第7話:デバッグの後は、極上の安らぎを
第7話:デバッグの後は、極上の安らぎを
ルナールの街に、静かな朝が訪れた。
だが、その静寂は昨日までの淀んだものとは違う。街のメインサーバー――すなわち「街の理」を支配する管理権限が、俺の指先に移り変わったことによる、完璧な調律の結果だ。
俺は、昨夜リリを救出した「空き家」にいた。
いや、正確には「元・空き家」だ。
一晩の間に【構造最適化】を施し、カビ臭い空気は清浄され、埃を被っていた床は高級な絨毯へと書き換えられている。
「……ん、……ふわぁ」
ベッドの中で、リリが小さく欠伸をして目を覚ました。
朝日を浴びた彼女の銀髪が、絹のように輝いている。
「おはよう、リリ。計算通り、最高の目覚めのはずです」
「おはようございます、オズ様……。あ、あの、昨日のことは……」
リリが不安げに周囲を見渡す。昨夜の惨劇を思い出そうとする彼女を、俺は静かに制した。
「すべて、ゴミ箱へ移動(消去)済みです。リソースの無駄ですから思い出さなくていい。それより、温かいスープを用意しました。君の精神負荷を30%軽減するように調合したものです」
「オズ様……。ありがとうございます。本当に、魔法みたい……」
「魔法ではありません。ただの合理的なケアです」
リリがスープを口にし、その顔にポッと赤みがさす。
その幸福そうな数値をログで確認し、俺は満足して立ち上がった。
さて。
被害者のケアは済んだ。次は、この不条理な構造の「元凶」を処理する番だ。
――トントン、と部屋の扉がノックされる。
「……失礼します。オズヴァルド様、お迎えに上がりました」
部屋に入ってきたのは、この街の自衛組織に所属していたセラフィナだ。
かつては腐敗した騎士団の指示に従っていた彼女だが、昨夜の俺の「処理」を目の当たりにし、今や俺の影として動いている。
「市長――いえ、教団から派遣されたあの『代官』が、執務室でお待ちです。昨夜の騒動の件で、不敬罪を適用すると息巻いておりますが」
「いいでしょう。現場を一度も見ようとしない管理職の顔、拝みに行きましょうか」
ルナール市長執務室。
そこには、贅を尽くした調度品に囲まれ、肥え太った男が座っていた。
枢機卿ヴァレリウスの縁者であり、この街を「搾取の農場」として扱ってきた男、バロン・ルナールだ。
「貴様か! 許可なく街の土地登記を書き換え、教団の騎士たちを『廃棄処分』したという不届き者は!」
バロンが机を叩き、唾を飛ばしながら叫ぶ。
俺は表情一つ変えず、その男を【構造解析】した。
【対象:バロン・ルナール(無能な搾取者)】
【管理能力:計測不能(低すぎてエラー)】
【資産運用:横領、中抜き、虚偽報告のコンボ】
【判定:組織全体の「癌」につき、即時切除が必要】
「……騒々しいですね。その声のデシベル、近所迷惑です」
「なんだと!? 衛兵! この男を捕らえろ! 極刑だ! 財産はすべて没収し、あの女もまた牢に放り込んで――」
男がリリの名を出そうとした瞬間。
俺の周囲の空気が、パキリと凍りついた。
「……。一つ、教えておきましょう」
俺は歩みを止めず、バロンの目の前まで歩み寄る。
衛兵たちが剣を抜こうとするが、彼らの筋肉の電気信号を俺のOSが先回りして遮断した。彼らは石像のように固まったまま、動けない。
「私は、無駄な争いを好みません。効率が悪いからです。しかし、不具合を放置し続けるほど、お人好しでもない」
「な、な……体が動か……っ」
「貴方がこれまで『我慢』させてきた民衆の不満。その負債を、今ここで強制決済させます」
俺はバロンの額に、人差し指をそっと置いた。
「【臨界突破・絶対前進】――因果の再定義」
瞬間、バロンの脳内に、彼がこれまで踏みにじってきた者たちの「絶望」と「疲労」が、ダイレクト・データとして流し込まれた。
それは死よりも苦しい、無限に続く「サービス残業」の感覚。
「ぎ、あああああ!? やめろ、やめてくれえええ!」
「お釣りは、貴方の全財産の国庫返還で受け取ります。……あぁ、あと、市長のポストも空きましたね」
バロンが泡を吹いて倒れ伏す。
俺は、彼が座っていた豪勢な椅子を一瞥し、傍らで震えていた事務官の少女、エレノアに視線を向けた。
「エレノアさん。今日から貴方が市長代行です。事務処理の効率化については、俺のOSがサポートします」
「え……えええっ!? わ、私がですか!?」
「定時に帰れる街にします。それが一番、合理的ですから」
俺はそう言い残すと、驚愕する周囲を余所に、リリの待つ拠点へと戻るべく背を向けた。
――街のシステムログが更新される。
【ルナール管理OS:正常稼働を開始】
【汚職率:0.01%以下に低下】
【幸福指数:爆速で上昇中】
ふぅ、と一息つく。
ようやく、誰にも邪魔されずに紅茶が飲めそうだ。
午後の日差しは、俺の構築した「聖域」を、どこまでも優しく照らしていた。




