第4話:エンカウントは「資源」の獲得機会です。
第4話:エンカウントは「資源」の獲得機会です。
月明かりが、深い森の木々を銀色に縁取っている。
俺とリリは、街道を外れた獣道を静かに進んでいた。聖教団の追撃を避けるためという建前はあるが、今の俺にとっては、整地された道よりも手付かずの自然の方が『ノイズ』が少なくて心地いい。
「……オズ様。森の空気が、とても澄んでいますね。こんなに深く息を吸い込めるなんて、夢のようです」
リリが、俺の裾を軽く掴んだまま楽しげに言った。
彼女の歩調は驚くほど軽い。かつて彼女を蝕んでいた「精神的過負荷」という名の毒は、俺との完全同期によって、今はすべて俺の【損害預金】へと変換されている。
「ええ。ですがリリ、少しだけ歩調を緩めてください。前方の密度が急激に上昇しています」
俺は視界の端に浮かぶ【構造解析】のレーダーを見つめた。
【警告:高エネルギー生体反応を感知】
【対象:ランクA魔物・シャドウキマイラ】
【脆弱性:胸部、および魔力循環経路の結節点】
前世のブラック企業でも、こういう「予期せぬトラブル」は日常茶飯事だった。
だが、あの頃と違うのは、今の俺にとってトラブルとは『損失』ではなく、リソースを回収するための『投資先』でしかないということだ。
「……来ますね」
闇の中から、漆黒の毛並みを持つ巨獣が姿を現した。
獅子の頭に山羊の胴、蛇の尾。さらに教団が施したと思われる「強化呪印」が、その体中から禍々しい赤黒い魔力を溢れさせている。
「グルルッ……ガァァァァァッ!」
「ひっ……!」
リリが息を呑み、俺の背中に隠れる。
無理もない。ランクA。並の聖騎士小隊なら一分と持たずに全滅する教団の「処刑獣」だ。だが、俺の目には、それがただの『歩く魔力タンク』にしか見えなかった。
「リリ、怖がらなくていい。今の彼は、俺たちにとっての『夜食代』になりますから」
「え……? や、夜食……?」
俺は一歩、前へ出た。
シャドウキマイラは、俺の「隙」のなさに苛立ったのか、それとも本能的な恐怖を感じたのか、巨体に似合わぬ速度で跳躍した。
暗黒の魔力を纏った鋭い爪が、俺の頭上から振り下ろされる。
回避? そんな非効率なことはしない。
ズドォォォォォン……ッ!
鈍い衝撃音が森に響き渡る。
巨獣の爪は、俺の肩を正確に捉えていた。だが、俺は眉一つ動かさず、その場に平然と立ち続けている。
【物理ダメージ:12,000pts 吸収】
【呪力デバフ:無効化……全エネルギーへ変換】
【損害預金:一時的な『過剰収益』を確認――ブースト・モード起動可能】
「……あぁ、いいダメージです。教団の連中よりよほど『誠実』な出力だ」
「な……ッ!?」
キマイラが困惑したように声を漏らす。爪を立てた相手がビクともせず、逆に自分の魔力が吸い取られているのだから当然だ。
「ですが、一点だけ指摘させてもらいましょう。あなたの攻撃ルーチン、力に頼りすぎていて『命中後の硬直』が長すぎます。……修正が必要ですね」
俺は、キマイラの鼻先に指先を突き立てた。
「【臨界突破・絶対前進】。……全デポジットを、単一点に集中」
指先が、白く輝く。
それは蓄積された「我慢」が、純粋な破壊へと昇華される瞬間。
「デバッグ(解体)開始」
パァンッ!
乾いた音がした。
直後、キマイラの巨体は爆散することなく、まるで「最初からそこには存在しなかった」かのように、分子レベルで静かに分解されていった。
残ったのは、地面に落ちた最高品質の「魔晶石」と、極上の「キマイラの赤身肉」だけだ。
【戦闘終了:リザルト】
【収支:圧倒的プラス】
【評価:Sランク。最小の工数で最大のリターンを達成】
「……よし。これで明日の朝食のタンパク質も確保できましたね」
俺は何事もなかったかのように、落ちていた肉を拾い上げ、魔法の収納袋に放り込んだ。
「オズ様……。あんなに恐ろしい魔物が、指先一つで……」
リリが呆然とした様子で歩み寄ってくる。彼女の瞳には、畏怖を超えた、深い心酔の光が宿っていた。
「恐怖という感情は、状況が理解できないから生まれるものです。仕組み(構造)さえわかれば、魔物もただの『自然資源』ですよ」
俺はリリの頭を優しく撫で、再び歩き出した。
森の出口には、街道の明かりが見え始めている。
「……見えてきましたね。辺境都市、ルナール。あそこが、俺たちの最初の『合理的聖域』の候補地です」
「はい、オズ様! 私、なんだかワクワクしてきました。オズ様と一緒に、新しい毎日を作っていけるのが……」
リリの笑顔は、月明かりよりも眩しかった。
だが、俺の【構造解析】は、早くも街の入り口に漂う「非効率なノイズ」を検知していた。
理不尽な入街税、賄賂を要求する門番、そしてそれを見過ごす無能な役人たち。
どうやら、ここも俺の『デバッグ』を必要としているらしい。
「ふぅ……。どうやら、安眠の前に一仕事(残業)が必要なようですね。……いいでしょう。まとめて最適化してやります」
ブラック企業で鍛えられた俺の「我慢の貯金」は、まだまだ底を突く気配はない。
俺たちは、新しい不条理が待つ街の門へと向かう。




