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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第三章 「巡礼の路」
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第十話 「人の形」

 異形の精霊は破壊された。しかし同時に、膨大な霊災が発生した。

 霊災は恐るべき早さで侵食をはじめ、手当たり次第に草木の命を枯らしていく。

 爆散した精霊がいた場所には、ツナが気を失って倒れていた。彼の周りも霊災に蝕まれている。

 やがては、彼自身も。

 何者かはツナを一瞥し、倒れているシトリに目を向ける。


「ツナ……」


 シトリはうめくように言いながら、懐から一枚の霊符を取り出した。

 以前、センがシトリに渡した治癒の霊符だった。


「お願いします。ツナを、助けて……」


 シトリは霊符を差し出す。


「お前がユヅルハの神官であるのなら、その霊符を誰に使うべきかはわかるはずだ」


 こうしている間にも霊災の侵食は進んでいる。


「私は、だいじょうぶです。まだ、動けます」


 懸命に言葉を出すが、彼女が限界を迎えていることは明らかだった。


「神官の使命は自分が守護すべき場所を守ることだ。そのためなら、どんな犠牲も」


 突然、シトリは自分の腕に噛みついた。

 皮膚を破り、肉を食いちぎらんとするように、あらん限りの力を込めて歯を食いこませた。

 どくどくと血が流れ、激痛が襲いかかり、彼女の意識から眠気を消し去る。

 シトリは腕から口を離し、必死の思いで立ち上がった。


「霊災は、私が浄化します。だから、ツナを」


 そこでシトリの言葉は終わり、再び倒れた。

 今の彼女を襲っているのは普通の眠気ではない。霊力を生み出す源である魂が訴えているものだ。痛みだけでおさえられるものではない。

 それでも、一度は立ち上がったことに、何者かは少なからず衝撃を受けていた。


「たいしたやつだ。でもな、理想を実現するには、力が必要なんだ」


 何者かは倒れているシトリに向けて、霊符をかざす。


「お前はそのことをわからなくちゃいけない」


 霊符を発動指せようとした時、異質な霊力の気配を感じた。

 風を切って飛ぶ鳥のような速さでこちらに近づいてくる。

 新手か、と目を向けた時、空を飛ぶ二枚の板を見た。

 細長い楕円形の板で、複雑な術式の陣が描かれている。空軍で用いられる飛行用の法具である『風切り羽根』によく似ていた。それぞれの板には人が乗っていて、彼らはシトリたちの頭上まで来ると板から飛び降り、音もなく着地した。


「おお、おお、おお。こらまたずいぶん派手にやらかしおったなあ」


「だね。でも、霊災以上に不吉で厄介なやつがいるよ」


 現れたのは、古の時代の神官装束をまとった少年と少女だった。

 年はシトリより少し上といったところだろうか。双子らしく、顔立ちはよく似ていた。

 一方で雰囲気は対照的で、少年のほうは腕を組み活力に満ちた目をしていたが、少女のほうは眠たげに目をこすり小さくあくびをしていた。

 彼らを見て、何者かは目を細める。


「半神か」


「その通り。本質的には、今のおぬしも似たようなものであるな」


「けれど私たちはお前のように歪んだ存在じゃないよ。まあ、それはそれとして、まずは霊災を浄化しなくちゃ。ああ、もう、ずいぶんとまためんどくさい方法であれを破壊してくれたもんだよ、まったくもう」


「はっはっは。そういうなシヅキ。これも我らの務めだ。さて、おぬしはツナを助けてやってくれ。このままでは狂霊化してしまう。そうなればシトリの心はいよいよ壊れ、創世の神器の暴走を引き起こすだろうからな」


「こっちの事情はすべて知ってるようだな」


 するとシヅキはうんざりしたように言う。


「当たり前だよ。お前がシトリと行動を共にしている理由も、お前が聖火の天士だってことも。ていうか、気持ち悪いから早く元にもどりなよ。ああ、気持ち悪い」


「二回も言うな」


 そう言いながら、両手で頭の角を握り、力を込め、一気に折る。

 角は白い霧となって消え、同時にそれはセンの姿に変わった。


 しかし、ハチの姿はどこにもなかった。


 センは右手の甲を見て、紅く輝く聖紋が浮かんでいることを確かめる。


「……しばらくゆっくりしててくれ」


 そこにハチがいることを確かめるようにセンは言った。


「やれやれ。やっと気持ち悪いのがマシになったよ。それじゃイクハ、始めようか」


「うむ! では奏者を務める故、シヅキは精霊舞を頼むぞ」


 はいはい、とシヅキは面倒くさそうに答える。


「おいお前。イクハに言われた通り、さっさとツナを治癒してやりなよ。何かあってからじゃ遅いんだから」


 言われた通り、センは治癒の霊符をツナに使う。外傷はたいしたことないが、精霊に取り込まれた以上、ツナの命や魂のあり方にどんな影響が及んでいるかはわからない。回復するかどうかは、霊符による生命力の再生と活性化に望みをかけるしかなかった。


 センが治癒をしている間、イクハとシヅキは霊災を浄化するための精霊舞を始めた。

 イクハが祝歌を歌い、それに合わせてシヅキが舞う。

 いずれもセンの知らない舞と祝歌だった。彼も現存する舞と祝歌は学府で一通り学んでいるが、そのどれにも当てはまらない。

 ただ、彼らの精霊舞に力があることは確かなようだ。あたり一帯に広まっていた霊災の黒い霧は、舞を捧げるシヅキの頭上へ吸い寄せられるように集束していた。イクハが祝歌を歌い終えた時、霧はそこへ結晶し、シヅキは祭器の槍を顕現させ、それに向けて投げつけた。矛先が触れた瞬間、霊災は光の粒子となって霧散し、消え去った。


「おお、うまくいったな。霊災の浄化など久しぶりだったから少しひやりとしたが」


「あー、疲れた。なんで私たちがこんなことしなきゃいけないんだよ、まったくさあ」


 シヅキはぺたんと座り込み、恨めし気な目をセンに向ける。


「ほんと、あの程度の霊災も自力で浄化できないなんて。天士の質も落ちたもんだよ」


「お前らがもっと早く来ればよかっただけだ。おかげでツナは死にかけたんだぞ」


「なに言ってんだよ。あれがツナを殺すわけないだろ。お前、そんなこともわからないのか」


「どういうことだ?」


「これこれ二人とも。今は我らが神殿へ向かうほうが先だろう。じきに日が落ちる。夜になればもっと厄介なものが現れるからな。それに、ツナもまだ確実に大丈夫とは言えん。早いところ秘湯へ放り込まねば」


「だね。じゃ、ツナはイクハに任せるよ。私はシトリを連れていくから」


「いや、二人は我が連れていこう。シヅキはその天士を神殿まで案内してやってくれ」


「ちょっと待ってよ。どうして私がこんな気味の悪い奴を案内しなきゃならないのさ」


「男の世話をするのは女の役目と昔から決まっておるだろう。ではな!」


 イクハは口笛を吹いて風切り羽根を足元に浮かせると、シトリとツナを軽々と抱えて飛び乗り、あっという間に山の頂へ向かって飛んでいった。


「あんにゃろう……面倒ごとはいつもいつも私に押しつけやがって」


 シヅキも口笛を吹き、飛んできた風切り羽根に飛び乗る。


「神殿まで案内してやる。ついて来れるもんなら、ついて来な」




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