表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第三章 「巡礼の路」
42/48

第十二話 「人間の鼓動」

 センがたどり着いた場所は、手ごろな大きさの岩で囲まれた露天風呂だった。灯りはないが、月と星々の明かりが周囲をおだやかに照らしている。センは衣を脱ぎ、岩の上に置いてある桶を取ってかけ湯をした。湯の暖かさが体の奥に浸透し、疲労が消えていくのを実感する。十分に睡眠をとり、朝日に照らされながら目を覚ますような、爽快な感覚だった。


「なるほど。たしかにこれはいいな」


「当然だよ。ここはユヅルハで最も力のある霊泉なんだから」


 背後からシヅキの声が聞こえた。振り返ると、そこには一糸まとわぬ姿のシヅキがいた。


「お前、なんの、真似だ……」


「あのさあ、そういう気持ち悪い反応はしないでくれる? お前も知っての通り、私はお前とは桁違いの時間を生きているんだからさ」


「いや、そうは言ってもだな」


「いいから、おとなしくしてな。今、体を洗ってやるから」


「体くらい一人で洗える。ガキじゃないんだから」


「え? もしかして、イクハは言ってなかったの? ここのお湯は本当に強力だから、下手に浴びたり浸かったりすると、霊力が過剰に流れ込んで魂がぶっ壊れちゃうんだよ」


「マジか」


「マジだよ。例えるなら、ごはんを食べ過ぎておなかを壊すのと同じだね。だから普段は封印しているんだよ。獣が勝手に入って来たら、ほぼ間違いなく狂霊化するからさ」


 シヅキはセンの隣に立ち、桶に湯をくんで、手拭いをつける。


「ここのお湯は、少しずつ体に馴染ませなくちゃいけないんだ。まあ、お前程度の力がある天士なら、少しくらい浸かっても大丈夫、のはず」


 シヅキは手拭いを絞り、センの体を拭いた。


「やり方はわかった。あとは俺一人でやる」


「だめだよ。これも私の務めだからね」


「務め?」


「そう。男の傷や疲れを癒すのは、女の務めなんだよ」


「そういう、ものなのか」


「そういうものだよ」


「じゃあ、男は女に何をすればいいんだ」


「女の傷を背負うことさ」


 シヅキはセンの背中に手を当てる。その手は少女のように柔らかく、小さかった。


「お前には、あの子の傷を背負ってほしい」


「俺にそんな気はないぞ」


「ならどうして、お前はあの子と一緒にここまで来たんだ? これから先もあの子と共に進もうと考えているんだ?」


「創世の神器を暴走させないためだ。そんなことになったら、俺だって無事ではすまないからな」


「そうかい」


 シヅキは小さく笑う。


「そもそも俺は――」


 突然、シヅキがセンの背中に自分の体を重ねる。

 センは息を詰まらせ、声も出せなかった。

 濡れた体に密着するシヅキの肌はなめらかで、柔らかく、暖かい。

 センの心臓は狂ったように鼓動を打ち鳴らす、

 しかし、シヅキのぬくもりのおかげだろうか。彼の鼓動は少しずつ落ち着きを取り戻していった。


「聖火を使ったせいで、お前の体をめぐる霊力の流れは乱れている。だから、それを正さなくちゃいけない。これはそのための治療みたいなものさ。だから、こわがらなくていい」


「こわがってなんかないさ」


「そうかい」


 シヅキは抱きしめるようにセンの胸に両手を当てる。


「私の鼓動を感じて、意識をゆだねるんだ。私の鼓動は人間だった時と同じものだ。そう、人間の鼓動をお前は取り戻さなくちゃならない。大丈夫。すぐによくなるからね」


 語りかけるシヅキの声は、幼子をあやす母親のように優しかった。


「お前はたくさん傷を持っているね」


「生きてればいやでも傷だらけになるさ」


「そうだね。でもお前は、傷を癒すことができていない。自然に治る傷もあれば、誰かの力を借りなくちゃ治らない傷だってある。特に、心が負った傷はそうだ」


「治っていない傷があるなら、それは俺が背負うと決めた傷だ」


「お前が背負うべきものは他にもあるさ。そのためにも、お前は今の傷を治さなくちゃいけない。なにより、お前はあの子の傷を背負うべきだ。それが、お前だけでは癒せない傷を癒すことにつながるのさ」


 シヅキはセンから離れる。


「もう大丈夫だね。あとはゆっくり温泉につかってなよ。最初は熱いけど、だんだん気持ちよくなってくる。でも、熱さを感じなくなったらすぐに出るんだ。わかったね」


 シヅキは影のような微笑みを残し、去っていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ