妙齢の美人、曰く。
「介護における尊厳の保持」の担当である社会福祉士の神田先生は、生徒達にテキストを仕舞い、「幸せについて」、各グループで議論する様に命じた。何を以て、我々は幸せと感じるのか、各々が意見を出し合い、それを元に、「幸せとは何か」、各グループで結論を発表する様に、との事だった。
私は、以前に、「イマカルチャー」に見学に来ており、その時に授業を担当していたのが、神田先生だった為、彼女の授業方針について、意外に思う事は無かった。
ところが、神田先生が不在の休み時間。妙齢の美人、赤井さんの一言に、私は耳を疑った。
「面倒臭いですよね!」
意外だった。
「そんな事、誰か、著名な哲学者にでも訪ねた方が、余程、真理に近い答えが得られるだろうに。何故、職業訓練校で、そんな授業を受けなければならないのか、ああ、面倒臭い。」と、感じる人間が存在すること自体は意外な事では無い。
そう、感じる人間、そう、感じている事を表現した人間が、赤井さんであった事が意外だった。
私の隣の席は、ブラジル出身の皆福さんである。彼は、日本語が不得意な為、テキストに記述されている漢字を読めない事が多い。そんな時、彼が頼るのは、彼の前の席の赤井さんであった。休み時間の度に、彼女が彼に質問を受けているのを見て、正直、私は、彼女に同情していた。それでも、彼女は、嫌な顔一つせず対応し、むしろ、彼との会話を楽しんでいる様に見えた。
そんな赤井さんが、面倒臭さを感じている、だと・・・。
「だって、テストに関係ないじゃないですか。」
テキストを仕舞う、という事は、これからの授業は修了テストとは無関係である事を意味する。つまり、彼女が本当に言いたい事は・・・。
「私は、貴女の説教が聞きたいのでは無い。テストの正解が知りたいのだ。」と、いう事か。
それは、きっと、バツイチの皆福さんが隣の席の男では無く、わざわざ、前の席の妙齢の美人に漢字の読みを尋ねる理由と同じ事なのだろう。
彼女も、彼も、介護サービスを受ける高齢者も、誰もが、幸せになりたいのだ。




