第七話 「捕食者の戯れ」
シトリとツナが目を覚ましたのは、翌日の明け方になってのことだった。
目覚めた時はまだ十分に体力は回復していなかったが、センが食べたものと同じ焼き飯を食べるとすぐに元気を取り戻した。食事の後、分霊の状態を確かめるため浜辺へ向かう。シトリは空中に浮かぶ舞台に鎮座している分霊を見て、ハダにたずねた。
「儀式はこれで成功したのでしょうか?」
「問題ない! あの分霊から感じる力は間違いなく本物だ。安心して旅を続けるがよいぞ!」
「わかりました。ありがとうございます、ハダ様」
シトリはハダに一礼し、センたちと向きあう。
「それではみなさん、次の神殿へ出発しましょう!」
海辺の神殿を後にするセンたちに、ハダと修行僧たちはあらん限りの声援を送った。
「皆の者! 達者でな! がっはっはっはっはっはっ!」
「ぱああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「いよぉおおお! やっさぁあああ! えええやっさああああああああっ!」
嵐のごとく押し寄せる声援にシトリは笑顔でこたえ、ツナは目礼した。
センとハチは走りたいという思いをこらえながら、振り返らず前へ前へと歩き続けた。目の前に迫った松林を走り抜けた場合、生きては出られないことを知っているからだ。
松林を抜けたところで、センはやれやれとため息をついた。
「まったく、妙な連中だったな。あの異様な活力はなんなんだ」
「しかたありませんよ。ハダ様もずっと御一人で退屈だったでしょうから」
「いや、一人じゃないだろ。あのむさ苦しい、筋肉の権化みたいな連中がいたじゃないか」
「あの方々はすべてハダ様の式霊ですよ」
「冗談だろ? ざっと見ただけで三十人はいたはずだ。それをあのおっさんは同時に顕現してたってことか?」
「ハダ様は旅館の管理もされていますからね。式霊はそのお手伝いをしているんですよ」
「皇都の役人があそこに泊まる時は、護衛と監視の任についている。いざって時は自爆もできるらしいぞ」
「お前らは何とどう戦ってるんだ……」
「戦いなんか望んじゃいない。ただ、故郷を守りたいだけだ」
「だから私たちは戦うのです!」
目を輝かせるシトリに、センは何も言うことができなかった。
昼頃までは特に問題もなく旅は進み、日没の少し前くらいには次の神殿に到着できるというところまで来た。近くに漁村があるので、昼食はそこですませることになる。そこでは皇都でも評判のユヅルハの海の幸を楽しめるということで、センは期待感を高めた。そのためか周囲の景色が少しだけ色鮮やかに見えた。
空は青く澄みわたり、日差しは暖かく風はやわらかで、土と緑の香りが優しく広がる。
平和だな、とセンはつぶやいた。
しかしその時、先頭を進んでいたコロンが突然立ち止まった。
「どうした?」
「そこの御風柱が気になったみたいですね」
シトリは満ちの傍らにある御風柱に目をやる。それは不規則に明滅を繰り返していた。
「何かあったのかもしれません。ちょっと調べてみます」
そう言ってシトリは御風柱に手を当て、なるほどとうなずいた。
「私たちが向かっている漁村で大物が獲れたそうです。なので、近くの里にも手を貸してほしいと連絡をとっているようですね」
「大物? 美味い魚か?」
「そうだと思います。でも、応援を呼ぶくらいですから、たぶんショウグンカイリュウの成体でしょうね。肉厚で脂がのってて、美味しいんですよこれが」
「……まて。ショウグン、カイリュウだと?」
「はい。あ、ちなみにですけど、ユヅルハの漁師は一人でショウグンカイリュウの成体を仕留めて初めて一人前と認められるんですよ。これがほんとの登竜門ってやつですね」
ふふん、とシトリは得意げな顔を見せる。
もっとも、センには後半からは聞こえていなかった。彼もショウグンカイリュウについては知っている。海上戦に特化した天士であっても単独での討伐は極めて困難な、怪物的霊獣だ。それを一人で仕留めるなど正気の沙汰ではない。
そんなセンの戦慄をよそに、ツナは世間話感覚で言う。
「そういえば最近食ってなかったな。あれ、刺身にすると美味いんだよな」
「私は衣揚げのほうが好きかな。生だと風味が強すぎるんだよね」
「お前はまだまだ味覚がお子様なんだよ」
「そんなことないってば。そういうツナだって背伸びして大人ぶってるだけじゃない」
穏やかに談笑するシトリとツナ。
そんな二人に聞こえないよう、ハチは声をひそめて言う。
「たしかショウグンカイリュウって、大人一人を丸飲みできる怪物やったよな」
「ああ。海の守り神として崇め奉っている地域も少なくはない」
「でもここの人らにとっちゃ、食材でしかないんやなあ」
「しかも単独で仕留めるらしいからな。下手な水軍よりよほど戦闘能力が高いぞ」
空からも海からも攻められない。ユヅルハは難攻不落の要塞であることを彼らは思い知らされた。




