厳と義務を放棄したの。ただ生存し続けるためだけに、生きることの本来の意味を失ってしまった。もはや彼らには器も魂も意味を成さない。歪な悪夢の断片みたいに、ただ邪悪な意思が渦巻いているだけ。けれどそれは貴方たちにとって無関係なことではないの。聖火を使える貴方と、創世の神器と結びついている彼女にとってはね」


「シトリがどういう存在なのか、あんたはやっぱり知っているんだな」


「だから言ったのよ。命のあり方が歪んでいるって」




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