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ツイン・ハンターズ  作者: 神希
3.元凶たるモノ
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元凶たるモノ ~またの名を大迷惑と言う~ -3

 いろいろと思うところはある。言いたいこともある。だが現時点でできることはひとつもない。リラックはため息をついてあきらめると、凶悪な静電気を発している葵の体に魔法をかけて放電した。彼を背負って家の中に入り、ソファーに寝かせる。

 顔色は悪いが表情は穏やかだ。呼吸も安定している。回復魔法は苦手分野の最上位だが、いちおうは効果があったらしい。とはいえ、先ほどの無茶もある。しばらくは無理をさせるわけにはいかないだろう。

 一方、事態は悠長に構えていられる状態ではなくなっていた。今すぐに手を打つ必要がある。

 リラックは少しばかり悩んだ末、寝ている葵に背を向けてフローリングに腰を下ろした。そうしてシルバーのネックレスに魔力を流す。純銀を媒体にして繋げる先は、リアンサスの幹部だけが許された相手。


「──総帥、葵がレーゲの襲撃を受けました。この件について話したいことがあります。……聞こえますか?」

《聞こえておるよ。そう()くでない》


 少女の声が耳に届いたのはすぐだった。

 そして、膝に重さがかかったのも直後だった。

 混乱は一瞬。すぐに理解し、リラックはげんなりとした。


「あなたはアホですか」

「アホとはなんじゃ、アホとは」


 重さの正体──リラックの膝の上で横座りになっているニヤニヤ顔のガーデニアが、閉じた扇子で下から顎を突いてきた。


「そなたこそ、妾自ら出向いてやったというに、もっと嬉しそうな顔をしてはどうなのじゃ?」

「敵の総大将がどこから狙ってくるかわからない場所に飛び込んで来るようなまねをしなければ、ちょっとくらいはいい顔で迎えられるんですけどね」

「なぁに、不意打ちなどという短絡的かつ美学のかけらもない無粋なまねをするならば、見た目だけの無能だと罵ってやるまでじゃ」


 ……なんだろう、このデジャヴを感じる台詞回しは。

 リラックが少々遠い目をしているうちに扇子を引っ込めたガーデニアは、顔を室内へと移した。視線を一点に固定する。


「しかしまぁ、派手に傷つけてくれたものじゃのう」


 彼女が見ている先に目をやると、別室に繋がる横開きのドアの前にできた血だまりがあった。縁のほうは乾燥が始まっているが、大量の液体はまだ生々しく光っている。


「いちおう魔法で傷を塞ぎましたが、かけたのは俺なので、出来は応急処置です」

「…………」


 ガーデニアが顔を戻してきた。扇をわずかに開き、口元を隠す。


「意地を張らず、()()()の力を借りればよかろうに」


 そんなことを言われたら、思わず渋面にもなるというものだ。


「ええ、普通に頼みましたよ。もちろん。なのにあの馬鹿、明らかに面白がって手を貸してくれませんでしたっ」

「……相変わらずそなたらは、大雑把なのか生真面目なのか、世話焼きなのか面倒くさがりなのか……。ややこしいのう」

「ほっといてください」


 耳タコ台詞を不機嫌面で流し、本題に戻す。


「とにかく、民間人である葵にこれ以上の無理はさせられません。そろそろ片付けも一段落着いた頃でしょう? 代わりの人間をよこしてください」


 ガーデニアがふと半眼になった。呆れが視線に宿る。


「逆鱗を土足で踏みつけられた者に向かって、黙って手を引けと? 本気でそう言うつもりかえ? そもそも、葵が無理をするなと言って聞く人間だと思うたか?」


 問われ、彼が素直に「うんわかった」と頷く様子を思い浮かべようとして────


「………………想像つきませんね」


 あきらめが入りかけた。が、ここは譲れない。腹に力を入れ直す。


「ですが実際、ここが限界のはずです。……足手まといを連れて戦えるほど、グローリィは甘くない。そうでしょう?」


 ぱらりと音を立てて白檀の扇が広がった。揺らすのにあわせ、甘い香りが漂ってくる。


「負けず嫌いな性格の根本原因が何かは知りませんが、こんな状態のこいつを敵の前に連れて行ったら死にます」


 ガーデニアが目を逸らした。


「難しいところじゃのう」

「何がですか」

「そなたがそれを訊くのかえ?」


 再び向けられた表情は、とてつもなく優しく、愛らしい微笑。


「妾に言ったことをそのまま葵に話してみるがよい。おそらくは全力で殴られるであろうよ」


 今度は簡単に想像できた。

 それを表情から察したのだろう。ガーデニアがわずかに声を漏らして笑う。


「そなたの言う『根本原因』とやらを、葵は誰かに理解してもらいたいなどとは思っておらぬよ。そなたらと同様に、たいそう強情で独りよがりな頑固者ゆえにな。……のう?」


 彼女の言いたいことは、腹立たしいほどよくわかった。しかし気づいていない振りをする。


「何が言いたいんですか?」

「さぁて、のぅ。……ま、プライベートに余計な口を挟むものではないわ」


 覗き魔のくせに、どの口がプライベートなどという言葉を吐くか。──と思ったが、自覚が声に出すのをためらわせた。それに無駄話をしている暇もない。ガーデニアに葵を制止する気が皆無であることを認めるとリラックは、早々に頭を切り替えた。


「わかりました。葵のことはこちらでどうにかします。代わりにと言ってはなんですが、グローリィの動向を探ってもらえませんか? 葵がレーゲに襲われたのは、間違いなく奴の干渉が────」


 不意に、にんまり、という表現がぴったりな表情を浮かべたのは、弱冠十歳の天才変態少女。


「そなた、妾を誰だと思うておる。世界フロウエンドを統べる国の第一皇女にして、世界委員会副幹事長であり、リアンサスの総帥ぞ。見くびるでないわ」


 鼻で笑い、視線を荒れた室内に移した。


 ──パチンッ。


 扇子を閉じる鋭い音が響いた刹那、壁や床の傷と血だまりは跡も残さず消え、破れたカーテンと花瓶は何事もなかったかのように元に戻った。見事すぎる魔法を行使したガーデニアは顔色ひとつ変えずに腰を上げ、葵の枕元に立つ。


「葵や。いつまで寝ておるつもりじゃ?」


 扇子で彼の額をぺちりと叩いた。


「ずいぶんと手ひどくやられたのう。『死神』が、聞いて呆れる」

(『死神』……?)


 葵の美少女な外見には不似合いな単語に、リラックは内心で首をひねる。そういえばレーゲを相手していたときも本人がそんな言葉を使っていたなと思い出したところで、葵が目を開けた。わずかに視線をさまよわせたあとでガーデニアの顔を見つけ、眉間にしわを寄せる。


「……大きなお世話だ……。最初からあんな化け物だってわかってれば、どうにかできたさ……」


 悪態に力がない。

 疲れを隠せない様子の葵を見て、ガーデニアが面白がるふうに微笑む。


「おやおや、強がりを……。思わず護ってやりたくなるではないか」


 ワンテンポずれて、今度は葵が口角を吊り上げた。


「あんまり可愛いこと言うなよ。……殺したくなるだろ」

「ほほほ。できるものならばやってみよ。返り討ちにしてくれるわ」


 ガーデニアは物騒極まりない言葉を笑い飛ばし、扇を広げた。定位置である口元へと添える。


「エリカ」

「はい。お傍に」


 名を呼んだ直後、メイド服の女性が音もなく出現した。少なからず驚いたリラックと葵をよそに、ガーデニアは侍女に目も向けず続ける。


「この者を癒しておやり」

「かしこまりました」


 葵に近づいたエリカが胸に下げた十字架を両手で持ち、祈りを捧げ始めた。魔力の波が柔らかく広がり、葵の体を包んでいく。

 聖職系治癒魔法は効果が出るまでに時間がかかるが、最も確実な回復方法である。彼女が力を使うところは初めて見るが、ガーデニアの側近中の側近だ。能力の高さを疑う余地など微塵もない。

 リラックはすぐに上司へと目をやった。葵も視線を向けると、ガーデニアが扇の陰でわずかに微笑んだ。


「葵はそのままの体勢で聞くがよい。……グローリィがレーゲを覚醒させた際の魔力をたどり、居場所を特定した。彼奴(きゃつ)め、結界こそ張っておるが、逃げるどころか隠れようともせぬ……。ここまであからさまな挑発だと、かえって清々しいわ」


 彼女の表情は笑顔だが、内心は煮えくり返っているらしい。漂ってくる黒々としたオーラを感じて背中に汗をかきつつ、そこには触れないように気をつけながらリラックは口を開いた。


「迎え撃つ気満々ってわけですか。でもそれなら、逆を言えば向こうから攻撃してくる確率は低そうですね」

「そう。つまりここはそれなりに安全であり、よって妾はアホではない。わかったかえ?」


 ……根に持っていたらしい。

 彼女の正しさを認めると、ガーデニアは鷹揚に頷いてから葵に顔を向けた。片手を差し出す。


「そなたにやった水晶球をお出し」

「何するんだ?」

「グローリィの潜伏先を転写する。感応力で読み解くがよい」

「……リラックに教えればいいのに……」


 ポケットから水晶を出しながらのぼやきに、


「できうる限り力を温存させてやりたいのじゃよ。それに、土地勘があるぶん、そなたのほうがスムーズに場所を認識できよう」


 ガーデニアはさらりと答えて受け取り、これまた簡単に魔法を使った。傍目には軽く握っただけとしか見えない動作をして葵に返す。

 と、エリカが祈りをやめて目を開けた。


「葵様。少々でしたら無理をしても命を脅かされない程度に治癒させていただきました。ですが、休息が必要なお体であることには変わりありません。どうか過信なさいませんよう……。くれぐれもお気をつけくださいませ」

「ありがと」


 礼に対しお辞儀で返礼したエリカが、ガーデニアの後ろに下がり、控える。代わって、ガーデニアが扇子を一振りしてリラックと葵を交互に見やった。


「では妾たちは戻るとしよう。……リラック・アグノリア、葵。事後処理のことは気にせず存分に暴れるがよい。ただし、必ず全員無事に帰れ。もしも(たが)えようものならば……」


 にぃやり、と唇を吊り上げるとともに、彼女の背後にグロいオーラが。


「恥ずかしさのあまり天国にも地獄にも行けぬほど、陵辱の限りを尽くしてから埋葬してやろうぞ。ほほほほほ」


 あんまりな発破で緊張が吹っ飛んだ。


「き、肝に銘じておきます……」


 脱力しつつの返事でようやく普通に微笑んでくれたガーデニアだったが、何を思ったか表情を真面目なものに変えた。反射的に警戒したリラックに体を寄せ、囁く。


「言わずともわかっておろうが、そなたこそ無理はするな。()()()()を使うなとは言わぬ。じゃが……。しくじったならば次はないぞ。よいな」


 何を言うかと思えば。

 くだらない、と一笑に付してしまえる話だ。しかし彼女の目には無視しがたい不安要素として映っているのだろう。そういう目で見られる原因が自分にあると自覚しているから、反論はしない。

 リラックは鳩尾の上で揺れている水晶柱に意識を落とし、そうしてからガーデニアへと視線を戻した。微笑(わら)う。


「もう死にませんし、死なせませんよ」


 リラックの断言を、彼女は即座に納得してはくれなかった。しかしあきらめてくれたのもすぐだった。扇の陰で小さくため息をつくと身を引き、エリカの傍に立つ。


「これより作戦すべての判断はリラックに一任する。良い報告を待っておるぞ」


 ──パチンッ!


 扇を閉じる音だけを残して、二人の女性は姿を消した。

 ワンテンポ置いたあと、


「それじゃあ、さっさと行くか」


 体を起こした葵を止めるハメに。


「もう少し休んでろ。……できたら連れて行きたくないくらいなんだから」

「いろいろ大きなお世話だな」


 葵の顔色はだいぶマシになっている。動作にも危うさはない。リラックが魔法をかけたあとに比べれば確かに回復しているようだ。本人もそれがわかるのだろう。


「降りるなんて真っ平ごめんだからな。一泡吹かせてやらないことには気が済まない」


 髪を結い直す葵の横顔を見据える。


「行ったら引き返せないぞ」

「このおれが、敵を目の前にして逃げ出す腰抜けだとでも?」


 小馬鹿にした笑みを返されてリラックは、──肩を落とした。


「わかったよ。けど、本当に無茶はするな。それと念のため言っとくけど、指揮権は俺にあるってこと忘れるなよ? お前はいちおう協力者って立場で、安全を確保するのは俺の義務でもあるんだからな」

「あーはいはい。面倒だからちゃっちゃと殴り込むぞー」

「お前なっ、心配してるんだからちょっとは真面目に話を聞────」


 文句は強制転移でぶった切られた。

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