第六話 「正午の星空のように」
神おろしに加えて分霊を生み出す儀式を行ったことで、シトリはいつも以上に深い眠りに落ちてしまった。今回の儀式は奏者にも相当の負担となったらしく、ツナも同じように深く眠っている。
ハダは二人を担ぎ、センとハチを連れて自身が管理している旅館へ向かった。皇都の役人御用達の最高級の旅館と聞いた時は期待に胸を膨らませたセンだったが、この時にはすでにいろいろとあきらめていた。雨風をしのげる壁と天井があれば御の字、というところだ。
しかし、松林を抜けた先にある旅館を目にした時、センは思わず驚きの声を上げた。
「マジかよ……」
彼が目にしたのは、五層からなる城郭のような造りの寺院だった。聖堂らしき重厚な造りの建物を中心として社殿が左右に広がっており、その姿は両翼を広げた鳳を思わせる。建物の影は夕陽を受けて密度を増し、荘厳な雰囲気をさらに強調していた。
「がっはっはっ! 驚いたか。これぞ我が自慢の御殿、ミタマ御殿であるぞ!」
不吉な予感を感じさせる名前だったが、とりあえずセンは素直に驚いた。
「さて、わしは二人を宿舎へ運んでくる。おぬしらは食堂でメシを食っておれ」
ハダは御殿に向かって「皆の衆ーっ!」と叫んだ。すると、門扉が開かれ、やたらと筋肉質な修行僧らしき連中が続々と現れた。
「この二人を食堂へ連れていき、たらふくメシを食わせるのだ!」
修行僧たちは一糸乱れぬ動きで整列し、直立不動の姿勢をとって「ぱああああああああああっ!」と気合を発した。
なんなんだこいつらは、とセンが呆れた時、彼らは素早くセンとハチの背後をとって、両脇をがっちりと固めた。
「お、おい! なんだてめえら!」
「ちょ、セン、なんかやばいで。ようわからんけど、とにかくやばいで!」
彼らの困惑をよそに、ハダは修行僧たちに命じる。
「よし、では行けぃっ!」
修行僧たちは声をそろえて気合を発する。
「いぃよぉーやっさぁーえぇーやっさぁーっ!」
もはや抵抗は無意味と悟ったらしく、センとハチはされるがままに食堂へ運ばれた。
食堂でセンが目にしたものは、山盛りの食事だった。円卓の上には子どもがあぐらをかいて座れそうな大皿がいくつも並び、その上には米と肉、魚、野菜を混ぜ込んだ焼き飯がこれでもかと盛りつけられている。料理はこれ一種類だけだったが、食堂の中には肉と香辛料の香りが満ちており、センの食欲を激しくかきたてた。
修行僧たちにうながされるままにセンは円卓につき、焼き飯をひと口食べる。
「……これは」
ひと口、またひと口とセンは腹にかきこむように焼き飯を食べ始めた。
「なんや、セン。えらい勢いで食べとうけど、そんなにうまいんか?」
「いや、味は普通の焼き飯だ。でも、なんかこう、染みるんだよ。力が、体中に」
不思議がりながら、ハチもひと口食べる。
「ほんまや。普通の焼き飯のはずやのに、全然止まらん」
センとハチは大皿にもられた焼き飯をあっという間に平らげ、次の大皿に手をつけた。
それは、彼らが今まで経験したことのない不思議な感覚だった。どれだけ食べても満腹になることはないが、かといって空腹のままでもない。飢えは癒され力が満ち、更なる糧を求めて自然と体が動いた。
いつの間にか食堂にいたハダは、彼らの様子を見て満足げに言った。
「うむ、よい食いっぷりだ。やはり若いもんはこうでなくてはならんな!」
「いったいこれは何だ? ただの焼き飯じゃないよな」
「無論! この焼き飯には乾燥させて粉末にしたミタマグサがたっぷり入っておるのだ!」
その瞬間、センもハチも手をぴたりと止めた。それを見て、ハダはニヤリと笑う。
「お前たちにはミタマグサが恐ろしい怪物に見えておるようだな」
「どうしてわかったんだ」
「ユヅルハの民以外の者であれば、ミタマグサはそう見えてしまうものなのだ」
ハダはそばにある大皿を取り、焼き飯を手づかみで食べる。
「人間の目に映る姿だけが本当の姿というわけではない。本当の姿が見えぬことなどいくらでもある。特に精霊の類はな。そう。たとえばおぬしよ」
ハダはハチの顔を見る。
「おぬしの姿はわしの目には首輪と枷をはめられた鬼人の子どもに見える。だが、おぬしから感じる霊気は鬼人のそれとは異なるものだ。おぬしの本質は目に見える姿と異なるものなのだろう。おそらく、見る者によっておぬしの姿はちがって見えるはずだ。あの分霊も同じことよ。姿形はちがえど本質は同じ。この世界での顕現の仕方がちがっただけだ」
「あの時、あんたが言ったのはそういうことだったのか。でも、結局は分霊を生み出せたってことだろう? なのにどうして、シトリは神官として認められてないって言ったんだ?」
「その問いに答える前に確認しておこう。神おろしをしたシトリは、おぬしの目にはどう見えたのだ」
「あいつが十年くらい成長したって姿に見えた。たんにそう見えたわけじゃない。シトリの肉体は実際に変化していたはずだ」
「左様。それもただ変化しているだけではない。あれはシトリが望む姿なのだろう。あの姿は、そう、シトリの母親が神おろしをした時の姿と全く同じなのだ。故にシトリはまだ神官として認められておらんということになる」
「どういうことだ?」
「シトリは両親の背を追っているにすぎぬ。心の底では、自分が正統な神官であることを自分自身で認めることができておらんのだ。シトリにとって自分が神官であると心から信じることができるのは、両親にそうだと認められること以外にないのだろう。だから神おろしをすると、母親と同じ姿になるのだ。シトリが心からユヅルハの神官だと認めているのは、自分の両親だけだからな」
「だったらそれを本人に言ってくれ。そして神官になることをあきらめさせろ。あいつが神官にこだわり続けてるとろくなことにならないみたいだからな」
「その通り。このままでは創世の神器の暴走につながりかねん」
「なんや、おっちゃんもそのことは知っとったんかいな」
「無論だ。皇都の思惑も、おぬしらがここへ来た理由もな」
「言っておくが、止めても無駄だぞ」
「止めたところで何の意味もなかろう。それに、シトリも気づかなければならぬし、向きあわなければならぬ。今のままでは何も守れないという事実にな。それに、おぬしらの旅を止める必要はないとわしは考えておる」
ハダの眼球が、センをとらえる。
「わしも長老殿と同じように、おぬしならシトリを救えると信じておるのだ」




