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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第三章 「巡礼の路」
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第八話 「潮とせせらぎが歌う場所で」

 予定通り、昼頃に目的地である漁村に到着する。港には大小様々な漁船が停泊していて、それぞれの船には意匠を凝らした旗が掲げられていた。中には複数の旗を掲げている船もある。潮風に吹かれて誇らしげにはためくその様子はなかなかに見ごたえがあった。

 ふと、センは旗の中から妙なものを見つける。

 漁船の旗、というより水軍の旗と思われるものがいくつか見えた。


「あれはなんだ?」


「漂着した船の旗だと思います。ここ最近、ユヅルハに漂着する船が多いんですよね。なので漁師のみなさんが引き上げてくれているんですよ」


「なるほど。親切な連中だな」


 センはそれで質問を終えた。

 旗に赤色の絵の具で大きくバツ印が描き殴られている理由は聞けなかった。


「あ、見てください。また漂着した船があったそうですよ。ほら」


 シトリの視線の先には、大声で歓声を上げながら港を練り歩く漁師たちの姿があった。彼らは獲物を誇示するように大きな旗を掲げている。

 センはその旗を知っていた。

 それは、とある封国に属する港湾都市が保有している水軍の旗だった。

 旗には、やはり大きくバツ印が描き殴られていた。


「どうやらさっきの大物というのは、漂着した船だったようですね。残念です」


「まあ、大物であることは、間違いないな」


 連中にとっては、とまではセンも言えなかった。

 船着き場の近くにある大衆食堂で昼食をとる。センとハチはシトリにすすめられてショウグンカイリュウの衣揚げを注文した。食事を持ってきた食堂の女将は「今日獲れたばかりだから新鮮だよ」と得意げに話していた。

 ちなみにショウグンカイリュウは軍艦の引き手としても重宝されている。

 センはその知識から全力で意識をそらし、海の幸を堪能した。


「今日もこうしてメシにありつける。それだけで十分だ。世界が平和な証拠だ」


 平和という言葉で血なまぐさい現実をごまかす。


「ほんまになあ。世界が平和なんは、ありがたいことや」


 ではなぜ、平和はありがたいのか。

 いつ失われても不思議ではないことを、誰もが無意識のうちに理解しているからだろう。




 昨日と同じように見事な夕空が広がりはじめた頃、次の目的地である神殿がある山が見えてきた。センたちの行く手には大きな川が流れていて、向こう岸までは幅の広い立派な造りの橋が架かっている。

 川は西のほうで海と合流し、川の流れと波の音が調和していた。


 そう。

 彼らがいる場所で、潮の声とせせらぎの声は、歌っていた。


「あとひと息です。がんばりましょう!」


 コロンを先頭に、シトリは元気いっぱいな足取りで前へ進む。それとは対照的に、センとハチ、ツナはもはや限界という顔をしていた。


「一日中歩きどおしだったってのに、なんであいつはまだ元気なんだ……」


「それにこしたことはないさ。神殿についたら、すぐに儀式をやるんだから」


「ツナ君はだいじょうぶなんか? えらいしんどそうな顔しとるで」


「おれだってシトリの奏者なんだ。やるべきことは、必ずやりとげるさ」


「みなさん、がんばってください。神殿に着けば今日の疲れなんてすぐに消えちゃいますよ。なにしろあそこには、一度つかれば生気みなぎる伝説の秘湯がありますから」


「それはありがたい。でもなんで神殿にそんなものがあるんだ?」


「ずいぶん昔のことですが、あの神殿はもともと精霊使いの修行場だったんです。特別な霊力の力場があるらしくて、皇国でも有数の修行場でした。なので修行の疲れを癒すための温泉や宿泊施設も充実していたそうですよ」


「今じゃ見る影もないらしいけどな」


「おいおい、だいじょうぶなのか、それ」


 そんな会話をしているうちに、彼らは橋を渡り始める。


「だいじょうぶですよ。あそこの神殿も管理されている方々がいらっしゃいますから。今日の寝床もちゃんと用意してくださっているはずです」


「管理してるのは、どんな連中だ?」


 昨日海に放り込まれたばかりなのでセンは警戒心を露わにする。

 次の目的地は山の上だ。崖から突き落とされてもおかしくはない。


「えっとですね……え?」


 シトリは立ち止まり、後ろへ振り返る。


「どうした?」


 センにたずねられ、シトリは首を傾げた。


「今、誰かに名前を呼ばれたような気がしたんですけど、気のせいでしょうか」


 不思議がりながらも、シトリは再び歩き出す。不審に感じることがあったのか、ツナはシトリの隣に並んだ。センとハチも背後を警戒するようにシトリの少し後ろを歩く。


「おれたち以外には誰もいないぞ。気のせいなんじゃないのか?」


 ツナに言われ、シトリは首をかしげる。


「うーん、でも、たしかに呼ばれたような気がしたんだけどな」


「お前も疲れてるんだろ。早く儀式をすませて、今日は休もう」


「そうだね。早く温泉に――」


 するとシトリは再び立ち止まり、後ろへ振り向いた。


「今、どなたか私を呼びましたか?」


「呼んでないぞ」


「なんや、だるまさんがころんだ、みたいなことになっとるな」


「やっぱり気のせいでしょうか」


「そうだろうな。だって俺たちの後ろには誰もいないんだから」


 センは振り返り、そこに何者の姿もないことを確かめる。

 彼の目に映ったものは、今まで歩いてきた橋と、海岸線に沿ってつくられた道、東側に広がる小さな山々と、西側に広がる穏やかな海だった。

 東の空では夕陽と夕闇の境界が崩れ始めている。


 夜が、迫っている。


「……そろそろ日が落ちる。先を急ぐぞ」


 センが視線をもどした、その時。

 彼の目は、それをとらえた。


 正面にいるシトリとツナ。

 その二人の向こう側の、橋の中央あたりだろうか。


 どこかの誰かが置き忘れた影のように、異形の精霊が立っていた。




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