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ツイン・ハンターズ  作者: 神希
4.終わらない賭け
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終わらない賭け ~またの名を不運と言う~ -2

 屋上は広くない。制御媒体を持たなければ陣を描かない単純魔法での攻撃は力加減ができないため重傷を負わせかねないし、これだけの人数に同時に襲われては、陣を描く時間稼ぎができるだけの間合いを取るスペースがない。魔法での応戦は不可だ。そもそも、なぜ自分は葵を止めたのか。操っているレーゲを燃やすということは取り付かれている人間を燃やすことと同じだからである。魔法でレーゲを殲滅するのはハナから無理だ。

 遠くのほうで何やら声がするが、無視してリラックは体を開いた。

 見据えたのは最初にカッターナイフを突き出してきた男。

 切っ先を素早く避けて右手首を掴む。ひねり、力をかけ、ナイフを落とさせると腰を視点に投げ飛ばした。男は背中から落ちた衝撃で身悶える。レーゲの相手はひさしぶりだが、肉体が受けたダメージが神経に寄生しているレーゲに伝わるという弱点は変わっていないようだ。


「おいっ」


 葵が苛立ちを蹴りに込めて人間を吹っ飛ばす。


「このままじゃキリがないぞっ。どうしろっていうんだっ」


 確かに、投げ飛ばす程度では根本的解決には程遠いか。

 レーゲを切っても増殖するだけ。燃やしたら人間に被害が出る。通常の方法では対処不能。


(なんとか人と分離できればいいんだけど……)


 いいアイディアが出ない。しかもこんなときに頭痛までしてきて、思考の邪魔をしてくれる始末だ。葵ではないが苛立ちと焦りで理性が揺らぐ。

 と、感情に気をとられた瞬間、視界の端に襲い掛かってくる人影が見えた。

 先に手前の攻撃をかわし、すれ違いざまに首筋へ手刀。そして影に顔を向けた。


(────ッ!!)


 声どころか言葉にもならない。思考が飛んだ。

 カッターナイフを振り下ろしてくる青年。その顔は、夕方に笑顔で別れたもの────

 不意に、強烈な頭痛が。

 我に返ったリラックはぎりぎりでのけぞり、刃を避ける。しかし間に合わずシャツが裂けた。

 が、そんなものはどうでもいい。距離をとって、うめく。


「……忍……っ、なんでお前が……!」


 葵が背中合わせの位置に立った。


「決まってる。合コンのときだろ。おれがレーゲの種を拾ったのはそいつがいたすぐ傍だった。よく見てみれば一緒にいた顔もあるしな……。大方、あの女が合コンに紛れ込んで、隙をついて種をばら撒いたってとこじゃないか?」


 そこまで言われると確かに思い当たる節がある。

 では、あのとき素直に誘われていれば? 忍たちが被害に会う前に対処できたのではないか? ならばこれは自分の判断ミスではないか!


「……っ、くそッ!」


 じりじりと狭められていく包囲網。

 月明かりで光る武器はまっすぐにこちらへ向けられている。

 助けなければ。

 救わなければ。

 しかし自分には攻撃しかできない。

 傷つけることしかできない。

 何もできない────


 ──こンの……っ、


《アホがああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!》

「ぅぎゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

「っ!?」


 脳みそをメリケンサックでぶん殴られた──もちろん比喩だ──衝撃で絶叫を上げたリラックに、葵のみならずレーゲと女もひるんだ。全員の動きが止まった中、リラックは頭を抱えてしゃがみこむ。


「ぉぉぉぉぉ……っ」


 脳がぐらんぐらんする。がいんがいんする。意味不明だろうがとにかく声でも出して自身というものを認識しないと、感覚全部がぐちゃぐちゃだ。

 リラックは火花が散って何も見えない目を閉じた。

 すると、


《やっぱりバカって言うほうがバカだったな! ザマー!》


 脱力ものの嘲笑が。


「………………っ」


 声が大きすぎて頭痛がする。どうやらさっきから思考に横槍を入れまくっていた痛みは『彼』の怒鳴り声が原因だったらしい。状況に翻弄されていたせいで意識が向かず、認識できなかったのだろう。


《とっとと正気に戻れバカ! そのスペシャルでグレイトでワンダホーな頭を飾りにしてンじゃねーぞっ! 聞いてンのかっ? あァんッ?》


 本当に気が抜ける。悩んでいた自分がアホみたいだ。


「……聞いてる。お前、ちょっとうるさいから音量落とせよ」

《うるさいだァっ? バカがバカにもバカみてーにバカバカ落ち込んでバカな袋小路にバカハマりしやがったのが悪ィに決まってンだろバーカバーカっ!》

「子供かよ」


 脳に直接響いてくる『声』の弁に思わずため息をつくとリラックは、慣れたことでようやく頭痛が落ち着いてきたのもあり、自然と口端を緩めた。

 伏せていた顔を上げると、近くにはかわいそうなものを見る目で見下してくれている葵が。周囲は相変わらずレーゲに取り付かれた人々に囲まれ、その向こうには初めてリラックを認識した女。

 状況はおおむね何も変わっていない。しかし、武器は揃った。

 リラックははっきりと笑みを浮かべる。


「悪い。お前のこと忘れてた」

《そーだろそーだろ、()()()()()()()()()()()()()()だとかなんとかアホなこと考えてやがるから、どーせそーだと思ったぜバカ! ったく、手間取らせンじゃねーよバカ!》

「はいはい、悪ぅございました」


 貧血を起こさないようゆっくりと立ち上がった。そして後ろ手で葵に下がるようジェスチャーで伝える。


「で、準備はいいか?」

「は?」


 葵の反応はあえて無視。今はまだ遠い声に耳を傾けると、面白がるように笑う気配が。


《お前こそ大丈夫かよ? あン?》


 同じく笑い返す。


「さっさと立ち直れないようじゃ、あの人の部下なんてできないだろ」

《ははっ、違いねーなっ》

「……じゃあ、やるか」

《おうっ!》


 頷きあい、リラックは己の内側に視点を移した。体の奥底、精神と肉体を繋ぐ線を外す。

 バックステップするように心だけ跳んだ。視界が霞み、景色が遠のく。するとそこは、はっきりと覚えていない夢のような、おぼろげな世界。そして現実世界では影も形もなかった他人のぬくもりがすぐ傍らに現れる。

 慣れ親しんだ気配に顔を向けた。

 『彼』が歯を見せて笑う。


《心配すンな。その代わりきっちり休んどけ》

「ああ」


 ──きっと全員が驚愕する。何が起きたのかわからず混乱するに違いない。すでにそういう状態になっていると言われるかもしれないが、これから起こることはその比ではない。想像しただけで笑いがこみ上げる。しかし散々遊ばれたのだから、これくらいの仕返しは許されてしかるべきだろう。


「頼んだ。相棒」


 入れ替わりに『外』へと向かった『彼』を見送り、リラックは肩から力を抜くように緊張感を手放した。




          *




 肌で質量を感じる。世界のすべてを感覚的なものではなく明確な物質として捉える。それは懐かしくも心地よい変化だ。長らく離れていた故郷に帰ってきたかのような嬉しさ。自然と口元が緩むのを止められず、止めようとも思わず、笑みを浮かべた。しかし呑気に浸っている場合でもない。すぐに目を開き、眼前を見やる。

 レーゲは戸惑っているようだ。それはすなわち、魔力で繋がっている操縦者──女が動揺していることを指す。この機を逃すのはアホだ。


「……リラック?」


 背後から呼ぶ声に、再度下がるよう身振りで伝える。


「任せな。こっち側は()()の領分だ」


 絶句した気配。

 笑い、左手を上げた。素早く人差し指を空中に滑らせる。描くのは魔法陣ではなく、スペル。魔法文だ。

 女が気づいた。顔色が変わった。


(遅ェよっ!)


 嘲笑。その直後、自分の前に魔力を持たない者でも見える光が現れた。細い三日月のような、水平に走る弓なりの線。光のラインをなぞるように指を動かし、もうひとつ魔法を重ねる。

 光が輝きを増しながら伸び、リラックと葵を囲んだ。

 レーゲに取り付かれた人々が武器を振りかざして一斉に襲い掛かってくる。

 彼らを見据え、


「イイ子だ……眠りなッ!」


 腕を振ると同時に光の三日月が矢のように飛び出した。

 放射状に巨大化しながら飛ぶ光はレーゲに取り付かれた人々の胴を真っ二つに貫く。しかし人間に傷はない。もちろん流血もゼロだ。服にも汚れすら残していない。光が全員を通過して消えるとともに、彼らは糸が切れたように倒れ、細かい粒がバラバラと地面に落ちた。粒に動く気配はない。

 レーゲの分離および冬眠化、成功だ。


「っし、カ・ン・ペ・キっ」


 離れた場所から女が睨んでくる。先程までこちらを完全に無視していた女が。ようやく敵だと認めてくれたらしい。愉快だ。

 にんまりと微笑み、見返してやっていると、


「…………、おい」


 再び背後から呼びかけが。今度は動揺や戸惑いではなく、疑問と警戒の色が強い。

 敵はこちらの手をあれこれ試行錯誤しているところ……要するに少しでも情報が欲しいはずだから、多少隙を見せたくらいでは襲ってこないだろう。そう判断し、振り返る。すると案の定、綺麗な顔の青年が眉間にしわを寄せていた。


「……あんた……本当にリラックか?」


 勘の鋭いことだ。面白い奴だとは思っていたが、ますます面白い。

 挨拶として左手を、ちゃっ、と顔の横で振ってやった。


「おう、初めましてだな。俺様の名前はアグノリア。長ったらしけりゃ『アギ』でいいぜっ」


 遠くのほうでリラックが「葵が訊きたいのはそこじゃないだろ」とぼやいているが、気にせずにアグノリアは破顔した。

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