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ツイン・ハンターズ  作者: 神希
4.終わらない賭け
13/18

終わらない賭け ~またの名を不運と言う~ -1

 ──地球に来てから何度目だろう。遠い目をせずにはいられないことにぶち当たったのは……。


「あんたって、思いのほか打たれ弱いよな」


 葵の呆れ声は聞き流す。


(平常心、平常心……。ここは敵地のど真ん中だ)


 自分に言い聞かせ、深呼吸をして。自宅から転移させた靴を履くと、髪を拭き乾かしたタオルをその場に捨てた。改めて目の前に視点を定める。

 欠け始めたばかりの月が高いところから地上を照らしており、目を凝らさなくても風景を判別できる。到着したのは建設中の五階建てマンションの前だ。間違いなくここに、異質な人間──すなわちグローリィの気配を感じる。そして待ち構えている場所は、


「……屋上か」


 葵が隣に立ち、同じく建物の最上階を見上げた。


「本当は直接乗り込むつもりだったんだけど、弾かれた」

「だろうな。結界を張ってあるのが視える。上まで登って来い、ってことなんだろ」

「さっそく手厚い歓迎が待ってるみたいだし?」


 次に彼の視線が向いたのは目の前の扉だ。その向こうでうごめいている複数の気配を察し、リラックも口端を上げる。


「この程度の数で足止めになると思われてるんだとしたら、けっこうな侮辱だな……。お前じゃないが、見くびってくれてるうちに片付けようか」


 中へ進もうとした直後、肩を掴まれた。リラックより前に出た葵が顔半分振り返り、微笑む。


「おれが露払いしてやる」


 ありがたい申し出だが、どうしても不安がよぎる。


「体は本当に大丈夫なのか?」


 リラックの問いに葵は一度だけ強く笑うと、髪を翻して前に踏み出した。


「倒れるほど力を絞り出さなきゃ『この程度』すら片付けられないと思ってるなら、あんたも大概おれを馬鹿にしてる」


 入り口前で立ち止まって息を整える、今は男にしか見えない背中。その周りを雷光が走り始める。


「雑魚は任せて引っ込んでろ。邪・魔」

「邪魔ぁっ?」


 暴言で表情を崩した隙に葵が建物内に飛び込んだ。腕を左右に振るう。両の指先から放たれた青白い光の鞭が壁を打った。

 落ちてきたのは、燃えている二体のレーゲ。

 死角に潜んでいたものを倒したその流れのまま、今度は前方に雷球を投げた。衝撃音が響いているうちに走り出す。今度は文句を言う暇すらない。


「ったく……っ!」


 葵に続いてリラックも建物内に入った。しかしすでに彼の姿は見えない。音を頼りに追いかける。

 コンクリートがむき出しの廊下を曲がると階段があった。黒焦げのレーゲが転がっている。さらに枝を何本ももがれた一体が燃えながら踊り場で倒れ、段を滑るように落ちてくるのを見て、リラックは上で力を振るっているであろう人間を階段越しに眺めた。


(派手だなぁ)


 それだけ鬱憤がたまっている、ということだろうか。


「………………」


 あくまでなんとなく、なのだが……もしも強引だろうが無理やりだろうが葵を家に置いてきたら、ガーデニアのお仕置きクラスの報復を受けるハメになっていたような気がする。……本当に、なんとなく、だが。

 走った悪寒に思わず体を震わせたものの、冗談抜きでそんなことをしている場合ではないと我に返るのもすぐだった。葵とリラックの距離が空けば、それだけ横槍の入る可能性も高くなる。彼の仕事を増やさないためにも、そしていざというとき手を貸せるよう体勢を整えておくためにも、単独先行させるのは避けるべきだ。リラックは気持ちを切り替えて走り出した。数段飛ばしで階段を駆け上がる。

 と、視界の端に黒髪がよぎった。

 つられて見上げる。

 薄ら笑いを浮かべて電撃を操る葵。

 その、背後。

 死角から彼を狙う枝を見つけたリラックは、火の精霊を召喚すべく魔法陣を──描こうとした刹那、葵の全身が発光した。


(──違うッ)


 直感を否定すると同時に葵の体からほとばしった無数の雷、その光量に思わず、リラックは両腕で顔をかばった。

 立て続けの爆音。鼓膜が痛い。しかしすぐに通り過ぎる。

 目蓋越しに光がおさまったのを確認してから、ゆっくり目を開けた。


 ──グシャ。


 乾いた物が潰れる音に意識が持っていかれる。

 視線を向けた先にあったのは、ちぎれて落ちたレーゲの枝を踏む靴。


「なぁ、引っ込んでろって言わなかったか?」


 心底楽しそうに靴裏で枝をすり潰す、葵の冷笑が降ってきた。


(………………怖っ)


 内心で冷や汗を垂らしつつ、しばし言葉を探し、


「……敵を見たら、ついつい手が出るんだよ。……反射?」

「ふぅん」


 にやにや。

 文句があるんだろ? 言ってみろ、切って捨ててやる。と言わんばかりの笑み。

 一時間くらい前までは確かにあったはずの可愛らしさは、いったいどこへ行ってしまったのやら。今やシニカルという言葉がこれほど似合う表情もない。

 こうなったら、いい機会だ。リラックは葵に詰め寄った。


「さっきからお前、普通に男じゃないか。何だったんだよ、あのオカマ言動は」

「あぁ、半分は趣味」

「…………、半分?」


 少しばかり冷静さを取り戻したリラックを置いて、葵は上階につま先を向けた。


「ちょっとした目くらましだよ。明るいオカマが暗殺を仕事にしてるなんて、なかなか思わないだろ?」

「………………」


 葵のあとを追い、問いを重ねる。


「じゃあ『死神』っていうのは……」

「おれの裏業界でのあだ名。超能力で獲物をしとめてるから、一般人から見ればそりゃ不気味なんだろうさ」


 納得したやら呆れるやら。

 そんな空気を感じたのだろう。葵が肩を揺らした。


「気に入らない奴がいたら言えよ。あんたの依頼なら半額にしてやる」

「…………。どうせならタダにしろよ」

「ヤだね」


 不意打ちしてくるレーゲを余裕でさばきつつ、たどり着いた最上階。屋上に繋がっている扉の前に立つ。その向こうから漂ってくる気配の正体と意味に気づくのは容易だった。葵を見やれば、実に不愉快そうな表情の彼と目が合う。


「結構つまんないことする奴なんだな」

「嫌がらせの腕は天下一品だって言ってた同僚がいたなぁ」

「そういうレベルの問題か? これ」


 互いに嘆息。

 気を取り直し、ドアノブに手を掛けた。攻撃準備を整えた葵とタイミングを合わせ、開け放つ。

 空気を震わせて電撃が(はし)った。闇を裂き、しかし、最奥で突如弾け飛ぶ。

 残光と月光に照らされた屋上。

 十数人の倒れている人間たち。

 そして、


「────ひどいね」


 いちばん遠いところで一人だけ手すりに腰掛けている人物の白髪が、首を傾げる仕草にあわせてひらりと輝く。


「不意打ちだって、充分つまらないことのくせに」


 夜闇に溶け込む褐色の肌。

 細められたライトブルーの目。

 嘲笑混じりの声を投げてくる赤い唇。

 はだけたシャツから丸みのある胸を覗かせている──女。


「リラック」


 隣から葵の低い声が。


「読心術を使ったときに視たのも、レーゲが暴れ出す時に割り込んできやがったのも、こいつだ」


 リラックは思わず目を見張ったが、結論が出たのはすぐだ。最も重要な結論は。ゆえにすぐさま眉間に力を入れて睨む。紛うことのない『敵』を。


「……お前、誰だ?」


 しかし返ってきたのはただの嘆息。グローリィと同じ髪と肌と目の色、瓜二つの顔をした女が、手すりの上で足を組みかえる。


「本当にボクのグローリィを捕まえられるなんて思ったのかしら。……まぁ、ガーデニアの犬なんて駄犬の集まりだものね。尻尾を振るしか能のない馬鹿じゃ、頭が回らなくても仕方ないかも」


 グローリィの関係者であることは判明した。が、答えになっていない。問いかけを無視された苛立ちが煽られる。


「お前は何者だっ。答えろっ」


 声を張り、再度問う。しかし女はこちらを見もしない。


「出来の悪い犬には、お仕置きが必要よね?」


 倒れている人たちをさらっと見渡した。赤い唇が弧を描く。


「さ、起きて。上手に殺せたらご褒美をあげるわ」


 人々の体から動く紐──レーゲの根と枝葉が這い出てきた。彼らの手足に絡みつき、全身の力が抜けたままの体を立ち上がらせる。

 その手が包丁やカッターナイフやはさみなど、種類はさまざまだが一様に刃物を握っているのを見て、葵が顔をしかめた。腰の高さで右手を軽く握る。

 ぱちりと弾ける静電気。


「うざい」

「! ちょっと待てお前いま何をしようとした!? 早まるなーっ!」

「ぐっ」


 リラックがとっさにヘッドロックをかけて止めていなければ、今ごろ目の前は落雷で火の海か黒こげ死体の山になっていただろう。恐ろしすぎる。


「操られてるだけだ! まだ死んでない! 殺すな!」


 叫ぶと、計ったかのように人々がこちらに向かって走り出した。

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