第6話:過剰な「損害」には、死すら生ぬるい「破棄」を。
第6話:過剰な「損害」には、死すら生ぬるい「破棄」を。
空き家の内部を、青白い光の奔流が満たした。
それは魔法というよりも、世界のOSがエラーコードを上書きする際の発光に近かった。
「な、なんだ……この光は!? てめぇ、何をした!」
リーダー格の男が、引き抜いた剣を震わせながら叫ぶ。
だが、その剣はすでに「武器」としての機能を失っていた。オズが足を踏み入れた瞬間、空間内のあらゆる物理法則は、彼の【管理者権限】下に置かれていたからだ。
「……叫ぶのは非効率ですよ。呼吸のリソースがもったいない」
オズは一歩、静かに踏み出す。
その視線の先では、床に座り込み、はだけた胸元を必死に隠しながら涙を流すリリの姿があった。
彼女の目からこぼれる涙、震える肩、そして心に刻まれた「恐怖」。
それらすべてが、オズの視界では【精神的負債:極大】というログに変換され、赤く点滅している。
「あ、あああああ! 死ねぇ!」
横から躍り出た男の一人が、短剣をオズの脇腹へと突き立てる。
回避はしない。防御もしない。
鈍い音とともに短剣がオズの肉を捉えた――はずだった。
【ダメージ・デポジット:正常終了】
【損害:軽微。変換効率:3,000%を適用】
【蓄積エネルギー:臨界点に到達】
「……ご苦労様。今の『投資』で、貴方たちを消去するための計算がすべて終わりました」
オズの脇腹に突き刺さっていた刃が、ガラス細工のように砕け散る。
男は、自分の手が、腕が、そして持っていた武器が、砂のように崩れていくのを驚愕の目で見つめる。
「な……が、ガハッ……!?」
「痛みを感じる暇も与えません。神経系の伝達を先にシャットダウンしましたから」
オズが指をパチンと鳴らす。
その瞬間、リリを取り囲んでいた男たちの足元が、泥沼のように沈み込んだ。
いや、床の「硬度」という定義を、オズが「液体」に書き換えたのだ。
「ひ、ひいぃ! 助けてくれ! 悪かった、この女は返す! だから――」
「『返す』? 言葉の使い方が間違っていますね。彼女は最初から俺のものです。貴方たちは、他人の資産を毀損させた以上、命という担保で補填(支払い)を済ませるべきだ」
オズの瞳から温度が消える。
ブラック企業で死ぬまで搾取され、何も言い返せなかった前世の自分が、今、この不条理な光景と重なる。
――あぁ、不快だ。
真面目に生きている人間が、理不尽な暴力に怯える構造。
そんな「バグ」は、この街には必要ない。
「【臨界突破・絶対前進】――範囲対象、全消去」
ドォォォォン……!
衝撃波すら発生しない、音のない爆発だった。
男たちの存在は、原子レベルで分解され、光の粒子となって虚空に溶けていく。
そこには、最初から誰もいなかったかのような、不気味なほどの静寂だけが残された。
「……終わりましたよ、リリ」
オズは、先ほどまで刺されていた脇腹の傷を、まるで埃でも払うかのように軽く叩く。
傷跡はすでに消え、服の破れさえも【構造修復】によって元通りになっていた。
彼はゆっくりと歩み寄り、震えるリリの前に膝をつく。
そして、自分の上着を脱ぐと、彼女の露わになった肩を優しく包み込んだ。
「……っ、うわぁぁぁん! オズ様、オズ様ぁ!」
リリが、堰を切ったように泣き出し、オズの胸に顔を埋める。
彼女の体温と、涙の湿り気。
オズは無表情のまま、だが壊れ物を扱うような手つきで、彼女の銀髪をそっと撫でた。
「遅くなってすみません。……でも、安心してください。今、この瞬間に『ルナール』の管理プロトコルを完全に掌握しました」
オズの視界には、街全体の構造マップが浮かび上がっていた。
どこに汚職役人がいて、どこに腐敗した騎士がいるか。
今の戦闘で発生した膨大なエネルギー変換により、彼は街全域の【管理者権限】を手中に収めていた。
「明日からは、誰も君を脅かさない。……リリ、君が安心して二度寝できるような、合理的な聖域に作り替えてみせます」
「はい……っ、はい……!」
リリは、オズの胸の中で、安堵のあまり深い眠りに落ちていった。
彼女が流した涙の数だけ、オズの指先には、この世界を破壊し再構築するための「絶対的な力」が宿っていた。
――さて。
まずは、この不潔な「空き家」の登記から書き換えるとしようか。
俺の聖域に、ゴミの放置は許されない。
オズは眠るリリを軽々と横抱きにすると、月明かりの下、崩れた扉の先へと静かに歩き出した。
その背中は、どんな勇者よりも冷徹で、どんな神よりも頼もしかった。




