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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第三章 「巡礼の路」
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第十三話 「紅い輝き」

 センは温泉につかり、空を見上げてため息をつく。

 シヅキの言った通り、つかり始めた時はかなりの熱さを感じたが、だんだんと心地よさが増してきた。疲れ切った体に新しい活力が沸いてくるのを感じられる。

 頭はうんざりするほど疲れて重くなっているというのに。


「……まあ、明日のことは明日の俺が考えればいいか」


 なんともだらしない発言だが、そうでも思わなければ人生はやっていけないのだ。

 そんなことを考えているうちに、お湯の熱が感じられなくなってきた。そろそろ出る頃合いなのだろう。と、その時だ。

 センのもとへ近づいてくる足音が聞こえた。

 シヅキがもどってきたのだろうかと思い、立ち上がってそちらへ顔を向ける。


 そこにいたのは、シトリだった。当然のように、衣服は何も身に着けていない。


 うす暗さに慣れているセンの目は、シトリの裸体をはっきりと見ることができた。

 普段のセンであれば驚きの声を上げるところだろう。だが、この時に彼の口から出たのはため息だった。腹の底からうんざりしていることがよくわかる、長くて重いため息だった。


「ちょっと! なんなんですか、その反応は!」


「……いろいろありすぎて、疲れてるだけだ」


「だからって人の顔を見るなりため息をつくなんてひどいです。まったくもう」


「ていうか、お前は驚いたり騒いだりしないんだな」


「それはそうですよ。セン様がここにいると、さっきシヅキ様に教えてもらいましたから」


「俺に用でもあるのか?」


「えっと、その、ツナのことです」


 センはシトリと向きあう。彼女の瞳の紅い輝きを、センは確かに感じとる。


「ツナは、一命は取り留めたものの、狂霊化のおそれはまだ残っているそうです。しばらくはここで様子を見なければいけないようで、イクハ様とシヅキ様に預かっていただくことになりました。なので、奉星の大祭へは連れていけません」


「そうか。奏者が不在で奉星の大祭に出ることがどういうことか、わかっているのか?」


「わかっています」


「……だったら、俺は、最後までお前と一緒に進むだけだ」


「はい。ありがとうございます」


「ひとつ、聞きたいことがある」


「なんでしょうか」


「例の異形の精霊が同時に複数出現したことは、今までにあったのか?」


「いえ、私が知る限りでは、一度もありませんでした」


「そうか。なら、今回は運が悪かったってことか」


 もちろんセンはそんな風には考えない。

 長老が言っていたように、異形の精霊がシトリの心から生み出されたものならば、なぜ今日は続けて出現したのか。センはそれを知りたかった。


「ところで、明日は分霊を生み出す儀式をやるんだろう。早めに休んだ方がいいぞ」


 はい、とシトリはうなずく。センは温泉から出て彼女のそばを通った。

 ふと、センは足を止める。

 シトリのほうへ振り返り、その背中を見た。


 その瞬間、彼は、言葉を失くした。


 シトリの背中は、複雑怪奇な聖紋らしき紋様で覆いつくされていた。紋様は彼女の瞳と同じく、ほのかに紅い輝きを帯びていた。


「セン様?」


 シトリが振り返る。普段と変わらない、あどけない表情だった。


「いや、なんでもない。その、今回のツナのことは、お前の責任じゃない。あの精霊が一体ずづでしか現れないと勝手に思い込んでいた、俺の判断が間違っていたんだ」


 センは動揺をごまかそうとするあまり、つい本音を口にする。


「だから、あまり自分を責めるな」


 そう言ってセンは置いていた衣を取り、逃げるように去った。

 石段を半ばあたりまで下りたところで立ち止まり、衣を身に着けながら考える。

 あの精霊が続けざまに現れたのは、シトリがそれを心のどこかで望んでいたからだろう。

ではなぜ、そんなことを望むのか。

 彼女は奉星の大祭で優勝することを望んでいるはずだ。それならば、奏者の存在は必要不可欠であるし、ツナを失うことなど望むわけがない。

 あるいは、あの精霊が出現する条件について、まだ把握できていない要素があるのかもしれない。


 いや、それよりも。

 背中に浮かんでいた、あれは何だ。あんなもの、見たことも聞いたこともない。

 あいつが普通の神官じゃないことはわかっているし、普通の人間じゃないことも容易に想像できる。背中のあれも、あいつの普通ではないものに関係しているのだろう。

 しかし、さっきの様子を見る限りでは、あいつ自身はそれに気づいていないようだ。


 つまり何者かがあれを刻みつけたということになる。


 なら、誰が、何の目的でそんなことを。


 センは頭を振る。

 どれだけ考えても確証を得るだけの判断材料がない以上、無意味なことだ。

 それでもセンの頭からは、シトリの背中に浮かんでいたあれが離れなかった。

 何より異様だったのは、あの紅い輝きだ。

 あれはまるで、それ自身が生命を宿しているかのようだった。




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