第十八話 「毒を食らわば」
管理者の家は花畑を一望できる高原の頂上に建っていた。丸太を積み重ねてつくられた異国風の家屋で、三角形の屋根からは煉瓦造りの煙突が見える。よくもまあこんな場所にこんな凝った造りの家を建てたものだとセンは少し呆れた。
「かわったつくりの家ですね。なんだか可愛い感じがします」
「ログハウス、というものらしいわ。海を隔てた先にある大陸で見られる家屋よ」
「管理者さんは舶来のものがお好きなんですね」
「そうね。ここの草花たちも、ほとんどは大陸からやってきたものだから」
管理者は二人を家の中へ通す。シトリは下足を脱ごうとしたが、管理者はそのままでいいと言った。下足のまま家に入ることにシトリはかなり拒否感があったが、センは普通に入っていったので、彼女のそれにならった。
家の中にある家具も、ほとんど異国のものだった。天井に吊るされた洋灯は橙色の光で室内を照らし、木製の机や椅子はその光を受けて落ち着いた雰囲気を醸し出している。壁際には大きな柱時計が置かれており、その両隣にはいくつもの本棚が置いてあった。そこには色とりどりの背表紙が並んでいて、ほとんどは異国の文字で題名が書かれていた。そして、本棚の上や部屋の隅などありとあらゆる場所に小さな鉢植えがあり、様々な種類の草花が育てられていた。
家の中の様子を見て、センは人間の生活の気配を少しも感じなかった。
例えるなら絵画の題材として用意された家の模型、という感じだった。
「座っててちょうだい。今、お茶を淹れてくるから」
管理者は台所へ向かい、二人は椅子に座る。椅子は足が床につかないほど高く、センは足を揺らしながら机の上で腕を組んだ。シトリは下足を脱ぎ、小さく息をついた。
「なんだか、不思議な場所ですね」
「そりゃそうだろう。聖域の管理者とかいう、得体の知れないやつの住処なんだから」
「でも私、こういう場所って好きかもしれません。セン様はどうですか?」
「見ている分には面白いけど、植物のにおいがきつくてかなわないな」
センは改めて部屋の中の様子を見る。この家では植物を原料に香料や薬品をつくっているらしく、様々な器材を納めている大型の棚や作業台、空のガラスの小瓶などが見えた。
しばらくして、管理者がもどってきた。舶来品の陶器の器を二人の前に置き、濃い紅色のお茶を注ぐ。
「初めて見る色の茶だな。どういう銘柄なんだ?」
「ここで育った香草と薬草を調合してつくったものよ。飲むだけで心身の疲れを癒してくれるわ」
「ほう。それはありがたいもんだな」
ではさっそく、とセンはお茶を飲む。
が、ひと口含んだ瞬間、彼は椅子から転げ落ち、のたうち回った。
苦かった。それこそ舌が腐り落ちるのではないかと思えるほどに、苦かったのだ。
あまりの衝撃に口をまともに動かすことができず、吐き出したくても吐き出せない。
仕方なく、センは覚悟を決め、口の中のお茶を一気に飲み込んだ。
「セン様? 大丈夫ですか?」
シトリが声をかけるが、センは何も答えられない。それでも管理者には文句のひとつでも言ってやろうと、気力を振り絞って立ち上がる。
「てめえ、何を、飲ませやがった」
「私が調合したお茶よ。残念だけど、口に合わなかったようね」
管理者は椅子に腰を下ろし、自分の器にお茶を入れ、優雅な仕草で飲む。
「さあ、貴女も冷めないうちに」
管理者に言われ、シトリは覚悟を決めて一口飲む。
「……あれ? おいしい」
「おいおい、嘘だろ」
「だから言ったでしょう。貴方の口にあわなかっただけだって」
センは椅子に座りなおし、器に残ったお茶の香りをかぐ。独特の刺激臭を感じ、先ほどの強烈な苦みが口の中によみがえった。
「どうしても飲めないのなら、処分するけど」
「あいにくだが、毒を食らわば皿までってのが俺の信条だ」
センは味や香りを感じないよう息を止め、一気にお茶を飲み干した。
「無粋ね。お茶は丁寧に味わって飲むものよ」
「あいにくと、口にあわなくてね」
「無粋なうえに不器用な生き方ね」
管理者はお茶を一口飲み、シトリに目を向ける。
「旅の途中で貴女は奏者を失ったと聞いたわ。それでも奉星の大祭へ出るのかしら」
「はい。それがユヅルハの神官としての務めですから」
「奏者がいないのよ。どういう結果になるか、わかっているでしょう」
「結果が出るまで結果はわかりません」
「いっそのこと、あんたが奏者になってやればいいんじゃないか?」
「私はここを離れないわ。彼らを置いていくわけにはいかないから」
管理者は机の上で両手を組み、目を閉じる。
「貴女に覚悟があるのなら、自分が信じた道を進むといい。その道の先には貴女が求めているものがきっとあるはずだから」
柱時計の鐘が鳴る。夜はだんだんと深まっていく。
「寝室へ案内するわ。貴女はもう休んだほうがいいでしょうから」
管理者はシトリを連れて部屋から出る。階段を上っていく足音が聞こえたところでセンは椅子の背もたれに体を預け、ため息をついた。




