表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自殺幇助、やっていました  作者: Huyumi
第二章
8/22

2-3 提起:正論という力

 場所はビュッフェ形式の少し小洒落たカフェ。本格的なフレンチなどに追いつくような店ではないがナイフとフォークを使うような店であり、学生には敷居が高くまた焦がれる気持ちもわかる。


「おかしいなって思い始めたのは一年の後半でした」


 彼はそうおかしいと口火を切った。違和感を現状を正しく把握できずに、それが最たる孤独の理由なのかも知れない。


「高校って勉強する場所だと思ってたんですよね。

中学までは義務教育で、行く場所も勝手に決まっていたのに高校からは自分で選ばないといけないし、奨学金とか子供の俺でも意識しないといけなくて」


 利子の少ない借金。

 その歳でこれらを理解できたのは幸いであり、その後もたらした事実に堪え切れる程の力も同時に持っていなかったのは不幸だろう。


「そこまで気づかなかったのは、気づかない……フリをしていただけかも知れません。

そりゃ色んな場所から集まった学生とは言え、同じ学部って言う嗜好? 方針? えっと……」


「構いません。続けてください」


「まぁそんな好みで集まった人達だから、意気投合して昼休み趣味の話だとか、放課後何したとか普段聞こえるのは当たり前のはずなんですよね。

でも、気づいたら、俺そういう友達って呼べるようなほど親しい人が居ないって気づいて。

それで本当にヤバいって思ったのは二年になってからで、その……」


 逃げたければ逃げればいい。抗いたければ抗えばいい。

 私はどちらも支持しない、加担しない立ち位置。けれどその先を促すのは定めたルールだ。


「いじめが、始まったんですよね」


「……いじめって言うほど酷いものじゃないと思うですけど」


 人は痛みに麻痺する。傷口が痛み続けていたら、どうかしてしまうから。そう、傷口が治ると信じて、忘れ続けるのだ。

 高崎が徐々に口にしたのは軽度のいじめの典型だった。

 私物が移動している、授業中背中に何かがぶつかる、露骨に自分を見て笑われる。

 今はまだ、マシだ。単に娯楽として遊ばれているだけ。ただ勢い付いたら誰にも止められない。当事者にも、傍観者にも、庇護する立場であるはずの教師にも。

 道楽から学校へ通う主になる。遊びが(なぶ)りに。娯楽は物品や目に見える成果として益を求め始める。

 ……その行為を悪と断ずるのは難しい。一理は、確かにあるのだ悲しい事に。

 中学、高校、大学。それぞれに一つの境目が存在し、別々の社会の縮図がそこにはある。

 弱者を喰らうのは自然の理、ストレス発散に輪に入る事を失敗したあぶれ者を標的に遊ぶのは人の性。それを傍観し自分は被害者でも加害者でもなかった、そう安寧を覚えるのも生きる上で摂理であり忌まわしき肉体と精神、社会の構造だ。

 集団を纏めるには、一つの敵を生み出せば良いとはよく言ったものだ。敵にする悪は大人しい人間か、良すぎる善人であるという点も効率が良い。自分本位な悪は中途半端に突くと何を仕出かすか予想が容易いだろう。


「教師に相談もしたんですよね」


「えぇ。でも気にするなって、気のせいだって」


 恐らく相談したのは担任か、人受けの良い教科の教師だったはずだ。

 大人と言えども彼らも人間。担任ならばクラスを抱えている重圧、気軽に話せるような相手ならば当然部活動は受け持っているだろう。間違いなく余裕が無い相手に、間の悪いタイミングで相談したに違いない。夏を迎える前の学期初めというのもそれを証明している。

 担当しているクラスか、ほぼ給料の出ない労働時間での部活動指導に続いての相談。

 認める事などできない。認めてしまえば、認めてしまえば問題を認知した過去が生まれ、その後何かが起きた時点で責任の所在か自責の原点に成り得る。


「症状はまだその段階で?」


「そろそろ二ヶ月ぐらいになりますけど、はい」


 決定的になる前に逃げたか、いや、私とこうして顔を合わせているという事実は堪えかねた、これが正しい。

 正常に痛いと感じていたのだ、一年の時点では既に。いじめが無くとも孤独から、孤独を抱く前にも新しい環境での不安から。


「ご家族の方に相談は?」


「……今の時点で何を言うっていうんですか? 何もまだ起きていない、全部俺の勘違いかも知れない。

そんな段階で、ほとんど学校自体も見たことのない家族に?」


 それでも食事時などに軽く話すぐらいはするものだろう。

 ――親は共働きで忙しくて、休みの日の食事は買って済ますようにいつもの場所にお金が置かれている。

 メールで伝えられていた典型的な冷めた家庭の証明を思い出す。

 何かあっても後ろ盾がまともじゃない。いや、そもそも帰る場所かこれだから、学校という場で現状を生み出してしまったとも考えられる。


 まぁ、この程度か(・・・・・)。あまりにもありふれており、人としても死ぬ動機としても弱い。何も夢乃在処という存在が学ぶ箇所は無い。

 私も学生時代から異端だった。そして社会、思春期の輪というのは自然に異端を弾き出すようにできている。理解できぬから恐ろしい、ただそれだけの理由でも。

 故に、いじめられていた。

 正確にはまともに煩わしいとも思っていなかったので、当事者が認知する事で生まれるいじめでは無いのかも知れないが、そういった出来事は確かにあった。

 やめさせる方法は簡単だった。与えられた物以上に、相手に与えてやればいい。

 一人目はだんまりだった。恐らく嬲っていたはずの弱者に噛まれたのが恥と感じたのだろう。

 二人目は影で行った行為を集団の前で糾弾された、日頃自身が堂々としている事を棚に上げて。

 故に構わずに排除した。衆目の前で服を破り、消えない傷痕を体にも残した。一人目と同じように警告はしたはずなのだから、それを無視したのならば遠慮は必要無い。


 恐らくその血を見る惨状は人としての行いとして非道だったのだろう。

 クラスメイトの誰かが呼びに行ったのか、体格の良い男性教師が間に入るまで抵抗の無い相手に暴行を継続し続けた。生まれつき倫理観が欠けていたというが当然の見方だろう。成長するにあたって教えられた人間性は上手く吸収できた自信はまるで無い。

 故に相手を傷つける躊躇いも、成した結果が招く他者評価も初めから気にならず、ただ煩わしさを振り払うために最も効率が良いと思った対処と、その後始末として親を呼ばれての会談では素直に事実を伝えた。

 結果日頃の相手の行いが今回の件で明るみにでも出たのか、私の方へは大きな処分は下されなかったもののそれが中学生の話。高校も噂が伝わっているのか嫌がらせも、もちろん友人も発生せず、求めていた平穏な日々を得たともいう。


「もう、十分です。すみません、つらいお話をこうしてさせてしまって」


「いえ、これも必要なルールなんですよね。こんな話でも何かのお役に立てましたか?」


「えぇもちろん」


 もっとも似たようなケースは以前にも摂取しており、別に自死を決心するに辺りいじめという動機は自然かつ普遍的な物である……という情報の信憑性が増した程度だ。

 当然ながら社会の枠組みから外れる事で格別何かを思う段階ではないと自覚しているので、私が死に近づく理由の一つにもならなかった。まぁこれは顔を合わせる前からわかりきっていた事だが。


「正義とは何のために存在するものだと思いますか?」


 唐突に、問いかける。事情を直接訊き、底が透けて見えた気がしたからだ。


「何かを守るため、でしょうか?」


 普遍的なその答え。


「違います。悪を"許せない"これが根源です」


「……っ」


「あなたは正し過ぎたのかも知れませんね。

大勢の人間は欲望に忠実で、悪の味に酔う事ができる人間です。

間違っていると誰かを糾弾したか、良くない事だと大人へ告げ口したか、あるいは何もしなかったからこそか」


 何か思い当たる事があってか、高崎は僅かに震えた。


「魔王を討つために必要な正義の名を冠した聖剣も、数え切れないほどの戦いを得る事で血肉に塗れた凶器に成り果てます。

正義とは、正しさとは、そう言う事です。

許せないという感情が根元にあるからこそ、人はそれを畏怖し、崇め、自身にそれが振りかぶられるかも知れない――そう実感したのならばあらかじめ敵として排除し安全を確保する動きを行うかも知れません」


「どれだけまともな行動理念でも、社会がそれを許容せず異端に分類される、ですか」


「そういった解釈もできますね」


 行き過ぎた正義も、行き過ぎた悪も、輪から外れるのだ。中途半端で混沌としたこの世では、その中途半端こそが何よりも尊ばれる。

 故に、人は正当に他者を殴る機会を得たら悦ぶ生き物なのである。人間社会ではナンセンスな行為であり、過ちを犯した人間を発見したり、あるいはそれを正そうとして鬱陶しいと集団意識が確立された瞬間……嬉々とし落ちている石を拾い始める。

 度の過ぎた力を人は恐れ、制御しようとするがために欲望に願いや呪いといった名を人は付ける。暴力に正義や殺戮といった名を人は付ける。

 けれど力そのものを得るのは人々であり、あるはずの力を表層だけとはいえ操ってしまうのも人である。本当に、本当に怖いのは。


「それで、これからどうすればいいですか。また何かしたほうがいいですか」


 話が一区切りついたと思ってか、彼はそう(しるべ)を求める。


「いえ、もう約束の時間まで私が率先して果たすノルマはありません。高崎さんの一日に付き合いますよ」


「って言われても」


 私の見様見真似で使い終わった食器を並べて、コップへと口を付けてしばらくチビチビと水を飲みながら考えを巡らせる高崎。


「遊びたい、です」


「……」


 その漠然とした望みを、私は確かに聞き届けた。


「他の奴らが放課後や休みの日に遊んでいるみたいに、俺も普通に遊んでみたいです」


「承りました。では、参りましょう」



 それから私達はカフェを後にして散々遊び続けた。

 アミューズメント施設に赴き、手始めにと慣れないゲームをプレイしてみたらむきになってコンテニューし続けたり。

 映画館が同施設内にある事を知りその場で決めた映画を適当に見て、望外にも面白かったそれの感想をビリヤードをしながら語り合い続けた。

 街を歩き気づけば夜のとばりが下り始めて、最後と定めたのは小さな観覧車。


「カップルと思われていましたね」


「まぁこんな時間、男女二人が観覧車に乗るのであればそうなるでしょう」


 何を言うわけでも無くカップル料金を提示してきた店員に、当然私は費用が浮くとしか考えずに今日一日も振り返る。

 楽しくなかった、と言えば嘘になる。心躍る表現まで行けば盛っていないわけがないが、久しぶりに珍しく楽しめたと言えよう。きっと傍から見れば付き合い始めた頃合いのぎこちない恋人に見えていたのかも知れない。

 そうして観覧車は昇り始める。これが一周する頃には約束の時間、全ての終わりだ。


「嘘と怒りは何かを守るためにしか発生しません」


「なんですか、突然……」


 少し遠い目で外を眺めていた高崎が訝しげにこちらの表情を見る。

 一日を思い返して、一番印象に残った光景があった。


「カラオケの時、私に大層怒った事でしょう」


「……すみません」


 今にも襲い掛からんほどの怒りを彼は示した、その衝動を抑えて殴りかからなかった彼がそこには居た。

 故に私は伝えるべき存在なのだ。他の誰かが教えられる事では無いのだから。


「自分、他者。感情、信念。立場や未来。

それが愛する人を守る崇高な感情だったり、誰も傷つかないで済む優しい嘘だとしても。

人の尊厳を踏みにじるための偽り、行き場の無い憤りをぶつけるため無関係な人へと当たり散らす怒り」


 高崎の謝罪を無視して私は語り続ける。

 嘘と怒りの本質を。人が往々にして見失うそれを。


「嘘はつかないに越したことはありませんね。

けれど、決して怒りは忘れてはなりません」


 喜怒哀楽。

 私はそう無機質に唱える。


「何故この四つの中に怒りが存在すると思いますか? 喜怒哀楽という言葉が、意味が生まれて、長い年月を得てもなお、憎しみや羞恥など別の感情に取って代わられる事が今まで起こり得ていないのは何故だと思いますか?

必要だからです。四つが四つであるために、人間が人間であるために。

他者と分かち得れる喜び、好きな時間で感じる楽しさ、何かを喪った際に流せる涙」


 想起する。

 私へと怒りを示した彼の姿を。それを抑え行き場の無い感情に瞳を濡らした彼を。

 共に遊び楽しんでいた姿。そしてその喜びを他の人は普遍的に楽しみ、自分はこれから死ぬのだと度々憂いていた表情。


「怒りを忘れないでください。哀しみを忘れないでください。

喜びも、楽しみも。苦しくても笑っている人間など、幸福の中感情を露わせぬ人間など――ただ壊れた人形のようなものです」


 想起する。

 夢乃在処を、想起した。


「……何が言いたいんですか」


 あなたは守りたいのだと、その命を。

 そんな言葉は呑み込む。それは私のルールに反しかねない発言だ。


「なん……でしょうね。私も少しわからなくなってしまいました。

単に格好つけたかっただけかも知れません。少し人生を知っているだけの大人として、見栄を張りたかっただけ。浅はか、ですね」


 少し目元が緩んだのを自覚して、思わずそれを隠したかったのか高崎を優しく抱きしめた。

 突然の行動に動揺した彼は、


「夢乃さん、ようやく笑ってくれた。本当に、笑ってくれた……」


「何を言っているんですか。今日一日笑う時にはずっと笑っていたじゃないですか」


 行為の意味を確かめさせるように、もう少しだけギュッと。


「あはは、そう、ですよね。そうでしたね」


「そうです」


「……」


「……」


 気まずい空気が漂い始める。

 観覧車は一番上を通り過ぎて、少しずつ浮ついた感情を現実へと戻し始める。


「あの、これでも俺、男なんですけど。

ずっとこうされているとなんて言うか……」


「欲情しますか?」


「……。

まぁ、明け透けに言えば」


「いいですよ」


「……」


 そう耳元で囁いた。今この空気に踏みとどまるように。

 そっと拒絶されるわけでもなく押し返される感覚に身を任せる。


「本気、ですか?」


「えぇ。私の仕事内容にはそうした行為も含まれます。

当然依頼人が望み、私がそれに答えたら、ですが」


「望み……?」


 再び対面に座り合った視線が交わり、思春期の男性とは思えないほど理知的なその問いが私の脳髄を揺さぶる。


「高崎降矢さん。あなたは自殺の判断に、異性の体を求めますか?」


 言葉の意味を深く深く彼は模索する。

 観覧車が一周する直前、冷えた声音で彼は答えた。


「求めます」


 あぁ、この子は、間違いなく死から遠ざかっている。

 生きる生と、欲求の性は切っても切り外せない関係にある。動物における生の目的と言えば生殖であり、故に鬱病患者の多くは性欲が欠如してしまう特徴がある。僅かながら過剰な性欲を見せるケースも存在するのだが、今回ばかりは当てはまらないだろう。つまり性的欲求を満たしたいという願望は、生きたい、それと同義だ。


「わかりました、私はその欲求を認め、幇助します」


 だから私は欲情という感情に満たされきらず、どこか冷え切った理性を兼ね備えている彼にそう答えた。それが何かはわからないが、彼は何かを冷静に考えている。そうした事実にも体を許す事を決めた要因の一つだろう。

 それがなんにせよ、私は自殺を勧める存在でも、自殺を辞めさせる存在であってもならない。仕事として自殺志願者が望む要望に応え、私情として死ぬ理由を探し続ける。ただそれだけだ。


 ただし、とルールを付け足す。


「一つ、私の指示に従っての避妊を行う事。

一つ、ある程度の行為は受け入れたい所存ですが、キスはNGとさせていただきます

一つ、体を重ねる事で恋愛感情を抱く事は認めません。もし類する感情でも抱いた場合、それを表に出す事を禁ずる事でこの項目を履行したとみなします」


「わかりました、全てを受け入れます。

……えっと、その、よろしくお願いします」


「えぇ、では参りましょうか。約束の時間は少し後ろにずらして」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ