第十四話 「伴侶」
翌日の未明に儀式は始まった。秘湯から更に山道を登に見晴らしの良い高台に出る。その中心には巨大な御風柱が鎮座していた。シヅキによると、ここがユヅルハにおける風の流れの中心点であるらしい。
高台からの眺めを見下ろしながら、イクハが言う。
「それでは始めるとするか。奏者は我が務めよう。祝歌はシキでよいな?」
はい、とシトリはうなずく。二人は御風柱の正面に立ち、儀式を始めた。
センとシヅキは彼らから少し離れた場所で、儀式の様子を見ていた。
ふと、シヅキがつぶやくように言う。
「お前は奏者がどういう存在か、理解しているかい」
「精霊と精霊使いの調整役みたいなものだろ。精霊の力をより強く引き出せるよう、精霊使いの力を高め、両者の力の流れを結び付けるのが奏者の役割だ。楽器と演奏家を結ぶ楽譜みたいなものだ。どんなに腕のいい演奏家や、美しい音色の楽器があっても、音律を奏でるための楽譜がないと意味がない」
「まあまあ正解ってところかな。でもさ、精霊舞を捧げるにあたって、奏者は必ずしも必要ではないってことは知ってる?」
「もちろん知っているさ。一人でもできなくはないし、むしろ神官と奏者の相性が悪かったら精霊の力をうまく引き出せなくなる」
「その通り。お前はさっき奏者を楽譜に例えていたけど、私なら人生の伴侶って例えるよ。いるにこしたことはないけれど、いなければいないでなんとかやっていける。いても相性が悪かったら、いないほうがマシってことだ。精霊は人の心に強く反応するから、神官と奏者の関係はとても大切なんだよ」
はるか東に広がる山々から、太陽の光が広がっていく。
明け方の空の下、山頂の冷たい空気の中、力強く響くイクハの歌声と共にシトリは舞う。
「あの子は一人でも舞い続けるよ。そう。一人になっても」
「それがあいつの覚悟なんだろう。ユヅルハの神官であるための」
「ちがうね。そもそもあの子は神官であることを望んでなんかいないよ」
「どういうことだ?」
「あの子と一緒にここまで来たお前なら、もうわかってるんじゃないの?」
イクハの歌声が終わり、シトリを中心に光の柱が生まれ、天へ向かって立ち上る。
光が消えた時、シトリの正面には分霊の姿があった。
それは、海辺の神殿で生まれたものと同じ姿をしていた。
「あの子は向きあわなくちゃいけないのさ。本当の自分の心と」
シトリは分霊の顔に触れると、意識を失って倒れた。
イクハはシトリを抱きかかえ、センのもとへ行く。
「儀式は無事に終わったぞ。いやあ、よかったよかった。と言いたいところだが、少し困ったことになっておるのだ」
「まだ何かあるのか?」
「ここから最後の神殿までの道のりのことだ。普通の道を通れば早くても二日はかかる。しかしそれでは奉星の大祭に間に合わん。それに道中で再び例の精霊に遭遇することもありえる。いくらおぬしでも、倒れているシトリをかばいながら戦うことは難しいだろう」
「もしそういう状況になったら、俺はこいつを見捨てて全力で逃げるぞ」
センがそう言うと、イクハは大声で笑い、シヅキはため息をついた。
「安心せい。そういうことが起こらぬよう、昨日のうちに話をつけておいたぞ。最後の神殿まで例の精霊に遭遇することがないよう、聖域の通行許可をとってやった」
「聖域?」
「そうだ。どんな場所かは説明してもうまく理解できんだろうが、まあ普通の道を通るよりも安全なのは確かだ」
「ただ一つだけ問題があるよ。聖域の外へ出るためには、聖域の管理者に対価を支払わなければいけないんだ。どんな対価を求められるかはわからないけど、その支払いを拒めば聖域からは永遠に出られない」
「なかなかえげつない場所だな。それで、対価ってのはどんなものを求められるんだ?」
「私もよくわからないけど、管理者は半神よりも強い力を持っている特異な存在だから、何を求められても不思議じゃないね。目玉とか内臓とか、魂の半分とか」
「なるほど。よくわかった。普通の道を全力で進むことにする」
「はっはっは。安心せい。命まではとらんと管理者は言っておったからな」
「命に関わるようなもんを取られても困るんだよ」
「でもほら、コロンは聖域に向かって進んでるよ」
シヅキの言う通り、コロンはセンの不安などお構いなしに山道を奥へ奥へと進んでいた。
「結局、行くしかないのか……」
「これが運命であり、天命であり、宿命なのだ。聖火の天士よ。シトリを頼んだぞ」
イクハはシトリをセンに預ける。
やれやれ、とシトリを背負うセンに、シヅキは言った。
「女の傷を背負うのは男の役目だ。そして、男の傷を癒すのが女の役目だ。お前がシトリを背負うのなら、シトリはきっとお前の傷を癒してくれるよ」




