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自殺幇助、やっていました  作者: Huyumi
第二章
7/22

2-2 夏の安らぎ

 曲も入れず、適当に飲み物と高崎の朝食がまだだというので共に軽く摘まめる物を注文する。


「夢乃さん、これ……」


 店員の目が無くなった頃合いを見計らってか、単に私との空気に堪えかねてからか恐らく前金が入っているだろう封筒を取り出そうとする様子を制する。


「後でで構いませんよ。ここの支払いはまとめて私が払うので、その際に一緒に渡してください」


「あぁ、そうですよね。それなら自然だ」


 今まで出会って来た人間はこちらから促す前に真っ先に前金を渡そうとする。

 犯罪者である私との関わりは金銭ありきの物だと後ろめたさを軽減させたいのか、自分達の関係が何によって構成されているのか意識するためか、あるいは単に渡す物は真っ先に支払おうという生真面目な人達ばかりなのか。


「どうしますか、高崎さん何か歌いますか?」


「え、あ? えっとその、カラオケボックスに移動する事がいいと思ったのは、落ち着いて話をするために丁度いいと思って、別に歌いたいわけじゃ……」


「存じております」


 そう事実を告げると少年はかっと頭に血が昇ったようで、耳たぶまで真っ赤にし唇をワナワナと震わせて手は何かを求めるように宙を扇ぐ。

 カッターナイフ程度でももし刃物を携帯している癖があるのならば少々マズいか。体格は同程度、バッグを振り回した程度では幾度が刃が届く可能性は十分にある。


「あの、夢乃さん。相談があるんですけど」


「なんでしょうか」


 怒りをどうにか抑えたのか、行き場の無い手のひらが顔を半分覆うように表情を歪ませたら、声を震わせて高崎はそう切り出す。


「今日一日待つ必要ってあるんですか? 俺としてはその、今すぐにでも終わらせて欲しいんですけど」


「すみません。心中お察し致しますが、そのまま感情的に事を起こされてもそれ含めこちらのルールに反されて困るんです」


「でも、俺は――っ! ……あなたと連絡を取り始めて、一ヶ月以上待ちました……一ヶ月以上、今まで過ごして来た日を繰り返しましたっ……!」


「わかります。安易に共感などと口にはしませんが、理解こそしているつもりです。だからこそ今日、私はこうして高崎さんと顔を合わせています」


 己の言葉に思うところがあったのか、こちらの言葉の何かが響いたのか、もはや少年は言葉すら発せず嗚咽を堪えるように顔を覆う。

 その手を、私はそっと撫でた。


「怒っていますよね。殴りたいですか?」


「……」


「殴っても構いませんよ、それが私の仕事です」


 撫でた片手を顔から剥がすと、涙を浮かべた驚愕の瞳がこちらを見ている。


「私にはルールを曲げる事はできません。

あなたから報酬を受け取り、私は求められた成果を出すというルール。最後の一日、私と共に過ごすというルール。その中で私はあなたに動機を、とてもつらい事を尋ねる。そうしたルール」


 右手は左手を。左手は右手を。

 もう彼の顔を隠す存在は何もない。抵抗もまた存在し得なかった。


「その中に、私を傷つけてはいけないなんてルールは存在しません。

だから殴りたいのであれば、怒りをぶつけたいのであれば、あなたは私にそうしてもいい。私はそれだけの事をされる業を背負っている」


「どうしてそんな事を言うんですか……そんな事を言われたら、怒るに怒れないじゃないですか……」


「もちろん後遺症や命に関わるほど傷つけられるのは抵抗しますけどね?」


「あなたは、独りだった俺に唯一手を差し伸べてくれた人なのに……っ」


 文字通り捨て身のギャグを無視されたのは少し寂しかった。


「……ハンカチは持っていますか」


「え、えっと……」


 持っていないのか、取り出すのに手間取っているのかあたふたと戸惑う少年に置かれていたティッシュの箱を渡す。


「どうぞ」


「ありがとう、ございます」


 持っていた手鏡も手渡し、彼が身だしなみを整えている間に少し思案する。


 伝わっているかどうかはわからないが、ルールを反故にするという事は契約を破棄する事に繋がるという事を暗に脅した。

 金銭の代わりに自殺幇助。

 厳密に言えばこれは必須ではない。私に最も必要なのは死にたがっている人間との対話に、その散りゆく間際の反応。

 金銭を受け取るのは無償で行った場合相手が単なる幇助以外と邪推する可能性が高いこと、私が生活を続ける上で合法的な仕事に尺を取られると本質に使える時間が疎かになること。この二点が大きい。

 そのため受け取る金額も相手によって合わせるようにしている。死にたがっている人間が金銭的事情から私と接する事が叶わないというが何よりも問題なのだ。

 以前関わった杉本は十分な年齢で働いており親族はいるものの独り身。個人的に定めた枠組みの中ではほぼ最上位の報酬を提示し、彼はそれに不服なく答えた。

 逆に今回は学生。それもアルバイトを行っていないと聞いたため最低額付近。貰っている額にもよるがお年玉一回分か、小遣いを何ヶ月か貯めれば払える程度。

 大きな額だとなるべく自然に見えるようにあらかじめ現金化するように頼み、その上で記番号から辿られる事が少ないように相棒が洗浄。

 支払いを前金と後金に分けるのは自殺を考え直した場合の事。

 犯罪者として顔を合わせている段階で割には合わないのだが、実際自殺幇助を行わなければ罪は重ならず自殺を行うために必要な資材の消耗も無いため後金を受け取らない事にしている。残ったお金で少しでも日常への復帰を行えればという思いも少しはある。

 考え直す割合は今のところ一、二割ほど。こうして私のような存在に助力を請う時点でもう後が無いように思えるが、その数字が高いのか低いのか私にはわからない。

 考え直した人間が通報をした様子や前金を返せと揉めるケースは無かったが、この辺りは警察が裏でこっそりと動いていたら察知のしようがないというが現状。


「――ありがとうございます! もう大丈夫です! 歌えば良いんですよね!?」


「えぇまぁ、望むのならですが」


 開き直りか照れ隠しか、顔や目を赤くさせながらそう声を張り上げる高崎。躁状態と言うほどではないだろう。


「どのような曲がお好みですか?」


「まぁ普通にポップやロックですね。結構最近の曲と言うか、流行りの曲が中心です」


 挙げられたタイトルは幾つか聞き覚えがあった。流行りの曲という事は、話題作りにでも活用しようと思っていたに違いないが、私は生憎と曲名までは知っていてもそれ以上詳しい事は語れない。

 端末から曲を入れ、予約が無いためすぐに流れ始める曲で徐々にリズムを取りながら歌い始める高崎。私も徐々に曲調を掴み始め、向けられると向けられる視線に答えるため体を揺らす。


「って感じですね。あー気持ち良かった、どうでしたか?」


「存外と言ってしまえば聞こえが悪いかも知れませんが、結構お上手なのですね。

何か部活関連や、趣味で嗜んでいたんですか?」


「ありがとうございます。特にこれと言って何かやっているとかは無いんですが」


「なるほど。結構似合っているものなのかも知れませんね」


 軽音楽部を勧めたり、趣味として熱心に推す事は間違っても行えない。少なくとも今ここで顔を合わせているという事は彼に未来など無く、安易な将来を示す褒め言葉は使えないのだ。


「夢乃さんもどうですか?」


「そうですね。せっかくなので歌いましょうか、久しぶりなので自信が無いのですけれど」


 いいんじゃないですかと笑いながら高崎から差し出された使っていないもう一つのマイクを受け取り、本当に最後歌ったのは何時(いつ)だったのか思い出せないまま適当に最近流行っている曲を入れる。

 静かで歌いやすい曲調。特に歌詞に思う事は無いが、激し過ぎるというわけでも静か過ぎるわけでもなくカラオケの始めに入れるには不足は無いだろう。


「どうも。久しぶりだと結構体力を使いますね」


「……夢乃さんの歌い方は何と言うか、冷静なんですね」


「よく言われます。目下改善項目です」


 相棒曰く言葉に感情が乗っていない。彼女の前では気を遣っていないからも知れないが、日常会話ですら演技を意識して行っている私に技術は最低限、あとは感情のまま歌うカラオケという場は弱さが露骨に曝される場だった。

 高崎が三曲入れ、私が一曲歌い、もう一度三曲入れた時点で暗に次を求められ答え、何度か注文や一時間延長の連絡を行いつつ私は端末を睨み唸る。


「次どうぞっ」


「……少し待ってください、レパートリーが尽きかけています」


「え」


 上機嫌に尋ねて、私にそう返される事で少し熱が冷めたのが良く分かった。

 極端な話、趣味が無いため死にたがっている人間をこれ程困らせる事のある娯楽は他にあるのだろうか。

 聞き上手の方が人の受けが良いと言われている中、会社に勤めていた頃の飲み会で話題を求められて場を冷めさせてしまった時のような不条理を覚える。


「俺は好きな物歌っているんで、夢乃さんも俺の事は気にせずに好きな物を歌えばいいんじゃないですか?」


 そのような事を言われても困る。別に初対面の人間には憚られる音楽センスを持っているとか、残り知っている曲がカラオケには相応しくない物とかそういう次元ではない。そもそもストックが無いのだから。

 何かないかとおすすめの項目を流し見していると、一つ目に留まったタイトルがある。

 これは確か、一時期相棒に会いに行く度にスピーカーで流れていたアニメの曲だったか。気が狂ったように聞いていたようだが、気づけば熱でも冷めたのかまるで聞かなくなっていた。

 単なるアニメ化だけでなく、最近映画化もされてその曲が話題にでも上がっているようだった。何にせよこれならば歌詞やメロディーがわかる。


「あーこれ少し前に流行りましたよね。映画とか見るんですか?」


「いえ、別に。少しその……友人が聞いていたのが耳に残っていて」


「なるほど」


 友人。

 その単語が出て来るのに色々と時間がかかった。

 高崎はそれを気にした様子は無く、始まるイントロが私は歌詞を思い出しながら歌い始める。

 少し意味深な歌。まるで関係の無いように思える単語が飛び飛びに挟まり、ただの語感が良い単語を並べて居るかと思えばサビでは真っ当にメッセージが込められているだろうフレーズが続く。

 繰り返し、祈るように、耳に刻み付けて。

 そこまで刷り込まれると今までポツリと置かれていた単語一つ一つを邪推し始める。これにはこんなメタファーが、ならばあれはこう解釈出来て。

 言葉は言葉に過ぎない。極端な話、単に音だ。

 ただ人類は叡智の源である果実を齧ると同時に、単なる音に意味を見出した。音に共通の意味が宿る事で初めて言葉が生まれる。その言葉も理解できねばただの音に過ぎず、この曲もまた聴いた人間が解釈するだけの意味があるように耳障りの良い音が並ぶだけ。

 そこに私は自分だけの意味を、解釈を見出せない。信じるものが無い。

 作曲者は何を思いながらこの曲を創ったのだろうか。これを聞いていた相棒は何を気に入りヘッドホンではなくスピーカーから流していたのか。なにも、わからない。私には何も。



 延長時間が終わるまで私は彼が歌った曲をすぐに暗記し披露するなどの小細工で間を繋ぎ、満足したのか私の内心を察してか二度目の延長は入れずに店を出る。


「ふぅ、楽しかったぁ。こう体の奥から音を出すってやっぱ気持ち良いですよね」


 歌っていて楽しいかと聞かれれば正直微妙だった。ただ悪くはない。良くも無いが。

 そして幸福にも不幸にも鈍感な私が悪くない、そう思える事柄は一般的に良いに分類される物だと認識している。


「そうですね、もっと色々な種類を歌えたらと思いましたが、そんな中でも結構楽しかったです」


 まぁ、こう答えても良いだろう。


「そう言ってもらえると良かった。俺だけ楽しんでいたら、その、不公平、ですもんね……」


「どうかされましたか?」


 言い淀み、私はそれを暴くためにも無遠慮に踏み込む。

 高崎は少しだけ視線を雑踏へ向けた後、少し頬を指で掻きながら呟く。


「今頃、他の人は授業受けているんだろうなって」


 学校をサボって楽しむ事が不公平ならば、サボる事なくその喜びを得られる他者もまた不公平と呼べるのだろうか。


「そろそろお昼時ですね。何か食べたいものはありますか? 折角ですし」


「お昼! 決めていたんですよ、実は。最後に食べたい物は考えていて、近場のお店も……」


 そもそも生まれすら公平でないのに。

 笑みは内心で留めておきながら、高崎が最期に望むというお店へ向かう事にした。

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