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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第三章 「巡礼の路」
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第十九話 「華やかな歪みの果てに」

 管理者が用意したお茶を飲んだおかげだろうか。センが今まで感じていた心身の疲れはいつの間にか消えていた。不思議なことに空腹感もない。

 だからこそセンは奇妙な感覚に囚われていた。

 夢の途中で目覚めた時のような、現実感を失った感覚が意識に潜り込んでいた。


「まったく、妙なところに来ちまったな」


「そう感じているのは、貴方が奇妙な存在だからよ」


 センが気づかないうちに、管理者は部屋にもどっていた。


「……あんただって、十分奇妙な存在だろ」


「そうね。ところで聞きたいことがあるの。ここで生きている草花たちのことを、あなたはどう思うかしら」


「どうでもいいさ。俺にとって重要なのは、食えるか食えないか、うまいかまずいかだけだ」


「聞き方と聞いた相手が悪かったようね。質問を変えましょう。ここで生きている草花たちは世間一般の感覚でいうと、どう思われるかしら」


「世間一般の感覚なんてわからないし、わかりたくもない」


 センは頬杖をつき、管理者と向きあう。


「聞きたいことがあるなら、素直に聞いてくれ。でないと俺も答えられない」


「ここの草花を、美しいと思う?」


「ああ。きれいだ」


 そう、と管理者はうなずく。しかしその表情は、どこか寂しげだった。


「あんたが大切に世話してきたんだろ。どうしてそんな顔をするんだ」


「私はただ、彼らの命のあり方を確かめたかっただけ」


「あんたの言うことはよくわからないな」


「彼らの命のあり方は、彼らが望んだものではないの。美しい姿も、鮮やかな色彩も、豊かな香りも、人間への恩恵ともいえる効能も、すべて人間の手によって意図的につくられたものでしかない。長い歳月をかけて幾世代にもわたって交配と改良を重ね、その過程で多くの種が未来を断たれ、ただ人間の願望と欲望を満たすためだけに遺伝子が書き換えられ、そうして彼らは本来の命のあり方を失ってしまった」


 センには管理者が何の話をしているのかうまく理解できなかった。

 それでも、管理者がここの草花を愛していることと、人間に対し少なからず憎悪を抱いていることはなんとなくわかった。


「彼らの姿は人間の業を現した姿でもあるの。それでも彼らは生きている。天から授かった生をまっとうするために」


 管理者はセンの目を見る。シトリと同じ緋色の目が、センの姿をとらえる。


「私は命のあり方を見ることができる」


「最初にあんたが俺やシトリに言ったことは、どういう意味なんだ」


「そのままの意味よ。命のあり方はゆがんでいる。貴方の場合、聖火がその証といえるわ」


「……俺のことはいい。それよりシトリだ。どうせあんたも大体の事情は知っているんだろ」


「彼女には封印が施されている。とても強力な封印で、そのために彼女は本来の力を発揮することができない。けれど、その封印があるからこそ、彼女は命の形を保ち、こうして生きていられる」


「その封印は、誰が何のために施したんだ」


 管理者は無言のまま首を振る。


「シトリは神器と結びついている。そのことと封印は何か関係があるのか?」


 管理者は首を振る。


「もし、その封印が解かれたらどうなる」


 首を振る。


「シトリと結びついている神器が暴走すれば、古の大精霊が復活するかもしれないんだ。そうなったらここも無事じゃすまない。知ってることは全部話したほうがいいぞ」


「貴方に話すことで、何か意味はあるのかしら」


「そういうことか、と俺が納得できるくらいだな」


「なら、話すことは何もないわ。それより貴方の対価について話しましょう」


「繰り返すが、人間の常識の範囲で頼むぞ」


「奉星の大祭が終わるまで、彼女のそばにいなさい。それが貴方に求める対価よ」


「そんなことでいいのか? 俺は最初からそのつもりでいたから、べつにかまわないけど」


「やはり彼女のことが気になるのね。似た者同士だからかしら」


「俺とあいつは全然似てないぞ」


「似ているのは、命のあり方よ」


 管理者は飲み残していたお茶を一口飲む。


「どんな形であれ、この世界に生きる命は生を全うするべきなの。ここで生きる彼らもそう。歪められた命であっても、今この時を懸命に生きて、次の世代へ命を繋ごうとしている。そんな彼らを私は守りたい。だから私はここにいる」


「ずいぶんと立派な考え方だな」


「いずれ貴方も誰かの命に対してそう思える時がくるでしょう」


 どうだか、とセンが言った時、彼は異様な気配を感じた。

 例の精霊の気配だ。

 それも単独ではない。この家屋を取り囲むように、多くの気配が感じられた。


「彼女が眠ったようね」


「どういうことだ? あんたはあれがどういう存在なのか、知っているのか?」


「あれは『万象の夢』に近い存在よ」


「万象の、夢」

 その言葉をセンはどこかで聞いたことがあった。

 しかし、いつ、どこでそれを聞いたのかはわからなかった。


「人間が真に恐れるべきは自分自身の心なの。最も身近にあって、故に見失いがちになる。時として他者の心を理解し、従えることのほうが容易だと思えるほどに、自分の心はわからなくなる時があるし、心の主従関係が逆転することもある。特に夢はそう。自分の意識がおよばないところで、自分自身も恐れを抱く独自の世界をつくりあげてしまう。今、現れているのは、彼女の夢の断片のようなものなのよ」


「それはつまり、あの精霊はシトリの心の一部ってことなのか?」


「そう思ってもまちがいではないでしょうね。人間は心の内に様々なものを抱くわ。それは希望であったり、恐怖であったりする。もちろんそれらがせめぎ合うこともあるわ。あの精霊は彼女の心のせめぎあいによって生まれたものでもある。けれどそれは、正しいことでもあるのよ。自分の心と真剣に向きあっているという証なのだから」


 管理者は窓へ目を向ける。

 窓の向こうには、ひとかけらの明かりもない暗闇だけが見えた。


「自分の心と向かいあうことは、心を持つ者の義務であり、権利でもある。心のあり方を変えられるのは、結局はその持ち主だけなのだから」


 けれど、と管理者は口元に笑みを浮かべる。窓のガラスに彼女の笑みが浮かぶ。

 その笑みを見た瞬間、センは恐怖を感じた。

 理屈抜きの、純粋な恐怖だった。


「万象の夢と成り果てた者たちは、この世界の心を支配しようとした。そして、世界のあり方を大きく変え、取り返しのつかない歪みをもたらし、自分たちもまた無様に歪んでしまった」


 管理者はお茶をひと口飲み、センに目を向ける。


「私は万象の夢を心から憎んでいる。でも、憐れんでもいるの。やり方はあまりにも非道であったとはいえ、彼らもここで生きる草花たちと同じように、自分たちの生を全うしようとしただけなのだから」




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