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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第三章 「巡礼の路」
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第十五話 「異界への道で」

 コロンの後を追って、センは山道を進む。

 しばらくすると、段差らしきものが続く緩やかな登り坂が見えた。山道を削ってつくったというより、長い年月をかけて階段が山と融合していったという感じだ。

 山道はセンの感覚を狂わせるかのごとく、登り坂と下り坂を繰り返した。やがて、山の斜面を開削してつくったと思われる広々とした道に出た。騎兵の部隊が横に列をなして行進できるくらいに幅が広い。道の表面は濃い灰色の粘土らしきもので覆われていて、表面のいたるところには亀裂が生じ、そこには力強く生えている草花のたくましい姿が見えた。


 コロンは迷うことなく道を進む。

 そして、巨大な洞窟の手前で歩みを止めた。


 それは実に奇妙な洞窟だった。入り口の穴は人工的につくられたものらしく、正確な半円の形をしていた。周囲の壁は無数の蔦で覆われているが、その奥にはたくさんの煉瓦を積み重ねたような姿の壁が見える。洞窟の奥には出口らしき光が見えたが、そこに至るまでの道は完全な暗闇に閉ざされていた。


 洞窟の正面に立った時、センは得体の知れない気配を感じた。


 それは不吉なものではなかった。戦いを前にした時に感じる緊張感ともちがう。理屈抜きで生まれる恐怖心でもない。

 ただ、とてつもなく嫌な気配、としか表現のしようがないものだ。


「ここが聖域の入り口だっていうんなら、誰も近づかないだろうな」


 洞窟への一歩をためらうセンにかまわず、コロンは先へ先へと進んでいく。


「まあ、ここなら例の精霊も出てこないだろ」


 センはシトリを背負ったまま、洞窟の中に入る。その瞬間、彼は異様な寒気を感じた。冷たくて重みのある空気が体内へ一気に入り込み、かび臭い冷気が血の巡りに混じって全身に行き渡るような、おぞましい感じのする寒気だった。

 センは体をふらつかせるも、力を振り絞って踏ん張る。

 意識と体の感覚にわずかなずれを感じるが、一歩ずつ確かめるように前へ進んだ。

 それでも、水の中を進むように体が思うように動かない。


 早く、ここを出ないとな……


 コロンは何事もないように先へ進んでいく。暗闇に満たされた洞窟の中にあっても、その姿ははっきりと見えた。センはコロンを目印に進む。


 前へ進んでいることはたしかだ。


 だが、進めば進むほど出口は遠ざかっているように、センは感じた。

 前へ進むにつれ出口までの距離が少しずつ明確になり、あとどれくらい暗闇の道を進まなければならないかがわかってしまう。

 予測できる暗闇の道の長さが、彼の心を圧迫していた。


 どうして、自分は、こんな場所を歩いているのだろうか。


 センは歩みを止める。

 洞窟の真ん中あたりまで来たのだろうか、彼が立っている場所からは出口の光と入り口の光がちょうど同じくらいの大きさに見えた。光の先にあるであろう景色は見えず、ただ光だけが見えている。センには自分の体を見ることすらできなかった。

 それでも、前を行くコロンの姿ははっきりと見えた。


 その姿が次第に遠ざかっていく。

 しかし、センはそこから動けなくなった。


 どうして自分はこんな場所にいるのか。


 自分に問いかける。問いは何度も何度も彼の頭に響きわたる。

 そのたびに、センの意識は風に吹かれた砂絵のように形を失っていく。


 どうして。


 問いが頭に響く。暗闇の中、かすかな光さえ失おうとしている。それをなんとも思わない。

 自分が目覚めているのか眠っているのかすら、センにはわからなくなってきた。


 その時だ。

 彼は背中に熱を感じた。

 それはシトリの体温だった。


 彼女の温もりと、鼓動が、センの意識を現実に繋ぎとめた。

 シトリの鼓動はなんとなくうそくさい感じがした。もっとも、センがそう感じただけかもしれない。そもそもセンは人の鼓動を感じたことがほとんどないのだから。それでも、シトリのぬくもりは間違いなく本物だと確信できた。そのぬくもりが、センには失ってはならない大切な標のように思えた。


 そうだ。俺は俺の成すべきことを成すしかないんだ。


 前へ進め。

 進め。進め。


 センは再び歩き出す。入り口に見える光はだんだん小さくなり、出口に見える光はだんだん大きくなる。もはやセンは、前へ進むことに疑問を持たなかった。

 あと少しで出口にたどり着くというところまで来た時、シトリが目を覚ました。


「……セン、さま?」


「目が覚めたか。あと少しでここから出られるぞ」


「あ、あの、私、歩けます。もう大丈夫です」


「俺はな、毒を食らわば皿までって言葉が好きなんだ。どうしてだと思う?」


「わかりません。ていうか、言葉通りのことをしたら死んでしまいますよ」


「その通りだ。でもな、せめて死ぬときくらいは腹いっぱいになって死にたいじゃないか」


「……おかしな人ですね」


「やっとわかったか」


 シトリは笑う。センも笑う。

 コロンは前へ進み続ける。

 やがて彼らは洞窟の外へ出た。そこから先は、洞窟に入る前と同じような道がずっと続いていた。道は山の中腹の斜面に沿ってつくられており、道の右手には青く澄んだ海が眼下に広がり、左手には新緑に色づいた山々が見えた。

 センはシトリを下ろし、その場に座り込む。ゆっくりと呼吸を繰り返し、洞窟の中で体に入り込んだ嫌な空気を吐き出して、新鮮な空気を取り込む。


「少し、休ませてもらうぞ」


「大丈夫ですか?」


「たぶんな。それにしても生きた心地がしなかったぞ」


「無理もありません。なにしろ『禁』を通ったわけですから」


「禁?」


 はい、とうなずき、シトリは洞窟を指さす。


「聖域へ通じる道のことです。ユヅルハの民であっても力のない者は立ち入ることはできません。聖域へ出る前に心が朽ちて生ける屍となり、命尽きるまで禁の中にとどまり続けると言われています」


「そんなやばい道だったのか。ところで、聖域へ通じる道ってことは、今俺たちがいるこの場所が聖域なのか?」


「はい。正しくは、私たちが立っているこの大きな道が聖域とよばれる場所です。旧世紀の言い伝えによりますと、この道は人間が立ち入ることを固く禁じられていたそうです。詳しくはわかりませんが、ここに入った者は一瞬で命を失うこともあったそうですよ」


「人間が通れない道をわざわざ山を削ってつくってたのか。旧世紀の連中が考えることは本当にわけがわからないな」


 センは立ち上がり、深くため息をつく。


「そろそろ行くか。妙なもんに出くわさないうちに、さっさとここを出るぞ」




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